第7話 堕ちた勇者と続・悪魔教育


むかしむかしあるところにヒーローがいました


ヒーローはとても仲がよく、いつも一緒にいました 


あるときヒーローはとてもつよいドラゴンを倒しました


ドラゴンはたくさんの財宝を持っていました


ヒーローはいつしか財宝を取り合うようになりました


村のひとびとはふたつのはばつにわかれ、それぞれヒーローにつきました


あらそいは、ヒーローがいなくなるまでつづきました


おしまい


(世界のまち・むらの童話)



「〜前回のあらすじ〜堕ちた勇者レオナはドラゴンであり竜である謎の男、ジェリーにハメられたとさ。めでたしめでたし〜」

「ハメた本人が言うんじゃねえ!」

「眼前に槍、敵は説得不可能!逃亡もおそらく不可能!さあどうする元勇者!」

「やかましい!」

ふざけたジェリーの態度にレオナはギシギシと歯を食いしばる。苛立ちがピークに達しているのだ。

窮地である。正直、ここでジェリーを見捨てれば脱出は可能かもしれない。しかしそれではジェリーの思うツボだろう。

「ここで俺様を見捨てたら、アンタ本当に悪魔になっちまうぜ」

そうなのだ。ピンチだからといって友達を見捨てるのはまさに悪魔の所業なのだ。たとえその友達が自分を罠にハメ、ナイフで足を切りつけようとも………。

「ワリい、痛かったか」

心を見透かしたような優しい声でジェリーはレオナの頭を撫でる。レオナは爆発するような衝動に駆られたが、頑張って我慢した。

「ヒーロー、おまえたちのせいで……」

障子の向こうから声がする。最初の攻撃を防がれたせいか、彼らはこれ以上こちらに踏み込んでこない。

「この隙に逃げられないか?」

「無理だな。アイツらはアンタの動きを耳で判断している。足音たてるとぶっ刺されるぞ」

なんて敏感で物騒な、とレオナは思うが自分も同じなので何も言わない。ここから逃げようとするとジェリーがまた邪魔をしてくるだろう。それだけは二度とゴメンだった。

「奴らを殺せ。それしか二人まとめて助かる方法はねェ」

「………」

向こうから念仏のような声が響いたと思いきや、五本ほどの槍が一斉に襲いかかる。これは防げない。

「うぐっ……」

ので受けた。レオナは仁王立ちでするどい攻撃を胴体で受け止める。その一瞬の間に、すべての槍の柄を捌く。レオナは片方の腕で柄を叩き折り、無効化させる。

敵の武器を壊して戦意を折る。これがレオナの戦い方だ。しかしこの方法も万能ではない。以前戦ったトセキ太郎と違い、槍はいくらでも予備がある。

柄の破壊と同時に、穂がヒュッと身体から抜ける。新鮮な血がボトボトと滴り落ちるが、レオナの集中は途絶えない。

同時に、カチャカチャと新しい槍に持ち変える音も聞こえる。またも沈黙。すぐに襲いかかってこないところを見るに、彼らはこのままレオナを出血死させる作戦なのかもしれない。

