死は救済らしい

黒蟻

大脱走!:第1章

1「お祭り」:第1章

 本日は快晴。雲一つもなく。

 鳴る音はすべて、空の青に染み込んでいく。

 どこからか灰色の煙が上がるも、この力強い青がくすむことはなく。

 音も灰色も、時折舞い散る赤い飛沫も、空と混ざって青に消えていく。


 ここはセントラルステーション。

 街の中心にある鉄道駅。

 公共交通機関の中では、他の街へと繋がる為の唯一の手段となる。


 古臭くも厳かな、蒸気機関車を模した鉄道が駅へと到着する。

 その鉄道の3両目から、一人の少年が跳ねるようにホームに降り立った。


 両足でホームに着地する姿は、彼にとっては月面着陸。

 これは人類にとっては小さな一歩だが、少年にとっては大きな飛躍となるのだ。


「今日も今日とて!!

 ────死ぬにはいい日だ!」


 少年は気持ちよく伸びをする。

 それから、そこらで鳴る音と一緒になって、空の青と自分の声を混ぜてみた。

 声は広い青空へと手を伸ばし、いずれ、どこへともなく霧散する。

 きっとあの灰色の煙と混ざり合って、その音はいずれ雲になり、ざあざあと雨を降らすことだろう。


 ぱらぱらと小雨のように鳴り響く、銃声と共に降るのだろう。

 たった一人の大きな歓声は、青と硝煙に混ざり、消えていった。



「きーたぞっ!きたぞっ!ニュータウン!

 新天地!新たな出会い!


 ……そして!別れ!!


 楽しみだなあ!何が起こるかなあ!

 ────何を起こしてやろうかなっ!!」


 鼻歌交じり、まるでミュージカルのようにくるくると踊る。

 回転しながら、ホームを取り囲むガラス張りの壁へと向かって行く。


 ドーム状に、天井まで伸びたガラス壁。

 そこからは周りの景色が良く見える。

 青空に飲み込まれそうな程だ。



 少し時代を感じるジーンズ。

 灰色のインナー。

 その上には眩しいほどに真っ白なシャツ。

 その他に少年は何も持っていない。


 新天地に訪れ、荷物一つない。


 しかしその身軽を楽しむように。

 自由を全身で感じるように。

 少年は両手を広げ、一つ一つの動作を大袈裟に舞う。


 快晴を彩る日差しを全身に取り込む。

 降り注ぐ空の青に、白はよく映えていた。


「おおー……!

 さっそくだね!賑やかでいいね!」


 額に手を置き、敬礼のように望遠のポーズ。

 大袈裟に眉を寄せ、少し痛いくらいの陽の光に目を慣らす。


 駅から見下ろした先にある公園では、まるで少年を歓迎するかのように『お祭り騒ぎ』が行われていた。


 少年はうずうずと我慢できない様子。

 ぎゅっと目を瞑った彼は、両手を強く握って顔の近くで震わせた。


「くぅ~!!!早く街に繰り出そう!!!」


 その満面の笑みに似合う、無邪気な動作でクルリと転身。

 手摺りに指先を滑らせながら、近くの階段を駆け下りる。



「初めまして!!

 僕だよ!!!

 よろしく『ニュータウン』!!

 今日から僕もこの街でがんばるぞ!!!

 オーッ!!!!」


 セントラルステーションを出たら、すぐ目の前には大階段。

 セントラルパークへ降りる、その大階段の一番上から『世界』を一望する。


 少年は大きく声を張り上げて、両腕を高く掲げた。



 見下ろした景色は、『公園パーク』とは名ばかりの何もない広場だった。


 かろうじてベンチと、駐車スペースがいくらかある程度。

 遊具などは一つもなく、噴水などの飾りも少ない。

 街路樹と街灯だけ、思い出したかのようにぽつぽつと配置されていた。



 何もない公園で張り上げた、少年の大きな『宣誓』。


 ────それは、広場を埋め尽くす銃声に掻き消えた。



「ヒャッハーアアアアアアアアアア!!!!!!!」


「フォオオオオオオオオオオオ!!!!」


「ブルァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 思い思いの歓声を上げながら、漏れなく全員猟奇的な表情。

