第6話 堕ちた勇者と悪魔教育

勇者よ これも まおうの しわざなのだ  


燃えさかる炎を指さして神官さまは言った。


りょうしんが しんだのも まおうの せい


たたかえ勇者 おヌシには それが できる


しばらくして、彼の家は黒焦げになった。誰も火を消そうとはしなかった。




「ちょっと気になるんだけどさあ」

訪問者あらためジェリーは細い足をパタパタと動かしている。

夜中のこと。手頃な洞窟を見つけたのでひとまずここで眠ることにした。東の村には明日到着するだろう。

青年あらためレオナは早く寝ろよ、と毒づくが眠れないのは彼も同じである。全く落ち着かない。昨日までは馴染みのある小屋で寝ていた身なのだ。

「堕ちた勇者ってわりには、アンタぜんぜん悪に堕ちてねえよな」

「なんの話だ?」

本当に何の話だよ。レオナは眉間にシワを寄せるが、ジェリーの話を聞かないわけにはいかない。

「ハッキリ言ってタイトル詐欺じゃねえの?悪堕ち〜っつうからには復讐とか村人皆殺しとか、するだろ、フツー」

「いや、昨日も言っただろ。おれはそんなことしたくな……」

「つうか“堕ち”の概念もフワフワしてんだよ!『悪に堕ちた』と『悪魔になった』じゃニュアンスが全っっ然違うだろーが!どっちだよ!」

「し、知らねえよそんなの………」

「アンタもさあ、堕ちてなんか悪いことしたくなった〜とか、ねえの?」

「ない」

「けッ、つまんねー。ガキのドラゴンだってもうちょいマシな破壊衝動持ってるぜ?」

「そうか、ジェリーは(そうは見えないけど)ドラゴンだったな。破壊と殺戮が好きなのはドラゴンだからなのか?」

レオナは純粋な好奇心を寄せるが、ジェリーはどうでも良さそうに

「さあ、そうなんじゃねえの?けどな、俺様は他の竜よりずっと強いぜ」

「そうか。おれはお前以外のドラゴンを見たことが無いんだ……。そもそも、ドラゴンに出会うほど長く旅はしてなかった」

レオナの勇者歴は意外と短い。それを聞いたジェリーはくすくす笑いながら

「アンタならそこらのザコ竜は瞬殺出来るだろーよ。……いっそドラゴンの村を力で支配するのも良いかもな!」

「またそれかよ……」

うんざりしたレオナは不貞寝する。この男の思いつきには一生かかってもついていけそうにない。

翌日、無事太陽の光を拝めた二人は東の村を目指して歩く。

「お、あれだ」

レオナは目を凝らす。視線の先には、確かに集落がある。二人は最初の目的地に、無事たどりついたのだ。

「さてと……」

レオナはジェリーからもらったサングラスをかける。こうすれば怪しまれずに済むと思ったからだ。髪と同化したツノは……そういう髪型だと言い張ろう。

村の入口には例の石碑があった。石の大きさや字体は小屋の近くにあったものと全く同じである。

「本当に全国チェーンなんだな……」

感心するようにレオナはつぶやいた。この村にも、勇者はいるのだろうか。

村には門番がいた。門番はいかにも頑固でいかつそうな顔をしていたが、ジェリーが小さな紙を見せると顔色を変えて通してくれた。

「今のはなんだ?」

レオナがたずねると、ジェリーは小さな紙を見せた。

「名刺。ここだと俺らは芸能人ということになってる」

「芸能人?」

名刺には、『即麺戦隊:ヌーレンジャー』と書かれていた。

「?」

「小さな村はヒーローには甘い。もちろん、勇者にも」

ジェリーはケラケラと笑う。ヒーローの存在はレオナも一応知っている。一言で表すなら、ずば抜けた戦闘能力を持つアイドルのようなものだ。

ジェリーはそのヒーローになりすましたのだ。レオナは少し感心した。この男は悪知恵も働くのか。

ここはカロの村、というらしい。勇者の故郷よりシンプルな名前だった。

カロの村はトセキ太郎がいた村よりも人口が多い。が、建物や服装からはすこぶる質素な印象を受けた。村の雰囲気は平和そのもので、そこらじゅうが和やかな空気に満ちている。子供は笑ってレオナに手を振り、大人たちは軽く会釈する。またレオナが家畜小屋に興味を示すと、そこの主人は快く中を見せてくれた。そのうえ、ちょっとした餞別もくれたのである。

