第14話 堕ちた勇者と番外編・ピエール様の観光

「押忍!オレサマは天才ピエール様だ!今週も色んな町をレポートしていくぜ!」

安物のボイスレコーダーをオンにしながら、ガンマン風の男はダブルピースする。

「今日来たのはカロの村!のどかな場所だなあ〜。特に名物とか無さそうだけど、田舎はそうでなくっちゃ!」

ピエールは村の入口付近に設置している勇者魔王伝説の石碑とツーショットを撮る。それから門番に話しかけた。

「こんにちは!オレサマが誰か分かるかな?こういう者なんだけど……」

ピエールはドヤ顔で門番に名刺を見せる。

『天才アーティスト。ピエール・パルト』

紙は高級な素材を使っていた。

「これで分かったろう!?オレサマの凄さが!」

「……………」

門番は無言だった。答えたくないのだろう。

「おっ!さてはオレサマの才能にビビっちまったか〜!?」

しかしピエールいつまでたってもいなくならないので、門番はとうとう口を開く。

「ワタシの名はモンバーン、兄はトーブとカーチン、弟はミンカー」

「そか、夜露死苦!モンバーン君!」

ピエールは嬉しそうに握手した。

「さあて、門番とマブダチになった所で観光だ!…………ごく普通の村だな!」

ピエールは出会う人片っ端に名乗り出て交友を持ちかける。ほとんどの人間はこの旅人を面白がったが、中には露骨に拒絶した者もいる。

「オレサマのスター性が眩しすぎるからな。しかたねぇや」

ピエールは悪戯小僧のような調子でとある家畜小屋にたどり着いた。ここには、村で一番大きい馬がいる。

「おお!オレサマの次にカッコイイぜ!」

黒毛の馬を見上げながらピエールは感嘆する。その馬は隆々とした体躯と流れるように美しいたてがみを持ち、まさしく神馬といった佇まいをしていた。

「この馬は『狼煙』と言ってね。この村に危険が訪れた時、他の村に知らせに行く役割を持っているんだ」

家畜小屋の主人が説明する。狼煙は村の誰よりも強くて速い。オマケに頭も良いらしい。

「ハハ、まるで村のヒーローだな!」

「…………」

狼煙は「その通りだ」と言わんばかりに、勇ましくいなないた。しかし家畜小屋の主人は、反対にどこか寂しそうな顔をしていた。

夕刻に近付いた頃ピエールは宿を探す。このカロの村に専門のホテルはないので、どこか泊めてくれる民家を探さないといけない。ピエールは手当たり次第に声をかけるが、全部断られた。しかし落ち込むこともなく「これもスターの宿命だな……」と余裕ぶっていた。これは強がりではなく本気であった。そしてピエールは歩き回って、ようやく泊めてくれる家を見つけた。

「サンキュー!!」

その民家には、風呂があった。

「あ〜、長旅の後の風呂は最高だァ!」

風呂の中のピエールはうるさかった。そういえば、この村に風呂は滅多になかった気がする。もしかして自分は大当たりを引いたのではないか。ピエールは風呂が好きなので嬉しかった。たまには入浴剤のない湯船も良いと思った。

その民家には、食事があった。

村の珍味を味わいながら、ピエールは食レポに勤しむ。

「このアワビ?はスゲー美味くて、このタコ?も最高の食感だぜ!」

ピエールは普段から天才を自負しているが、それでも食レポの才能には絶望的に欠けていた。そもそも目の前にある料理の素材がなんなのかが分からないのである。

「お酒、注ぎましょうか」

民家の住人らしき若い青年が、障子を開けて部屋に入ってきた。すっかりご機嫌なピエールは「夜露死苦!」と汁物の椀を掲げる。青年にはそれがボケなのか本気なのか分からなかったが、何故か微笑ましい気持ちになる。

「どうぞ」

青年はお猪口に酒を注ぐ。ピエールはそれを一気飲みして

「プハーッ!最高!」

「良かった……村で一番美味しいお酒なんです」

「特に魚に合うぜ!」

と言ってピエールは膳の上の魚にかぶり付き、なんと骨ごと噛み砕いた。ボリボリというゴツい音が部屋に響く。骨抜きをスタンバイしていた青年は呆然とするが、ピエールは全く気にしない。というより、青年が驚いたことに全く気が付いていないのだ。

