第36話 堕ちた勇者と煉獄・上



その錬金術士はとても賢く美しく、誰もが目を見張る高嶺の花でした。また彼女は誰よりも、たくさんの金を生み出すことが出来ました。ある日、彼女の前に一人の男が現われて………


(賢者のむかしばなし・2)



その地下室は狭く、たったの5歩で階段にたどり着いた。レオナは気を落ち着かせるために、スゥと息を吸い込んだ。

カビ臭い場所だ。ジェリーもしくは老婆がわざわざここまで運んできたのが信じられないくらいだった。けど、どうして?家畜って何の為に?老婆たちは何がしたい?

どうして自分だけ?

「………っ!」

次々と湧き出た疑問をレオナは必死に振り払う。今はそんなことを考えている場合ではない。急いで階段を登ると小さな扉があった。レオナは無言のままそっと耳を傾けるが、扉の向こうはシンとしていて、何も聞こえない。

「よし」

ドアノブを握る。しかし開かない。鍵がかかっているのだ。レオナは舌打ちし、静かに苛立ちながら少し離れて

「叩き折るか」

「まァ待て」

さっきまで大人しくしていたジェリーがレオナの耳元で囁く。

「でかい音をタてんじゃない。あぶねえだろ」

「………それもそうだな。悪ぃ」

レオナは冷静になる。なんせここは未知数の場所であり、敵も老婆だけとは限らないのだ。迂闊な行動は危険だ。少なくともソロを見つけるまでは慎重になった方が良いだろう。

さて、鍵のかかった扉をどう開けるか。ジェリーは再び語りかける。

「ここは第二の煉獄。さあ突破出来るかな?勇者様」

煉獄とは、一言でいうと悔い改める場所のことである。しかし今のレオナに悔い改める時間はない。彼は振り向いて

「なあジェリー。鍵は」

「サーア、どこでしょう」

レオナはビックリしたように目を見開く。ジェリーのリアクションはなんなのだ。まさか彼は鍵を持っているとでもいうのだろうか。

「そもそも鍵がネェと俺様もここに入ってこれねーつっうの!」

ジェリーは激しいツッコミ(多分チョップかなんかだろう)をお見舞いするが、レオナは怒るどころか、しおらしく顔をうつむかせて

「………そうだな」

「オイオイ……なに暗い顔して……わっ!」

油断した。スキあり、とばかりに勢いよく片腕が伸びて獲物を捕らえる。抵抗する間もなく片手がジェリーの腰をガッシリ掴んで、決して離さない。それからレオナは空いた方の手で、ジェリーの細い身体をまさぐって

「ええと胸元と背中………はない。ポケット……は元から付いてないなこの服。ん、ここはどうだ?」

レオナは確認するように呟きながら長い白髪に手を入れる。カツンと爪が硬いものに当たったので、それをスルスルと器用に引き抜いた。

「やった……!」

それは小さな鍵だった。レオナはそれを急いで穴に差し込み、鍵を開ける。これでやっと地下から出られる。

「ケッ、不意打ちとはお元気なこって」

長い髪を整えながらジェリーが不満を言う。髪だけでなく着ているドレスの乱れも直さなければいけないのだ。面倒この上ない。

しかしレオナは少しも悪びれもせず

「非常時だから仕方ない」

「ホンッッット元金ヅルには甘いなァ」

ジェリーはレオナを軽く小突き、それからアハハハハとおかしそうに笑う。

レオナは無言でジェリーの手を握りながら、扉を開いた。

「まぶしっ……」

想像を超える光景に、思わず手のひらで目を覆う。

壁、床、天井の全てが金ピカで、小道のように長い部屋。壁際には金の小棚や箱が敷き詰められており、その上にはやはり金のアンティークや小物がたくさん置いてあった。何から何まで金の部屋。

通り道は狭いが、ギリギリ歩けないことはない。レオナは目を閉じたまま

「お前、ここを通ってきたのか?」

「そうだがナニか?」

「うわー……よくも平気でいられたな……」

見渡す限りの金。あまりの眩さにレオナは激しいくるめきに襲われるが、いつまでもじっとしてはいられない。

目を開いて、二人は少し長くて狭い道を歩く。それにしてもこの部屋は不気味だ。部屋から置き物まで全てが金で出来ているようだが、その輝きはまるで一律、つまり同じなのだ。アレもこれも同じピカピカで、少しばかり形が違うだけ。

「勇者様。分かっちゃいると思うが、これ、ホンモノじゃァないぜ」

「えっ」

分かってなかった。ジェリーはフフフと笑いながら

「本物はここまで眩しくねェんだよ。ガキの頃、クソ兄貴が拾った金の入れ歯で遊んでたから知ってるぜ」

「お前の兄貴なにやってんだ?」

雑談をしつつも、レオナは警戒しながら金の小道を歩く。いきなり敵が出て来ないとも限らないのだ。しかし結局敵は出てこなかった。この部屋にあるのは、最後まで金の調度品と長い道だった。

