第2話 堕ちた勇者と謎の訪問者・下
いざ ゆけ わかい 勇者よ
まだみぬ まおうを たおすため
そして このまちを すくうため
「ルーシャス・ドーン・サルティロン………」
言いにくそうに、訪問者はこういった。
「それがアンタの勇者ネームだろ?」
「あ、ああ……」
青年は押され気味にうなずいた。訪問者はニタニタ笑いながら
「“夜明けの光”ねえ………。サルティロンは故郷の名前か?人間サマの悪知恵だな」
「…………」
青年は黙りこくってしまった。ちなみにこのゾンビだか何だか分からない、謎の訪問者の言う事は全て正解だった。
「そのナントカ村?いもしない魔王を倒させるためアンタを勇者に仕立て上げ、故郷の名を売ろうって魂胆だろう?」
「ああ………そうだな」
青年は疲れた顔で肯定した。
この世界に魔王など存在しない。それは青年にも分かっていた。石碑が全国各地に置かれているにも関わらず、ほとんどの人間が魔王など信じていなかった。
村の魂胆はこうだ。伝説に便乗して有望そうな若者を勇者に祭り上げ、外の世界で活躍させる。
若者が名を上げれば村の宣伝となり金が入る。ひょっとしたら国から特別な補助が貰えるかもしれない。
いわゆる出稼ぎだ。勇者ネームとはつまり芸名のことである。
「………」
青年はこの名前が好きではなかった。ルーシャス・ドーンという仰々しい自分の芸名も、サルティロンという妙に言いにくい村の名前も。
「おれは」
ルーシャスと名付けられた青年は口を開く。
「おれは出来損ないの勇者だった。剣もロクに扱えず、魔法の才能もなく、地図すらちゃんと読めない。お前の唾液のそれ、魔法の一種か?羨ましいな」
「んな卑屈になるなよォ。仮にも勇者に選ばれたんだからさっ」
訪問者は青年を励ました。勇者になれるのは基本的に、その村や街で一番優秀な若者なのである。
しかし青年はため息をついて
「それはそれで問題なんだよ。おれが一番優秀ってことはつまり……」
「なるほど」
サルティロンの村は深刻な人材不足なのだ。が、そんなもん訪問者には関係がない。
「ていうかお前、どうしておれの名を知ってるんだ?」
「聞いたんだよ、ふもとに奴らに」
「ひっ」
青年は軽く悲鳴をあげた。いま、この青年が住む小屋は小さな山のてっぺんにある。そして山のふもとには名もなき集落があった。青年の故郷であるサルティロンの村より人の少ないその集落を、訪問者は通過したと言うのだ。
「山に呪いをかけられ悪堕ちした勇者がいるって聞いてな。いてもたってもいられなくなった」
「そ、そうだったのか……」
青年は思い出す。勇者として旅立ったあの日のことを。安物の剣を叩き折り、拳のみで戦ってきた激動の日々を。
そして、人間でなくなったあの日のことを。
「おれは好きで悪魔になったわけじゃない。なのに……」
「あー。なんかのきっかけで悪に堕ちて、人間に忌み嫌われ、最後は故郷にも見捨てられたってワケね。同情するぜ」
そう言って訪問者はケタケタと笑う。どっからどう見ても同情していない。
「で、勇者様は人間に嫌われたから、旅をやめてここに引きこもっているのか」
「……そういうことだ」
青年は紺色のストールで口元を覆う。なんとなく気恥ずかしい。相手がゾンビとはいえ、自分の弱い部分を他人にさらけ出している状態なのだ。
「ここはめったに人が来ないから気楽なんだ。来ても石や泥を投げられて終わりだ」
「完全にオモチャにされてんじゃねーか。この村の奴ら、よくそんなこと出来るな」
「落ちこぼれ勇者だと思われているからな……」
「ま、そのおかげで俺は助かったけど」
普通の勇者から肉体(今のところは唾液だが)を貰うことなど不可能だろう。訪問者は満足そうに笑っている。
「そーいやよお、俺様ふもとの村で妙な噂話を聞いたんだけど」
なんだって?青年が訪問者に近づくと、彼は青年の耳元で
「堕ちた勇者が、魔王の召喚を企ててるって」
「なんだそれ」
どういう意味だ、と青年はたずねるが「言葉のまんまだ」と訪問者は素気なく答える。
「おれ、そこまで嫌われていたのか……?」
青年はショックを受けていた。魔王の召喚など、どう見ても不条理な言いがかりである。
「さあ、見た目が怪しいとかバカっぽいとか、理由は色々あるだろう」
「バカ?見た目はともかくバカは関係あるのか?」
挙動不審になる青年。いや魔王を信じてるのは普通にバカだろ、と訪問者はツッコんだ。
すると
「いたぞ、あそこだ!」
「火をつけろ!」
突然の大声に、青年と訪問者は同時にそこを見た。
たくさんの人間がずらりと並び、するどい目でこちらを見ている。
「オイオイ、思ったよりガチじゃねえか」
訪問者がため息をついた。目の前にいる人々は、ふもとの村の住人たちで間違いない。
「ど……どうして?」
青年はショックを受けたまま青い顔をする。村人たちが向ける敵意に、どう応えればいいのか分からないのだ。
「弱そうだから生かしといてやってたのに!」
「他の悪魔もいるぞ!!魔王の手先め!」
怒声をあびせ続ける村の住人たち。青年は困った顔をしたまま何もしない。いや、出来ないのだろう。
すると訪問者は笑って
「なあ勇者様」
人間たちを睥睨しながら
「こいつら、皆殺しにしよう」
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