「美味しゅうございますか」

禿頭の男が部屋に入ってきた。この民家の主人である。ピエールはそりゃもちろん!と言いたげに笑い、最後の一切れを平らげる。

「風呂も料理も気に入ったぜ!あと支払いはこれで夜露死苦ゥ!」

「あのう、うちはクレジットカード未対応で……」

「何ー!?そうだった!ここは田舎だったんだ!じゃあこいつでどうだ!?」

ピエールが差し出したのは金塊だった。いったいどこから出したのか、ずっしり重いそれに青年は頰を赤くして興奮するが、民家の主人は顔を歪めて

「申し訳ありません。我々にはこのようなものは過分に御座います。どうか別のものを」

「困ったな〜。これ以外にあげられるのは……あ!これでどうだ!」

ピエールが取り出したのはドライフラワーであった。

「元は家族からもらった花なんだけど、枯らすのが物体なくてこうしたんだ。オレサマの友情の証だ!好きな場所に飾ってくれよな!」

有無も言わさぬピエールのテンションに二人はついていけない。が、民家の主人は無言で頭を下げ、ドライフラワーを受け取る。

「ちょうどこの家には、花が足りないと思っておりました」

「叔父さん……」

青年がどこか寂しそうに民家の主人を見つめる。主人はその視線に気づいたのか

「お前はお皿を洗いにいきなさい」

「う、うん」

青年は料理のなくなった皿をまとめ、部屋から姿を消す。ピエールと民家の主人が、二人きりになる。

「お客様」

主人は改まって、両指を床に立たせる。そしてきわめて神妙な面持ちで

「お客様はもしかして、二人組のヒーローで御座いますか」

ピエールは、ははぁと完全に抜けた声を出した。満腹になって気がゆるんでいる。だからこそ口が軽くなったのだろう。

「二人組だと?馬鹿め。オレサマは常に独りだ。これはスターの、天才の宿命なのだ。だが万が一オレサマの才能についてこれる奴がいたら、弟子くらいにはしてやるさ」

「そうで御座いますか。それは……」

民家の主人は迷う。それは良かったです、とも、それは残念です、とも言わなかった。彼の口元に、孤独の影がまとわりついている。

「嗚呼、本当に気持ちの良い酒だ!こんな夜は歌でも歌いたくなるぜ……」

何かリクエストは無いか?とピエールが横顔を見せるので、民家の主人は顔を伏せたまま

「はい、よろしければ鎮魂歌を………」

ピエールは快諾する。

しずかなレクイエムが、家の中に響いた。

「………………グーグー」

その民家には、寝具がある。ごく普通の柔らかさを持つ布団の中で、ピエールはすっかり眠りこけていた。一人で使用するには少し広い寝室だった。少し血の匂いがしたが気のせいだろうとピエールは思った

「良い天気だぜー!」

ピエールは朝から叫ぶ。朝食はオートミールで、ピエールは要領を得ない食レポをしながらそれを平らげた。

「これは何て食べ物なんだ!?」

「オートミールです」

玄関に、昨日のドライフラワーが飾られている。ピエールは村の中をもうしばらく歩き

「さーて、ここカロの村はとても良い場所だったぜ!なにもない田舎だけど、馬が好きな人、オレサマのドライフラワーが見たい人にはオススメだぁっ!」

最後に村の入口でシャウトする。隣で門番がそれを黙って見ていた。

「最後に、マブダチのモンバーン君に一言お願いするぜ!」

ピエールはモンバーンにボイスレコーダーを向ける。門番は戸惑うような表情をするが、ピエールの笑顔から目が離せない。

「ワ、ワタシ。ワタシの……」

モンバーンは続けようとしたが、まるで何かを飲み込むように口を塞ぎ、それ以降はなにも言わなかった。

ピエールは特に気にすることもなく

「ま、そんな日もあるだろーよっ!それでは皆様、また来週〜!」

元気よくカロの村から遠ざかる。その後ろ姿を、モンバーンはしばらく無言のままで見つめていた。

「……………」

やがて、モンバーンは口を開く。

「ワタシの名はモンバーン、兄はトーブとカーチン、弟はミンカー。ワタシの名はモンバーン、兄はトーブとカーチン、弟はミンカー。ワタシの名はモンバーン、兄はトーブとカーチン、弟はミンカー。ワタシの名は………」

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