第15話 堕ちた勇者と魔法陣・上


わかき勇者は 写真を かわにながす  


こんなものは わたしの旅に ひつようない



堕ちた勇者、レオナは旅をしている。

「悪魔の呪いを解く為に!」

そう言ってレオナはガッシリした腕を上に伸ばす。するとゾンビになったドラゴン、ジェリーが寝転がりながら

「つか、正式な目的が見つかるまで四万字近くかけてんのかよこの小説。流石にスロースタートすぎねーかァ?」

「へえ、わざわざ数えたのか」

「んなわけねェー」

「レオナ兄さん、かっこいいー!」

天使のつぼと呼ばれたソロが全身で喜ぶ。彼は『自分が何者か』を知るために旅に同行しているのだ。

「で、僕らはこれからどこへ行くリン?」

「そうだな、ここから西にある……」

「お待ちなさい!」

突如聞こえた謎の声に三人は振り返る。

霧の中から現れたのは三十代くらいの男。それもサーベルにマント、甲冑を着込んだ偉丈夫であった。

「この人は……」

ソロが声を震わせて

「あ、傭兵四天王じゃん」

「なんですかその失礼な言い方は!こんにちは。私は魔法使いミカエル」

男は自己紹介してレオナに微笑みかける。

魔法使いミカエルといえば、教会の街で犯人退治に参加した一人だった。またミカエルは、ソロがいた雑貨店の常連でもあったらしい。

ミカエルはさわやかな笑顔で

「先日は本当にありがとう。街の一員として心よりお礼を」

「あっいや、おれは何もしていないんだ」

レオナはあわてて否定する。犯人であるキマイラを倒したのはミカエル含む傭兵たち、つまり街の住人たちである。決してレオナではない。

「いえいえ、レオナさんは最後にソロを助けたじゃありませんか。私はそれが嬉しいのです」

「………?」

レオナは首を傾げる。今の言葉は何か引っかかる。

「で、四天王様が何の用だァ?」

ジェリーが割り込むと、ミカエルはフッと笑って

「貴方がたに、これを渡そうと思って」

ミカエルが見せたのはシンプルな見た目のペンダントだった。ひし形にカットされた紫紺の石がぶら下げられている。

「お、路銀の源か?」

「レオナさん、これを持って周りを見て下さい」

ミカエルはレオナの手の中にペンダントをねじ込んだ。レオナは言われた通りにして周囲を見渡すと、そこら中におぞましい風景が見えた。

「なんだこれ……。地面のいたる所に丸い模様がある」

「それは、魔法陣です」

ミカエルが説明した。

「しかも普通の人には見えない、名付けてステルス魔法陣。陣のある場所に立つと、魔法が発動する仕組みなのです」

「そうだったのか……全然気づかなかった」

レオナは驚きを隠せない。魔法陣には小さいものもあれば、大きいものもある。

「この魔法陣は、街を守る為のもの。もちろん私が仕掛けました。普通の人が踏んでも効果はないので、安心です」

街や村を守る手段は様々である。ある村は大量の武器を備え、またある自然の要塞を作り、ある村は投石器を作った。この街にとってのそれが、ミカエルの魔法陣なのだ。

「私の編んだ魔法陣は邪悪な者にのみ効果があります。踏むとたちまち焼けるような……」

「でもキマイラには侵入されたじゃん」

「………あ、あのキマイラは空からやって来たので対策しようがなかったのです……!しかしジェリーさんの言う通りですね。これからは上空にも仕掛けておきましょう」

「そんなことも出来るなんて凄いリン!」

ソロが飛び跳ねる。

「まあ私は一流ですからね。しかしステルス魔法陣を使えるのは私だけではありません。レオナさん。そのペンダントは大切になさってください。きっと旅の役に立ちますよ」

それでは!とミカエルは走って街に帰って行った。

「………………」

ジェリーは紫紺のペンダントを疑うような目で見る。

「オイ、怪しいと思わねえか今の」

ミカエルはペンダントの対価を要求しなかった。それどころか、まるでペンダントをレオナたちに押し付けるように渡して行ってしまった。

「きっとレオナ兄さんへのお礼リン!」

「ホントかぁ………?」

「とにかく役に立つのは間違いないだろ」

レオナはペンダントを気に入ったらしい。首に掛けようと思ったが、手を止めて

「ソロ!お前がこれを持っていてくれないか?おれだと管理が難しそうだからな」

