第16話 堕ちた勇者と魔法陣・下

円……それは世界の根幹

縁……それは人々の縮図

炎……それは命の写し絵

塩……それは身体の静脈……


(アンナの魔導書)



「魔法陣の位置が変わっている?」

レオナは信じられないというふうに目を見開く。

「うん、なんかウィーンウィーンって動いてるリン」

「あのミカエルとかいう魔法使い、相当ねちっこい性格だな」

まあそういうのは嫌いじゃねえけど、とジェリーは笑う。しかしレオナにとっては笑っていられるような状況ではない。

レオナはソロの中に入れていたペンダントに触れる。すると山の小道にある魔法陣が、まるでアクションゲームのギミックのように動き回っている。しかも魔法陣の動きには法則性がなく、その上やたら素早い。

邪悪な者は絶対殺す。そんなミカエルの意気込みをレオナは感じた。

「どーする、アンタ無傷じゃ済まねえぞ」

ジェリーがわざと魔法陣の上に立って腕を広げてみる。何も無い。レオナがそこに立つと、焼けるような痛みが襲いかかるというのに。

「そこの元金ヅルはどうだ」

「…………」

「オメーだよオメー!」

ソロは無言で魔法陣の上に立つ。やはり何も無い。

「チッ、コイツ化け物じゃなかったのか」

「ぷーんだ」

ソロは『元金ヅル』という呼び方に拗ねていた。一度は良いが二度目は駄目なのだろうか。そして魔法陣に入れないのは自分だけという事実に、レオナは軽い疎外感を覚えた。

「やっぱり、一刻も早く呪いを解くべきだ……!」

自分が悪魔である限り、教会にも入れないし魔法陣にも引っかかる。もちろんクレジットカードの審査も通らない。それ以外にもデメリットはたくさんある。

「悪魔は大変だリン……」

「下級はそんなもんだ」

同情するソロにジェリーが無感動に返した。

さて、この小道をどう突破するか。小道にはいくつもの魔法陣が敷き詰められ、しかもランダムに動いている。魔法陣を踏めば耐え難い痛みがレオナを襲う。レオナは嫌な汗を流して

「くそっ……逆ならおれがジェリーをおぶって行けるのに……」

「あーそうだな。俺様がアンタを背負うのは物理的に無理だ」

そんなことすればリアルに骨が折れる。レオナの浅黒い身体には、重い筋肉がぎっしりと詰まっているのだ。

「……そうだ!木の上を渡っていくか」

「兄さん、魔法陣もたまに木登りしてるリン」

「………抜かりなさ過ぎだろ」

レオナが絶望していると、ジェリーが呆れたように

「オイオイおめーらもうちょい頭使え。そんな抜かり無い大魔法使いミカエル様も、あの時はめでたくキマイラの侵入を許したんだぜ?」

キマイラに出来ることがアンタに出来ないわけないだろう?とジェリーはレオナの肩をたたく。

レオナは置かれた手をさりげに握りながら

「だが、キマイラは空を……空?」

「何か思いついたの!?兄さん」

レオナは「ああ」と生返事してから考える。

「いける……かもしれない!」

そして数分後。

「出来たぞ!」

レオナは嬉しそうにそれを見せた。丸くて長い棒が二つある。それからそれぞれ下の方には、別の木がくっつけられていた。

「これは何リン?」

「これは……………竹馬だ!」

レオナは自信たっぷりに答える。

竹馬。その名の通り二本の竹を馬に見立てて歩く遊具である。起源は諸説あるかもしれないが、とにかく昔からあったものだ。

レオナは両手で竹を握りしめ、片方の足を掛ける。

「竹馬越しなら魔法陣を踏んでも平気なハズだ。おれは竹馬に乗って小道を渡る!」

「わー!流石レオナお兄さん!」

竹馬に乗ったレオナにソロはきゃあきゃあと喜ぶ。

「いや待てや」

一方、ジェリーは不満げな顔をしていた。

「どうしたジェリー」

「どしたリン」

「竹なんてどこにあったんだよ」

「どこって?」

「脈略がねぇんだよ!!」

だって竹だぞ竹!?ジェリーはキレていた。これが杉ならまだ納得出来るが、竹という植物が急に登場するのはなんか納得いかなかった。

「一応西洋ファンタジーなんだから気ィ使いやがれ!いきなり東洋要素を出すな!」

怒涛の駄目出しにレオナは耳をふさぐ。何を言っているんだこの男は、作中の急な東洋要素など今に始まったことではないだろう。内心そうボヤきたかったが我慢した。そういえば、トセキ太郎は元気だろうか。

「で、その竹はどこで手に入れたんだ」

改めて、ジェリーの質問。レオナは少し照れながら

「……教会の街で貰った」

街でキマイラ退治に参加した、伝説の弓取りカイドウからプレゼントされたものらしい。

「ハーンそうだったのかなるほどなァ……って、そこは通販で手に入れたとかじゃねーのかよ!!」

激しいツッコミがレオナを襲う。急な展開であることに変わりはないが、とにかくこれで急な東洋要素は霧散した。

「よっ……と」

靴を脱いで、竹馬を乗りこなすために練習する。前方と後方、どちらかに偏ると危険なので注意が必要だ。胴体を支えるためには常に動き回り、二つの軸を確立させておかなければならない。

カッカッカッカッ。忙しない歩行音が響く。

「カッコいいリン」

「俺らは徒歩なのにな。カワイソウに」

「頑張ってる人をそういう風に言っちゃ駄目リン!それにレオナ兄さん、白馬の王子様みたいリン」

「アタマ湧いてんなァ……」

レオナが乗っているのは馬は馬でも竹の馬である。動物ではなく植物なのだ。そのうえ竹馬は一人用だ。

竹馬の足が魔法陣を踏む。何も無い。もっと陣の中央に行く。何も無い。

「大丈夫か?」

レオナがジェリーたちに声を掛ける。ジェリーはペンダントを指で擦りながら

「アー大丈夫大丈夫。無事無事。練習はもういらねーか?」

「ああ、バッチリだぜ」

レオナは笑顔でそう答えた。竹馬を乗りこなすのが楽しいのかもしれない。

「は〜、これでようやく北西の都市に行けるな」

まさかこんな遠回りをすることになるなんて。ジェリーの心はすでに疲れていた。

「本当はミカエルの野郎をぶっ殺すのが一番はえぇんだが」

魔法陣は、それを編んだ者が死ぬと自然消滅するシステムである。

「そんなことしちゃ駄目リン!」

「るせェ金を出さないタダのつぼめっ。とはいえ、俺様はともかく勇者様がミカエルを殺すのは不可能だしな。二重の意味で」

「どゆこと?」

リンが訊ねるが、ジェリーは無視する。

「さあ行こうぜ。北西の都市はすぐ目の前だ」

レオナは規則正しく、右足と左足を交互に出しながら小道を進む。比較的なだらかな地面にはたくさんの魔法陣があり、そこに落ちたらただではすまない。

「…………なのにアイツ俺より速いぞ」

「あ、ホントだリン」

その時、ジェリーに抱えられているソロがアッと叫ぶ。

「魔法陣が、竹馬の一番下に移動してる……!!」


続きます。

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