第3話 堕ちた勇者と投石
かわいそうに
わかき 勇者 は くらい宝の なかに
とじこめられて しまいました
やっとの おもいで 脱出 したら
ゆうしゃは あくまに なって しまいました
〜前回のあらすじ〜
田舎に引きこもっていた堕勇者のもとにゾンビが訪ねてきた!よく分からないままゾンビに唾液を奪われる元勇者!そこに殺意ミシミシの村人が現れて……!?
「元勇者が魔王の召喚を企てているという噂は……本当だったんだ!」
ご丁寧に村人の一人が解説する。他の村人も「そうだそうだ!!」と拳をつきあげたり、それぞれの武器をかまえたりしていた。
元勇者である青年は誤解だ!と声をあげて
「おれは召喚なんてしていない!だいたい魔王なんて、存在しな……」
「うるさい!悪魔の手先め!」
村人たちは更に激昂する。完全に青年を悪者だと決めつけているのだ。村人の一人が投げた泥団子が、青年の身体にヒットする。
その様子にゾンビの訪問者は肩をすくめて
「アイツら聞く耳持たねーよ。殺した方が早ぇって」
と、青年の腕を握ろうとするが、彼はそれを振りほどく。
「だめだ!落ちこぼれとはいえ、おれは元勇者だぞ。それにわざわざ泥団子を手作りするような人達を殺すことなんて出来ない」
「後者の理屈なんなんだよ」
「遺言は終わったか悪魔どもめー!」
村人がいきり立つ。おやおや、あちらの方がよっぽど悪魔じみてるぜ、と訪問者は苦笑する。
こうして数々の罵詈雑言をセットに村人たちの攻撃が始まった。ある者は石、ある者は泥団子を次々と二人に投げつける。一見地味だが当たれば痛いし、なんなら当たらなくても嫌な攻撃だ。それはゾンビにとっても例外ではない。訪問者は舌打ちして
「ああウッザ……!つかアイツら剣とか槍とか持ってんだからそれ使えよ!」
「リーチが短い武器を使うのは不安の表れだろう。彼らだって本来はただの農民だ。人間相手ならともかく、悪魔と戦う訓練は受けていない」
「淡々と解説すんじゃねえっ」
ツッコミながらボロのケープで頭を覆うが、これで攻撃を防げるとは思えない。訪問者は忌々しげに
「仕方ねえ……ここは俺一人で……」
「危ない!」
「えっ」
ゴッ、といやな音がした。一瞬のことで何が起きたか分からなかった。音が止むと同時に、訪問者はゆっくりと顔を上げる。
「…………!」
なんてグロテスクな光景だろう。村人の投げた石が、青年の顔面をえぐったのだ。
青年は額から血をながし、べたついた石が草の上に落下して、転がった。
訪問者はため息をついて
「アンタ、俺を庇ったのか」
「まあな」
「馬鹿な奴、そういうのは……」
「よし、悪魔にも石は効くぞ!だって血を流しているじゃん!!この調子でどんどん投げろ!」
村人の攻撃はまだ続く。いくつもの石や泥団子がこちらをめがけて飛び続け、二人の身体をヒュッとかすめた。
「うおっと!」
「隠れていてくれ。ここはおれがなんとかする」
「おっ、有り難いね〜!」
訪問者は素早い足取りで小屋に入り、扉をかたく閉じた。完全に青年を見捨てる気だが、それだけでは退屈なのでのぞき穴からこの戦いを見守ることにした。
訪問者の一連の行為が、村人には非道に見えたのだろうか。何人かは彼の行動に憤り
「仲間を見捨てるとはなんて卑怯な!あっちの方は焼死させてやる!」
と、火をつけようとするが、リーチが足りないので断念した。
「まずは手前の悪魔を殺せ!」
村長らしき男が叫んだ。村人は手を休めずに投げる、投げ続ける。丸い石、硬い石、尖った石、そして手作りの泥団子。普通の人間ならとっくに死んでいる量だ。
「………なぜじゃ」
しかし青年は倒れなかった。全てではないが、投げたものは青年の身体に当たっているのだ。何度も何度も、それこそ手が擦り切れるほど投げたのに。その証拠に青年の服は汚れ、顔は真っ赤に染まっているではないか。
なのに、なぜ……。村長が声をあげた。
「なぜコイツは倒れない!!!」
小屋の中の訪問者が口笛をふく。青年が倒れない理由、そんなものはただ一つ。
倒れないほど“強いから”だ。
「おれは剣は下手だし魔法も使えない。けど、身体は丈夫な方だ」
青年の呟きに、訪問者は満足げに笑った。そりゃそうだ。いくら落ちこぼれでも、マイナーでも、彼は立派な勇者なのだ。旅に出てから死なずにここまでやってきた、ひとかどの戦士なのだ。
特に剣も魔法も使えない冒険者は腕力に秀でる傾向がある。筋肉の発達具合を見たところ、青年は明らかに武闘家タイプだろう。彼にとっては石ころなど霞にぶつかるようなものだ。