「え!?いいの兄さん」

「ああ、その代わり魔法陣が見えたらちゃんと教えてくれ。約束だ」

「うん!約束!約束!」

レオナは微笑んでソロの中にペンダントを入れる。途端に魔法陣は見えなくなった。じかに触れていないと見えない仕組みなのだろう。

「おーいおい大丈夫かよォ」

ジェリーがソロのつぼの口をぱしぱしと叩く。その言葉は両方に言っている。

「大丈夫だジェリー。お前たちはおれが守る」

「ンナこと誰も言ってねえよ。なァ元金ヅル」

「……………」

返事がない。ジェリーはイライラして

「オイ、何か言え……コイツ寝てる!!」

「マジか」

「やっぱ役に立たねェんじゃねえの?」

「………………」

レオナはソロを、街で購入したショルダーバッグにしまう。

「で、次の目的地だが」

レオナはふう、と息をついて

「北西の都市で、呪いの授業を受ける」

「授業ぅ?」

ジェリーは嫌そうにリアクションする。

北西の都市は、二人が出会ったふもとの村からちょうど北にある。険しい山に隔たれているので直接行き来するのは不可能だが、かつてレオナは村の住人からその都市のことを少しだけ耳に入れていた。

「その都市には呪いを教えてくれる学校があるらしい。おれたちもそこで授業を受ける!」

レオナは張り切っていた。田舎モン丸出しか?とジェリーは言いたくなったがグッとこらえて

「ふうん。で、授業きいてどーすんだァ?」

「決まってるだろ?この呪いの解き方を学ぶ!」

「田舎モンじゃなくてただのバカだったわ」

ジェリーはレオナの頭のツノをわしっと掴む。くるりとカーブを描いた山羊のようなツノは、緑の毛髪に覆われている。

「アンタのこれが、そんじょそこらの学校で解けると思うか?俺様ですら分かんねーんだぞ」

「そ、そんなにおれのこと考えてくれたのかジェリー」

レオナは感激している。だがすぐに真剣な目つきをして

「……確かにおれの呪いは複雑かもしれない。けど、せめて呪いの基礎は知りたいんだ」

「基礎ねえ……」

「せめて基礎を学べば手がかりが掴めるかもしれない。やみくもに探すよりはずっと良いはずだ」

手がかり、という言葉にジェリーは無言で思案する。呪いを学べば、レオナを悪魔にした者の正体が分かるかもしれない。

「ま、他に行くアテもねえしな」

「ジェリー!」

レオナは嬉しそうにする。

「どうせ学ぶなら立派な呪殺師になろーぜ、勇者様っ」

「その予定はねえよ……」

北西の都市クラークに向うには、山の小道を通らなければならない。ジェリーの脳内完璧地図によれば半日もあれば着くらしい。

「道しるべもちゃーんと用意されてるからな。迷う必要もねェ」

そう言ってジェリーは石碑をバンバン叩く。魔王を倒した勇者をたたえる、いつもの石碑である。

「本当にどこでもあるな……」

「つってもあの街は勇者もヒーローもいらなさそうだけどな、ははっ」

「ああ、そうだな……熱っ!」

歩き出したレオナが突然悲鳴を上げる。ジェリーは「あっ」と思い出したように

「かかったな勇者様」

「ああ、かかった」

ステルス魔法陣。レオナはまんまとその上を踏んでしまったのだ。

「つーか悪魔にも効き目あんだな。流石だぜ」

「ドラゴン……いやゾンビには効かないのか?」

「ホウ?アンタにとって俺はドラゴンよりゾンビである方が重要なのか」

「ドラゴンらしいところ一度も見てないからな」

「そりゃそうか。あーあと魔法陣は……そうだな。俺様は優秀だから効かねえんだよ、多分」

「納得いかねえ……」

その時ショルダーバッグがパタパタ揺れる。

「ジェリーはゾンビなの?」

バックから出されたソロがきいた。レオナはおはよう、と言ってから

「そうらしいぜ、タイトルには書いてないのに」

「タイトル?」

これを機にレオナはこれまでのあらすじ、自分の境遇をソロに説明した。もちろん次の目的地も忘れずに。

「学校!すごい!僕も授業受けたいリン!」

「そうだな。さっそくだがソロ、魔法陣がどこにあるのか教えてくれ」

「はーい………ってあれ?」

山の小道の入口で、ソロが首を傾げる。

「この魔法陣、さっきと位置が違うリン」

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