第4話 堕ちた勇者と旅立ち・上
いけ ものいわぬ 戦士よ おまえは 最強
とべ あつき 戦士よ おまえは 最速
最高 カタパルト 最高 カタパルト
村のために たたかえ トセキ太郎〜
(トセキ太郎のうた 作詞作曲:村長)
小さな山に、静寂が訪れた。小屋を訪ねてきたその男は木から飛び降り、悠々と草のうえを歩く。
「お疲れ、勇者様」
勇者と呼ばれた青年は仰向けに倒れていた。倒れたといっても気絶したわけではなく、少し疲れたから休んでいるだけだった。
「ああ……お前か」
顔を覗き込まれた青年は、いまさら思い出したかのように呟いた。実を言うと青年は、戦いの高揚感のせいでこの男のことをすっかり忘れていたのである。
青年はひと息ついてから
「村の連中はみんないなくなった。これで安心だ……」
「ケケケ、痛快だったぜ投石返し。逃げ惑う人間どもの表情も最っ高だった……」
「ん、表情?」
まるで一部始終を詳しく見ていたかのような訪問者の言い方に青年は眉をひそめる。この訪問者はさっきまでずっと小屋に隠れていたはずだ。小屋にも覗き穴はあるが、そう遠くまでは見えないはずだ。
訪問者は笑って
「あー俺様?実はずーっと前から小屋をトンズラしてましたっ」
「はあ?なんだそれ……」
とんだ無駄骨じゃないか、と青年は力なく笑う。しかし不思議なくらい訪問者への嫌悪の感情はなかった。むしろ清々しいほどだ。
「はははっ!俺様はアンタの力量を確かめたかったのさ。あそこで死んでりゃ、それまでの男だったってことだし」
「本当かよ、それ」
青年は上半身を起こし、バランスを取りながらふもとの方向に歩き出す。
「オイ、どこ行くんだよ」
訪問者が顔を上げると、青年の視線の先には投石機、トセキ太郎があった。
トセキ太郎は村の必殺兵器だが、青年の腕力の前に虚しくも敗れた。少し山を下ると、無傷のトセキ太郎が独りたたずんでいた。
そして隣には
「…………」
大の字で村長が気絶していた。
「あれ、このジジイ生きてんのかよ」
訪問者は村長の頭を蹴ろうとするが青年に止められる。
ちなみに青年が投げ返した岩は村長のすぐそばに落下していた。おそらく村長はそのショックで気を失ったのだろう。
「なんで、村長だけでも殺しゃあいいじゃん」
訪問者は不満そうに青年を見る。傷だらけの身体。青年がこんな目に遭ったのは全て村長のせいである。隠れて逃げただけの訪問者と違い、青年は実際に投石による血を流しているのだ。
しかし青年はカラリとした態度で
「攻撃を受けたのはあくまでおれの意思だ。村の人間を殴る資格はねえよ。それに、弱い者イジメはしたくない」
すると訪問者はいよいよ呆れて
「堕ちても元勇者ってわけか、つまんねえ……」
明らかに不機嫌な声色だが、青年は何も言わない。
それから訪問者は毅然と立つ、孤独なカタパルト(トセキ太郎)を見上げながら
「せめてコイツだけでもブッ壊せば?」
青年は首を横に振る。
「これは村を守るための武器だ。なくなったらみんな困るだろう。そのままにしておこう」
「チッ、甘ちゃん!」
「悪かったな」
二人の間に、やや険悪なムードが流れる。しばらくお互いに沈黙していたが、そうしてばかりもいられない。青年は寂しそうな面持ちをして
「ハァ。この村には、もういられない……」
「へえ?」
「村の人間から本格的に悪魔判定されたんだ。おれがここから出ていかないと、彼らは流浪の旅に出てしまう」
「いーじゃんそれで」
「駄目だろ」
「じゃあいっそのことあの村を支配してみたらどうだ?アンタのバケモンじみた力はみんな知ってるだろうし本気出せばあっという間にモノに出来るぜ?村長には毎日土下座させようぜ、土下座祭り」
「それも却下だ。面倒くさい」
「ふうん、面倒くさい、ねえ………」
訪問者は顎に手を当てて何かを考える素振りを見せるが、青年には全く解せない。
「なあ、それよりも……」
青年はそう言うといつものストールで口元を隠そうとした。が、普段はあるはずのそれが首元にないことに気づいて少し慌てた。そうか、あの岩を投げる時に、一緒に飛んでいってしまったのだ。代わりに青年は、訪問者をじっと見つめながら
「お前、旅人だろう。元気になって、これからどこへ行くんだ?」
「急になんでそんなこと聞くんだよ」
「別に?ナンパだよ…ただの」
「そうだなあ……アンタのお陰で俺様の身体は生きながらえたんだ。なんか礼はしないとなあ。それに………」
訪問者は全く悪びれずに
「動いたら、また痩せてきた」
「は?」
あの程度で?と青年は言いたくなるが、こらえる。訪問者は腕を見せるように伸ばして
「ほら、ちょっとここ肌の艶がなくなってきてるだろ。久々の運動が祟ったんだろうな〜。今すぐ身体をもらわないと不安だな〜」
なんて燃費の悪い………青年は絶句して訪問者に少しだけ同情した。そして訪問者は、未だに目を覚まさない村長に視線を向けて
「アンタが殺さねえなら、このジジイ、俺がいただいちまおうかな〜………ってこれは流石に冗談だが」
「冗談なのか」
「ジジイだぞ?くったら俺が死ぬわ。つぅことで、もう一度アンタの身体を分けてくれ」
そう言って、ぐいっ、と訪問者は手を伸ばす。再び指を、青年の口の中に突っ込むつもりなのだ。あれはどうも好きではない。青年は抵抗感の混じった声で
「待て、唾液が欲しいならもっと手っ取り早い方法があるぞ」
「いや、今回は唾液じゃねえ」
「は?」
訪問者は青年の腕を取り、一番大きな傷口を吸う。
「んっ」
「………」
青年はされるがままだった。いまの彼の頭のなかに、抵抗するという選択肢はない。訪問者は青年の傷口から流れる透明な液体をすすっている。青年は驚きと不快感と好奇心が混ぜ混ぜになった顔で
「それ、血とかでもいいのか?」
「ん、一番は肉だが」
「う……やっぱ本当にゾンビなんだな」
「そうだぜ、タイトルには書いてないけど」
邪悪な笑顔が夕日に染まる。もうそんな時間なのか。
「そういえば、お前の服……」
訪問者の唇のせいか、青年はぼんやりしていた。ケープを脱いでいたので新鮮に見えたのだろう、訪問者が着ている薄い色をした継ぎ接ぎだらけのワンピースに対して
「まるでウエディングドレスみたいだ。とても綺麗だ……」
訪問者は呆れた。この男は、何を求めているのかサッパリ分からない。
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