しかし村人は諦めなかった。おびただしい数の石が青年にぶつかり、そのたびに鈍い音をたてる。が、それでも青年は倒れない。彼は腕を組んだまま、村人たちをじっと見下ろしている。
「くそ、くそ、なんだこいつは……!」
「これで分かっただろう。おれを殺すのは不可能だ」
「いや、まだだ……アレを持ってこい!」
「アレ?」
ガラガラガラと珍妙な移動音と共にあらわれたそれは、投石機であった。
しかもデカい。
「な、なんだアレはあ!?」
青年は思わず素っ頓狂な声をあげる。すると村長はムフーと誇らしげに
「これこそ村一番の投石機、名付けてトセキ太郎!悪魔どもめ、文明のパワーを見よ!」
頭より大きい岩が、発射準備される。
「トセキ太郎?ネーミングセンス最悪だろ」
訪問者はひとりで呆れているが、岩が当たったらこの小屋はタダではすまないだろう。もちろん、青年も。
訪問者は顔色一つ変えずに選別する。岩の飛ぶ距離を計算し、死なない位置に自分ひとりで避難するために。
彼はバレないように裏口から小屋を出る。こんな狭い小屋に裏口があったのが驚きだが、この状況だととにかく感謝するしかない。もっとも、感謝の対象である青年は岩に当たって死ぬかもしれないのだが。
戸を閉める音を立てないように、訪問者はボロのケープを挟んで草原を駆ける。自分だけ逃げていることには誰も気付かない。山小屋様々だ。
しばらく走って安全地帯にたどり着いたところ、ちょうど良い木があったので上に登る。ここなら全てが見通せるだろう。
その時、投石機から岩が発射された。この軌道だと間違いなく青年に直撃する。サァどうなることやら、訪問者は身体を硬直させて目を見開いた。
ずっ、と重い音がした。飛ばされた岩が青年とぶつかったのだ。
「……………」
砂埃。しばらくの無音。そして
「やったぞ!悪魔も暴力には敵わないんだ!暴力万歳!」
「あとは小屋を燃やせば安心だ!」
確かな手応えにはしゃぐ村人たち。
しかし
「おおっ?」
木の上の訪問者はひとりで声をあげ、双眼鏡を取り出した。
その視線の先には
「な、な、なんでだよ……!」
ようやく気付いた村人が恐怖に震える。
「なんで……なんでアイツは……なんであの岩を受け止めてるんだよお!?」
皆の視線のさきには、岩を両腕いっぱいに受け止めている、青年の姿があった。
「フフッ……」
青年の身体はボロボロだがその両目は輝いており、村人との戦いを楽しんでいるようにも見える。
「つっても、一方的に攻撃されてるだけだがな」
訪問者は一人で冷静に補足するが、その唇は楽しげに歪んでいた。
一方で村人たちは阿鼻叫喚の嵐である。
「あれ食らって死なないとかマジかよ!?」
「ちゃんとヒットしてこれなのかよ!?」
「今までのは舐めプだったってことかよ!?」
「つか、トセキ太郎って名前ダサすぎだろ!西洋ファンタジーじゃねえのかよ!」
彼らは一斉に同じ方角を向き
「オレたちに希望はないのかよ、村長!!」
「クッ………」
村長は膝をつく。それから悪魔め……と口惜しそうにうめいた。希望はない。
反対に、青年は軽快な声で
「なんだ、そっちはもう終わりか?」
両腕で受け止めた岩を持ち上げ、紺色のストールでくるりと巻く。
「なら今度はこっちの番だ。しっかり受け止めろよ!」
そしてストールの端を掴み、岩石をぐるりぐるりと回し始めた。
「あ、あれは投石のポーズ!」
村長は絶望した。
まさか悪魔を殺す為に用いた岩を、そっくりそのまま利用されるとは!ついでに物理学も利用されてる気がしてならない。
「こんな所にいられるか!オレは帰る!」
希望のない状況に村人たちは次々と戦線離脱する。その中にはトセキ太郎や村長に失望した者もいれば、目の前の悪魔の報復に怯える者もいた。
「お前達、帰るな、ワシをひとりにするなー!!」
村長は叫ぶが、誰も村長の言うことなど聞かない。悪魔退治にやって来た村人がまばらになり、村長のそばにいよいよ誰もいなくなった時、青年は巨大な得物をぶんと放り投げた。うっかりストールを手放してしまったが気にしない。
投石、それはシンプルだが力強い一撃。強いが先ほど無効化されたその攻撃を、今度は村長自身が向き合うハメになっていた。
「うわわわわわわわっー!」
村長の断末魔が響く。それは見捨てられた者の悲痛な叫びだった。今の村長には何もなく、ただトセキ太郎のみが彼に寄り添うかのようにそばにいた。
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