第8話 堕ちた勇者と結・悪魔教育

怨怒煮沸混源浄渡 散家風雷破我礼棺


波離宿世降里夜産 悔誤恨魔養生際死………



(通称、殺しの念仏)



翌日、目を覚ましたレオナの前にいたのは

「あっ、馬糞の……」

馬糞をくれた家畜小屋の主人だった。

「安心して欲しい、ここは私の家だ」

レオナは身体の心地を確かめる。本当だ。布団がふかふかではない。

レオナは心配そうに

「あの、もう一人は……?おれの友達で」

「勝手にダチ認定すんな」

ひょっこりとジェリーが現れた。元気そうだったのでレオナは安心する。そもそもジェリーはレオナと違って怪我はしてないのだが。

「昨日の連中、泣いて詫びてたぜ?見せたかったなー」

「昨夜は弟が申し訳なかったね」

と、家畜小屋の主人。

「おとうと?」

「俺らが泊まった民家の主人のことだ。あの襲撃はソイツのトラップだってこと」

指を立ててジェリーは得意げに言う。

「罠だと分かった上で別の罠を張ったお前に言われてもな……」

レオナは苦笑するが、ジェリーが無事だからこんなことが言えるのだ。

「この村は」

朝食をすすりながら、レオナは家畜小屋の主人に向かって

「ずいぶんヒーローを恨んでいるように見えましたが」

自分たちが何故あそこまで恨まれていたのか知りたかった。

家畜小屋の主人は「私はカーチン」と言ってから重い表情を見せる。話しづらいのだろうか。

「原因はこれだ、コレ」

ジェリーは二人の前に小さな紙を差し出した。紙にはこう書いてある。『即麺戦隊ヌーレンジャー』………ジェリーが村に入る時に使った名刺だ。

「“二人組のヒーロー”ってのが奴らの怨念点だったらしいな。まあ結局タダの人違いだがハハハハ」

「……?つまり、民家の主人はおれとお前をヌーレンジャーだと思ったから殺そうとしたのか……?」

「そうだぜ〜。身分詐称も命懸けだな勇者様っ」

ジェリーはキャハキャハと笑うが、レオナはとても笑う気にはなれない。

家畜小屋の主人、カーチンはため息をついて

「レオナ君は知らないらしいが、ヌーレンジャーは二人組のユニットだ。そして普段は覆面で活動しているからその素顔は誰も知らない。しかし体格はとてもよく似ていたんだ。だから弟は君らをヌーレンジャー、つまり私たちの仇だと決めつけてしまったんだ」

その申し訳なさそうな様子にレオナは心細い気持ちになる。てか戦隊なのに二人だけかよ!とはこの際ツッコまないでおいた。

「言っておくが、私はヌーレンジャーと仇は別人だと思っている。素顔は知らないが彼らは歳が若すぎる。奴ら……“二人組のヒーロー”はもっと年上のはずなんだ」

それこそ私たちよりね、と壮年期のカーチンは遠い場所を見た。

「…………」

カーチンの話を要約すると、ヌーレンジャーを仇だと思っていた民家の主人はレオナとジェリーをそのヌーレンジャーだと勘違いして夜中に襲撃した……ということである。

「少しややこしくないか?」

レオナが苦言を呈す。すると

「叔父さんっ」

若い男が、片足を引きずりながら乱暴に扉を開けた。背は高いが、歳はレオナとそう変わらない。

「どうしたコート。そんなに慌てて」

レオナはコートと呼ばれたその男を見てハッとする。顔だけじゃ分からないが、その声と足は間違いない。

「もしかして、昨日の」

「そうそう勇者様。コイツがアンタを刺した男」

「そうだったのか……すまない。足、痛かっただろう」

「………!」

「馬糞の枕はどうだった?ヒャハハハ……」

「おまえぇ……!」

激昂するコートをカーチンが拳で止める。それからカーチンは二人の方を向いて

「こちらこそ朝からすまないね。こいつはコート。私たちの甥だ」

「叔父さん、こいつら本当にヌーレンジャーじゃないんですか?」

「ああ、新聞によるとヌーレンジャーは先日解散したばかりなんだ。それにヌーレンジャーは元からこの村とは無関係だと、私はいつも主張してるじゃないか」

「でも、だったら“二人組のヒーロー”は今頃どこにいるんだよ!」

悔しそうな表情を浮かべるコートに、レオナは神妙な声色で

「なんなんだ?その二人組のヒーローってのは」

「それは、村をめちゃくちゃにした奴らだ!」

「これ、コート……!」

そう言うカーチンの手も、少しばかり震えていた。

するとジェリーがハハハハと笑って

「俺は知ってるぜ!この村の超泣ける歴史をよ!」

「なっ……おまえは余所者だろこのクソ野郎!」

「るせえ糞枕野郎。俺様は何でも知ってるんだよ」

ジェリーは見下しながらそう言った。やはりコートは怒ったが、カーチンは仕草で諌めるだけで何も言わない。今からジェリーがすることを無言で肯定した。

部屋の中が静かになる。

「この村は」

ジェリーはすらすらと、まるで詩の朗読のように

「かつて、村人同士が殺し合いをしていた」

「………!」

「以前はもっと大きな村だった……。だがひょんなことから村人たちが綺麗に仲間割れして、十年ほど争い続けていたんだ。時に直接的に、時に間接的に!」

本当に?という視線をレオナは向ける。カーチンはうなずいて

「恥ずかしながら、我々兄弟も二つの派閥に分かれていたんだ。私は上に命じられるまま敵対派に様々な嫌がらせをしてきたよ。相手の家に糞を塗りたくったり、睾丸を抜き取ると脅したり……」