「いいところだな」

「アァ、こいつら全員恐怖の渦に叩き込めるなんて最高だぜ……!」

「んなことするわけねーだろ」

しかし、この村がレオナを受け入れてくれるかどうかは分からない。今は正体を隠しているから丁重に扱ってくれているが、ここに永住するとなれば話は別だ。レオナは村人たちに、自分が悪魔であることを説明しなければならない。

それにジェリーはどうするのだろう。あの男の性格的に、この村に住みたがるとは思えない。たとえレオナがどうしようとも、さっさと他の街やら村に行ってしまうだろう。

そもそもレオナはジェリーのことを何も知らない。どうして彼は旅をしているのか。竜でありながらゾンビになったジェリーの境遇は、なんとなく自分と似ているのではないか。レオナはうぬぼれた。ジェリーと離れるのは寂しくて、嫌だとすら思ってしまった。とはいえジェリーがレオナをどう思っているかは分からない。

「なあ、ジェリー」

お前と一緒に旅がしたい、なんて言ったら怒られるかな。レオナの気持ちは宙ぶらりんになっていた。受け入れてくれる村を探したい気持ちと、ジェリーと一緒にいたい気持ちが共にある。 

「あれ?」

レオナは目をパチクリさせる。ジェリーがいない。レオナがあれこれ考えている間にどこかへ消えてしまった。

「おー、わりいわりい。宿を取っていた」

と思ったらいた。

「って宿ぉ!?」

「そうそう、野宿は流石にキツイからな。布団二人分、用意してもらったぜ」

旅人は普通、専門の宿屋か人の少ない民家に泊まるのが慣例だ。とうぜん後者の場合は民家の主に交渉し、時には特殊な謝礼を渡す必要がある。

宿の交渉をするジェリーの姿など、シュール過ぎて想像出来ない。

「交渉?んな複雑なことやってねえよ、俺様がドアをたたいて自己紹介したら、にこや〜かに了承してくれたぜ?」

「謝礼は渡したのか?」

レオナは不安になった。こちとら路銀があまりないのだ。

「いーや、タダで泊まって良いってさ」

レオナは更に不安になった。絶対に何かある。

「なあジェリー、今から一緒に断りに行こうぜ」

「ハァ!?なんで貰ったモンわざわざ捨てなきゃいけねーんだよ」

「罠かもしれないだろっ。あとで法外な謝礼を要求されたり、睾丸を抜き取られたり……」

「アンタもしかして怪談好きか?大丈夫だって。俺様のこれを信じろよ」

ジェリーは即麺戦隊ヌーレンジャーの名刺を見せつける。

「これが俺達が安心安全悪魔ではない何よりの証拠だ。この地域は特に名刺信仰、そしてヒーロー信仰が厚い」

レオナは悔しそうに黙った。この村に入れたのはジェリーのおかげである以上、レオナは彼に従うしかなかった。

その民家には、風呂があった。

「ハーッ!一年ぶりの入浴だぜ!」

「………」

「なーに構えてんだよ勇者様!一緒に浸かろうぜ?」

「いや、おれはいい。風呂で油断させておいて睾丸を抜く算段かもしれない」

「どんな方向の心配してんだよ。オラっ」

「いきなり湯をかけられてもおれは怯まない。安心しろ」

「何を安心するんだよ」

その民家には、食事があった。

「ハーッ!二年ぶりの手料理だぜ!」

「………」

「もしや毒が入ってるかも〜とか思ってる?俺はゾンビだから平気だもんね」

「魚の骨で喉を痛めつける作戦かもしれない」

「地味すぎだろ!普通に毒入れろよ!」

「それに満腹になると気がゆるむ」

「珍しく真っ当なコメントじゃねえか」

その民家には、寝具があった。

「ハーッ!三年ぶりの羽毛だぜ!」

