第5話 堕ちた勇者と旅立ち・下

おやすみ トセキ太郎 おつかれさま


村の 戦士 いまは 休息が 必要ね


おやすみなさい 小さな戦士


いつか また 戦う日まで


ルルルルル………


(トセキ太郎の休息 作詞作曲:村長Jr)




「おれは地図が読めない」

小屋の中。荷物の整理整頓をしながら、青年がぽつりと呟いた。

「ここからどう行けば他の村にたどり着くのか、全く分からない」

だからといって闇雲に動くわけにもいくまいし、と妙に分別くさい口調で青年はぼやく。

そばで訪問者が胡座をかいている。青年の肉体を目当てに突然やってきたこの男は、少しばかり退屈そうだった。

青年はくるりと振り返り

「頼む。道案内をしてくれ!おれが住めそうな村を探したいんだ!」

と言って、ぴかぴかの地図を訪問者に見せる。

しかし訪問者はそれを取り上げて、ロクに見ないでくしゃくしゃに丸めてしまった。

「お安い御用だぜ勇者様。あと、俺は頭が超良いから地図はいらねえ」

訪問者が言うには、ここらの地理は全て覚えているとのこと。青年は驚愕した。自分は故郷の方角すらもう分からないというのに。

訪問者はニタニタしながら

「肉体分けてくれた礼もしなきゃだしな。………しっかし、アンタを受け入れてくれる村なんて存在するかな」

これは青年への純粋な嫌味である。

「今のアンタ、悪魔なんだぜ」

訪問者は青年に近づいて、その前髪をかきあげる。深い緑の髪に覆われた山羊のツノ。真っ黒な白目に金の虹彩。こんなもの、人間たちが受け入れてくれるハズがない。現にふもとの村の人々とは、ああなったばかりではないか。

「…………」

青年は何も答えない。表では平気そうな顔をしているが、その内心は分からない。

「人間よりも、凶悪なドラゴンや狡猾な魔族の方がお似合いなんじゃねーの?」

訪問者はたたみかける。これは嫌味だが本心でもあった。ドラゴンや魔族にも村はある。そして青年のような男にとっては、人間よりそっちの方が住みやすいのではないか。

青年は考え込むような表情をして

「いっそのこと、おれも旅人になろうかな」

「おっいいねえ!破壊と殺戮の旅か!!」

げらげら笑う訪問者を無視して、青年は風呂敷を包む。あまり汚れてない、きれいなピンク色の風呂敷だった。どこで手に入れたかは覚えてないが、ともかくこれで引っ越しの準備は終わったのだ。青年は名残惜しそうに鏡台を見つめる。しかしこれ以上は、荷物を増やせない。

「あとは小屋を破壊するだけだな」

風呂敷を抱えた青年の言葉に、訪問者は眉をひそめて

「ハ?自分の家は手にかけるのかよ」

「ああ。この村には二度と帰ってこない」

小屋を残せば後ろ髪を引かるかもしれないし。青年はため息をついた。家を壊すなんて本当はしたくないのだが。憂鬱のあまり、前にもこんなことがあったのではないかと錯覚する。

「なあ、勇者様。これはそのままでいいのか?」

訪問者が指さしたそれは伝説の石碑だった。かつて邪悪な魔法を打ち倒した勇者をたたえる石碑である。青年の故郷も、この伝説に乗せられて彼を勇者に仕立て上げたのであった。

「壊せるわけないだろう?」

青年は、何処か諦めたような笑みを浮かべて

「壊したら、魔王のしわざだと思われちまう」

そして小屋を静かに解体して、青年と訪問者は歩き出す。

ふたりの夜逃げが始まった。

この日は珍しく風が弱く、黙っていると足音だけが耳に響く。

「本当に月の明るい日で良かったな〜」

どこか間の抜けた、訪問者の声。

「ああ」

青年はぞんがい明るく返事をした。

「最初に向かうのは、ええと、東の村か」

東に村なんてあるんだな、と青年は初々しい声で笑う。訪問者は微妙な顔をする。この地図すら読めないお人好しの男は、果たして東がどちらか分かっているのだろうか。

「短い間かもしれないけど、これからよろしくな。ええと……」

訪問者をちらと見て、青年は言い淀む。

「そういえばお前の名前、知らないな……」

「あれ、名乗ってなかったっけ勇者様」

うん、と青年はうなづく。出会って約半日だが、たしかに名を聞いていない。すると訪問者は目をきらりと光らせて

「俺様の名はジェラルド。偉大だからよく聞いとけよ。綴りはグレートのGにエコノミックのE、ロイヤルのRにアークエンジェルのA、それからリバティーのL、そしてデストロイのDだ。ジェリーでいいぜ!」

ジェラルド、通称ジェリー。大仰な名乗りに青年は面食らうが、すぐに持ち直して

「じゃあよろしく、ジェリー」

はにかみながら呼んでみる。ジェリー。すごく良い名前だと思った。

「で、アンタはルーシャスだっけ」

「いや……それは故郷の村が付けた芸名だ。おれの本当の名は別にある。生まれた時につけられた、特別な名前が」

「ふうん、ナンて名だよ」

青年は、少しだけ目をうるませながら

「レオナ……。次からはレオナと呼んでくれないか、ジェリー」

レオナ。そう言った彼の声色には懐かしさがこもっていた。もうずっと呼ばれてなかったのだろう。

ジェラルドもといジェリーと呼ばれた男は、ぎらぎら輝く月を見上げながら

「ま、気が向いたらな」

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