「………ハシゴだ!」

そのハシゴは金ではなく木で出来ていた。ここがゴールと見て間違いないだろう。レオナは手と足をかける。そしてハシゴを登った先は、衣装部屋のような場所だった。ジェリーが呆れ半分に

「金の次は服だぜ。ったく豪勢な家だよなァ」

「なんかホコリ臭くないか……?」

窓は全てカーテンに覆われており、電気もついてないせいでどうも暗い印象を受ける。しかし衣装部屋には様々な服が並べられており、地下牢に比べると華やかなのは間違いない。また金ピカ小道のように眩しくないので、目には優しかった。

「で、ジェリー。ソロがいるコレクションルームまであとどれぐらいだ?」

「さぁ?」

「……………………」

「ハハハ、そんな怖い顔するなよ……。安心しろ。ここを抜けてあと2部屋ってとこかな」

「信用して良いのか?」

「疑うなら好きにしろっ」

どちらにせよ、やることは変わらない。レオナはさっきより速いペースで衣装部屋の出口へ向かう。足音の大きさが増す。これでは駆け足と変らない。慎重さには欠けるが、敵の襲撃など知ったことかという気持ちだったのかもしれない。

「おい待てよっ」

手を引かれながらジェリーがヒイヒイと抗議する。単純に痛い。

衣装部屋のドアに鍵はついてなかった。扉を空けると蜘蛛の巣が頭に引っかかり、思わず足を止める。そこはロクに掃除していない汚い部屋だった。レオナは思わず口元を手で覆う。

「………ここは」

古いタンスに時計。衣装部屋より狭い物置きのような場所だった。だからこんなに汚いのか、とレオナは納得するが、それはそうとこんなところ長居はしたくない。ジェリーも同様なのか、ケホケホと咳をして

「サァ、先を急ごうぜ勇者様」

「そうだな……ん?」

が、レオナは見逃さない。灰色のホコリに覆われたこの部屋で、一つだけキラリと輝く唯一の宝物があることを。

それは間違いない、見慣れたフォルム。

「ソロ!」

「あ〜、しまった」

レオナは古い箪笥の上に置かれた美しいつぼを手に取った。間違いない。間違いない。間違いない。ここに置かれて日が浅いのか、それほど汚れていない。

「ソロ………!」

レオナはそのつぼを優しく抱きしめて名前を呼ぶ。今にも嬉し泣きしそうな状態だった。

「あー、クッソ。バレちまったか」

「………お前、あと『2部屋』って言ってたよな?」

「あァそうだよ?」

嘘をついたジェリーは全く悪びれない。

「ついでに教えてやるがコレクションルームは衣装部屋から3部屋だ。あーあ、せっかく勇者様を困らせようと思ったのにー」

ジェリーは残念そうにした。確かにこのまま気付かず進めば大幅なタイムロスだったろう。レオナは想像してゾッとする。レオナはジェリーに騙されたのだ。

「でも予定より早く見つかって良かったじゃん」

「良、く、な、い!」

この怒りをどうぶつけてやろうかと思ったが、何をしてもジェリーは喜びそうなので止めた。本当に情けない。彼とはこんなに長く過ごしているのに、嫌がらせる方法すら知らないなんて。

「格子破壊といい、さっきのといい、アンタは予想外のことばっかしてくれるぜ」

「おれとソロを引き離すからだ」

「そこは素直に反省点」

ジェリーはテヘヘと舌を出す。レオナはソロを失うと心の余裕がなくなるが、野生の勘的なものが冴える。ジェリーはそう認識した。

「じゃあもし……」

「よしジェリー!こんなところ、さっさと出るぞ!」

「いやっ待て待て、持ち物ぜんぶ取られてんだぞ。それを回収してからだ」

「あっ、そうか」

レオナは周囲を見渡す。この部屋に自分たちの持ち物はなさそうだった。ホコリをかぶっているか否か、しか判断基準がないが。

「……次の部屋へ行くか」

堪忍したように次の扉を開く。未だ眠り続けるソロを、ジェリーの腕に預けて。

進んだ先は書斎だった。大きな本棚にたくさんの書籍がズラリと並んでいる。

「懐かしいな……」

レオナは呪い学校で学んだ日々を思い出す。学校の図書室は憩いの場であり好奇心を満たす泉だった。

「オーイ、思い出に浸ってる場合じゃねェぞ」

「わ、分かってるって……!」

周囲を見回したがここに旅の持ち物は無さそうだった。となると次、老婆のコレクションルームに全てが揃っているのかもしれない。

レオナはスゥと息を吸って(たぶん)最後の扉を開ける。

「行くぞジェリー!」

「ああ!俺たちの煉獄は始まったばかりだ!」

ジェリーは勢いよく宣言する。本当は、まだ始まってすらいないけれど。

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