「………」

「オイ勇者、なんだその目は。ま、そういうわけで村全体を巻き込んだ争いは、たくさんの死者を出した」

「ああ……争いの中でコートの父、私たちの兄が心労による病で死んでしまった……。それからだ。私たちがこの戦いに疑問を持ったのは。本当に遅かった……」

カーチンは手のひらで顔を覆う。それはまだコートが赤ん坊の頃だったという。さらに当時のカーチンは、コートの父とは違う派閥に所属していた。カーチン本人は知らないまま兄を死に追いやっていた可能性があるのだ。

ジェリーは高笑いして

「いやー兄弟同士で寿命の削り合いなんて最高だよなァ〜!で、その争いの原因が例の“二人組のヒーロー”ってワケ!」

「ああ……あのヒーローは派閥の創始者であり最高権力者だった。ドラゴン退治に来たという彼らは最初こそ仲が良かったが、しだいにお互いを憎み合い、対立していた。私たち兄弟のように………」

カーチンは堪えきれずに、落涙した。

「どうして失うまで気付かなかったんだろう!!たった一人の兄、幼馴染み、老いた親類、初恋の相手、顔もしらない仲間たち……みんな私にとって大切な人のはずなのに、どうして私は彼らを憎み、嫉み、排斥するような真似をしたんだ……!!」

「ヒーローの私闘に利用されたんだ、ご苦労ーさま」

ジェリーが平気な顔で答える。

「ああ、そうだ……あの頃は本当にバカだった。特に私のような人間は自業自得だ。しかしコートは違う。ヒーローがどちらも失踪して争いが終わった時、この子はまだ二歳だった。コートにはヒーローはもちろん、私たちを恨む権利がある」

「お、叔父さんは騙されてただけだろ!?悪いのは全部ヒーローだ!!あいつらこそ、父さんと母さんの真の仇なんだよ!ミンカー叔父さんだってそう言ってる!」

「ミンカーは自分を誤魔化してるだけだ……!憎しみをヒーローに向けてしまえば、罪悪感に苦しまずに済むんだから……」

「けど、だけどさあ………!」

コートの声が、次第に嗚咽混じりになる。

「………ごめんレオナさん。仇じゃないのに手え刺しちゃって」

「い、いや」

「ホンっと感謝しろよテメー、馬糞がなければ頭打って死んでたかもしれないんだぜ」

コートは顔を伏せて

「そ、そうだよなな……それに馬糞がなければ今頃……」

「おいおい二人とも、それを言うなら真の功労者はカーチンさんだろう?」

場の空気が少しだけ和む。レオナはコートを無言で見守るが、その気持ちは通じないだろう。

数日して、レオナの傷はすっかり治った。

「じゃ、カーチンさん。おれ達そろそろ行くよ」

「そうかい、色々迷惑かけたね……」

レオナはかぶりを振る。休んでいる間は色々よくしてもらったのだ。レオナだけでなくジェリーにも服を新調してもらったし、本当の意味で至れり尽くせりだった。

二人がカーチンの家から離れると、コートとミンカーがいた。

「あの夜のことは申し訳なかった」

民家の主人が禿げた頭を下げる。謝り方が、兄とすこし似ている。

「叔父さんのこと、許してくれよ……」

コートが歩いてレオナに囁いた。レオナは無言でうなずいてコートをじっと見つめたが、言葉が出てこない。せめてコートを祝福をしてやりたかったが、自分にそんな資格はないと思い直す。

カーチンに聞いた話だが、ミンカーはかつてコートの父と同じ派閥に所属していた。そしてミンカーは任務をこなしながら日に日に痩せていく兄の姿を見続けていたという。それもあって、ミンカーは叔父の中で一番コートを気にかけ、可愛がっているらしい。

ミンカーの復讐心は、どうなっているのだろう。内心を知るよしもないが。

「どちらにせよ、良い村にして欲しいな」

「へ〜、だから永住を諦めたのか」

ジェリーが背後から現れる。レオナはげぇという顔をして

「だって、余所者のおれがいると村に都合が悪いだろう」

「フーン、そういや悪魔がどうとかいう話はどーなった?」

「あ」

レオナはとっさにサングラスをかける。しかしもう遅い。

「おれのこの目……もうバレてたよな」

「ウン。まあアイツら悪魔よりヤベエもん見てきただろうし、たいして気にならないんじゃねえの?」

「そうか……」

サングラスを懐に戻してレオナは村の入口へ歩く。

入口には今日も門番がいた。相変わらず大柄で、いかつい顔をしている。

「ワタシの名はモンバーン、兄はトーブとカーチン、弟はミンカー」

「この門番のオッサン、いくら話しかけてもこれしか言わねえんだ」

「………」

二人はカロの村をあとにする。

「なあ、勇者様」

「なんだジェリー」

「もしかしてまだ馬糞持ってんの?」

ジェリーとレオナには少し距離があった。ジェリーが露骨にレオナを避けているのだ。

「いや、もうない。あの夜使ったやつはカーチンさんに返したぞ」

「返したの?」

「そうしないと、お前が引いちゃうだろ」

「アハハハ、それもそうだ」

ジェリーはレオナと肩を組んで笑う。

「あんなので悪魔教育が頓挫するとは、俺様もまだまだダなァ」

「ああ、あの裏切りはビビったぞ」

けど……とレオナは少し口ごもり

「けど悪くなかった」

「ハ?なにそれ」

レオナからすれば友達認定していたジェリーに殺し合いを仕掛けられ足を刺され、逃げ場も封じられたのだ。悪くなかった所など一つもないはずなのに。

しかしレオナははぐらかす。そして決してジェリーに覗かれることのない、心の奥でこう呟いた。


(お前のことが知れたからな)

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