レオナは再び、槍を受ける姿勢を取る。

「バカだなー。そんなことしてると、アンタ死ぬぞ?」

「うるさい!」 

さっさと殺しちまえよとジェリーは言うが、レオナはかぶりを振って、噛みしめるようにこう言った。

「いま、殺すより酷いこと考えてるんだからよ……」

「へええ!」

ジェリーは嬉しさのあまり、悪魔になったその男の背中に密着する。あたたかい。彼が生きていることを確認しているのだ。楽しみなのだ。

するとレオナはまっすぐ眼前、つまり槍を持つ村人達に向かって

「聞いてくれ、もうこれ以上はやめるんだ!」

ジェリーの心が急激に凍る。彼はくろぐろとした声で

「おいアンタ、説得は無駄だって……」

「どうしておれたちを殺そうとする!せめて理由を教えてくれ!」

返事はない。代わりに暗闇の奥で、またあの念仏が聞こえてきた。攻撃の合図だろう。

「いいのか!?本当におれを殺しても……」

レオナは吠える。ジェリーは彼の背中からそっと離れた。失望したのだ。

「おれの懐には、馬糞が付いている!」

「えっ」

念仏が一瞬止んだ。

「おれの睾丸を突いてみろ!腰巾着に入れてある新鮮な馬糞が飛び出すぞ!」

「う、嘘だろ?」

そう言ったのは村人ではなく、ジェリーであった。

「嘘じゃない!実際おれは村の人から一定量の馬糞をもらってきた!」

ジェリーは昼間のことを思い返す。確かにレオナは家畜小屋に行っていた。

馬糞はその時の餞別、らしい。

「餞別じゃねーだろそれ!」

ジェリーのツッコミが飛び出すと同時に、また五本ほどの槍が襲いかかる。

しかし、槍は先ほどのような鋭さはなく、しかもバラバラだ。レオナは(馬糞の入った)腰巾着をつかみ取り、一番速い槍の穂に軽く刺す。

「ウッ!」

その感触に村の一人は吐きそうな声を出す。

馬糞一番槍。

しかし穂に刺さっているのが馬糞である保証は一切ない。そもそも今は夜中なので見て確かめることも出来ないのだ。が、馬糞を刺したかもしれないという未曾有の恐怖が男の手元を狂わせた。

「馬糞が刺さったぞ!」

他の槍を捌きながらレオナが啖呵を切る。槍は明らかに威力が落ちているので、今度は血を流すこともなかった。

カラン、と槍が落ちる音がする。落としたのは馬糞一番槍の男だろう。相手がもたついたおかげでレオナには時間の余裕が出来た。

「今から他の馬糞を、お前達に投げる!」

レオナは素早く別の腰巾着を手に持って、ぐにゅぐにゅと中身をほぐし始める。

すると、背後であとずさる音がした。村人ではない。ジェリーだ。レオナは前を向いたままジェリーを脅しにかける。

「この作戦も邪魔するつもりか?」

「いや、やらねえ。てか無理だ」

首を横に振る。危ない橋は渡りたくない。レオナはジェリーを絶対に守り抜くし、決して見捨てはしないだろう。が、馬糞の巻き添えにしないとは限らないのだ。

「フフッ………意外に潔癖症だな」

レオナは少し笑ってから馬糞(の入った腰巾着)を投げる。凄まじい音がした。馬糞が生み出す音。

「ひ、ひいいいっ!!」

暗闇の向こうは阿鼻叫喚。破傷風を恐れる声と、何本もの槍が落ちる音。殺しの念仏はすっかり聞こえなくなっていた。馬糞が彼らの戦意を挫いたのだ。

「その程度か!お前達たちにヒーロー殺しなんて百年早い!」

降参しろ、とレオナは大声を張る。

背後でジェリーが「あーあ」と言わんばかりにぺたんと座り込み

「結ぇっ局まえの村と同じかよ……」

ツマンネぇとため息をつくが、自分も馬糞にビビッた以上、村人を恨むわけにもいかない。

「風呂なんか入るもんじゃねーわ」

「く………くそう!」

突如暗闇の奥からすすり泣きが聞こえた。二人を殺そうとした村人の声だった。

その声色には、沈痛なものがこもっていた。レオナたちを殺せなかった悔しさもあるだろうが、何より馬糞や病原菌への恐怖に負けた己を責めているのかもしれない。もうすっかり、戦闘終了のムードだった。レオナははぁと一息つき、ジェリーに手を差し伸べる。

すると

「るせぇ……」

その声は、レオナの耳にだけ聞こえた。

「馬のクソなんて知るか!おまえたちのせいで、この村は何年も殺し合いをさせられたんだ!!」

大きな踏み込む音。一人の男が、ナイフを持って特攻してきたのだ。

間に合わない。ジェリーはまばたきを忘れるが、レオナはこちらを向いて手のひらをとっさに重ねて

「………!痛ぇ」

二重の肉の盾で刃を受け止める。またも赤い血が羽毛を汚す。

ナイフに貫かれたレオナはふらふらになりながら

「ガッツあるな、お前……」

と言ってその男に蹴りを入れる。不意を突かれた男は派手に吹っ飛び、後頭部を馬糞にぶつけた。ぐにゃり。

「お、助かったじゃーん」

ジェリーが口笛を吹く。運良く馬糞が丁度いいクッションになったのだ。

今度こそ戦闘は終わった。他の村人は完全に戦意を喪失し、さっきの男は足が折れたのか起き上がれない。ちなみにレオナは出血により倒れた。

「うわあ、血と糞がべっとり」

惨状の中で無傷のジェリーが苦笑する。汚れた寝具にボロボロの障子、壊れた槍。複数の怪我人。そしてひめやかな馬糞の匂い。

しかしレオナは誰も殺さずに済んだのだ、一応は。

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