「………」

「アーン?まさか中にブービートラップが!?なんて言うんじゃねェだろうな」

「いや、敷布団に大量の馬糞が塗りたくられているかもしれねえ。気を付けろ!」

「アンタ実は人間不信か?」

「じゃあ枕」

「まるであって欲しいかのような言い方やめろ」

しかし寝具は何もおかしい所がなかった。とうぜん食事も、風呂も、至って普通の代物だった。

「豪華過ぎる」

布団の中にもぐりながらレオナは呟く。決して広くないが落ち着いた雰囲気の部屋。前方には、障子がある。

「……おれは村中を歩き回ったが、この辺で風呂があるのはここだけだ。食事もシーツも、おそらく高級な素材を使っている」

「至れり尽くせりってな」

「怪しいと思わないか、ジェリー。そもそもこの村はあまり裕福じゃない。あのふもとの村の人間の方がまだ良い生活をしていたぞ。なのにおれたち余所者には、こんなに尽くしてくる……」

「……」

ジェリーの声が止んだ。どうやら眠ってしまったようだ。

沈黙の夜。本当はレオナも今すぐ眠りたいのである。しかしこの村はどう見ても怪しい。仮に村自体が何もなくても、この民家には裏があるに違いない。

レオナは頭の中で計画を練る。ジェリーを守りながら村を脱出する経路を考える。仮に相手が数人ならなんとかなろう。しかし大人数なら厳しいかもしれない。が、それでも力尽くで逃げるしかないだろう。

ぬうっ、と音がした。はやい。レオナは瞬時に起き上がり、とっさに枕を盾にした。

音の正体は槍だった。長いリーチを持つ武器が空気を凪ぐ音だ。槍先は一秒のちに障子を突き破り、布団の中の来客に襲いかかる。

ぶすり、槍の穂が盾代わりの枕に突き刺さる。すぐさまレオナは手で槍の柄を叩き落とし、文字通りそれは割れた。完全に無力化したのだ。

レオナの目的は相手をひるませることだ。枕を前方に投げつけ、寝ているジェリーの首根っこをつかむ。あとは壁を壊すだけだ。いける。このままなら逃げられる。

しかし

「バァカ」

焼けるような鋭い痛みが下半身を貫く。レオナの身体はバランスを崩し、布団の上に倒れてしまう。足から流れた血が羽毛に染まる。

立ち上がろうとした時は、もう遅い。

いくつもの槍が、あわただしい音を立てながらレオナたちの眼前に迫った。

「………!」

レオナの脳裏に、走馬灯のようなものがうつる。そうだ。こういったシチュエーションは前にも経験した。昨日まで彼が住んでいた山のふもとの村。その村の住人にも攻撃された。が、今回はあの時のような安全地帯にはいなかった。

お互いに。

「ははは。引っかかった、引っかかった」

レオナは素早く振り返る。額から、だらりと大汗が流れた。

「さあ、どうする勇者様」

レオナはもう理解していた。おれはハメられたのだ、この男に。

声は、すこぶる楽しそうに

「アンタは俺を守る為に戦わなくちゃならない。そうしないとアンタはともかく俺が死ぬ。が、アンタが戦えば村の連中を傷つけることになる」

「…………」

究極の二択。

「なんでこんなことしたのかって?やだなあ、俺がどんな奴か忘れたのか?アハッ。あ、ちなみに連中は俺らへの殺意MAXだから昨日みたいにはいかねーぞ」

ジェリーは嬉しそうな顔をしたままレオナの背中に抱きついて、耳元でそっと囁いた。

「気に入ってくれたかい、俺様の悪魔教育」


続く!

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