 暴力に酔いしれながら笑顔を浮かべる、20名弱の集団。

 少年から見て左側を陣取るその集団は、見るからに『ザ・無法者』といった風体だった。


 雄鶏のトサカよりも立派なモヒカン男が、先頭の目立つ位置で『ヒャッハー』を先導している。

 その男を筆頭に様々な形のモヒカンが多いが、『スキンヘッド』『トゲみたいなのが沢山生えた、ウニっぽい頭』等、全員が特徴的な髪型をしている。


 彼らの手には様々な銃器。

 ハンドガンも多いが、中にはアサルトライフルで弾をバラまくモヒカンも何人かいる。



 駅のホームに降り立った時から聞こえていた、ぱらぱらといった銃声。

 それが、外に出てみれば『ジャン!ジャン!ジャン!』と、シンバルを叩き割ったような爆音として耳に届く。



 絶えず鳴る銃声。

 硝煙は灰色の雲のように空に巻き上がる。

 時折赤い花弁が舞い散る。


 馬鹿みたいに撃ち尽くしている割に、倒れている人間は少ない。


 しかしその中に二つか三つ、人混みに紛れて真っ赤な箱が鎮座していた。


「うわっ。箱になっちゃってる……!

 初めて見たよ……!

 うわー……!思ったより生々しいかも!」


 グロテスクなものでも見たかのように、少年は引き攣った笑顔を作る。

 それでもどこか楽しそうで、悪感情よりも興味の方が強いようだった。


 1メートル四方程度の箱は、人波に埋もれてはあまり目立たない。

 けれどもその真っ赤な箱は、どこか不気味な存在感を発していた。


 遠目で、人混みに埋もれてしまっては、ハッキリとその全貌はわからない。

 しかしなんとなくその箱は、模様のような、淡く煙をまとっているような…………。


 とにかく何かが蠢いているように感じた。

 


 無法者達に相対するは、背中に『NTPD(ニュータウンポリスデパートメント)』と印字された防弾ジャケットを着こむ集団。


 要は警察だ。



『おらー。

 ここで暴れるなって、おまわりさんいつも言ってるでしょー』


 拡声器メガホンを通した、深刻さのかけらもない声が響く。


 大階段の中腹あたりにある踊り場。

 そこに『いち抜けた』くらい気の抜けた声で、一人だけ他人事な態度の警官がいた。


 彼の同僚はパトカーの扉やら防弾盾バリスティックシールドで身を固めながら、必死に無法者達と対峙している。

 だというのに、彼は腰に手を当て、身を隠すでもなく能天気な様でそこにいた。


 なんなら防弾チョッキも着ていない。

 保安官のようなキャンペーンハットを被っているのが特徴的だった。



「でもさー!おまわりさーん!

 ここいらにウチのモン騙くらかしてよぉー!

 ただの水を百万で売り付けてきたっていう、舐めた奴がいたってよおー!」


 無法者の中でも一際立派なモヒカンを携えた男。

 彼は大階段の下まで近づき、無気力警官へ大声ですがる。


 警官はサングラス越しからもわかりやすいほどに眉を寄せながら、メガホンを下に向けた。


『お前そんなことでこんな暴れたらなー?

 ……いや!水百万はやべえな!

 売った奴も舐めてっけどそれをまんまと買った方も尋常ならざるアホだろおい!?

 いや……!

 それでも『“センパ”で銃撃つハジくな』は暗黙の了解だろーよ!

 街のお偉いさん方だって、余程のことがなきゃここでイキナリおっぱじめたりしねえぞ!』


「でもよお!?

 おっぱじまっちゃったもんはっ!

 もうしゃあないじゃんよお!!

 詐欺野郎見つけて思わずブッ放したらっ!

 まさか後ろにポリ公居るとは思わんじゃんよお!」


『だから”思わず”ブッ放すんじゃねえっつってんの!

 ポリ公が居る居ないじゃないの!

 そもそもお前ら無免許銃器所持の時点でアウトなの!

 切符確定なの!


 舐めた奴を弾きてえなら!


 もっと!


 コッソリ!


 上手いことやりなさい!!!』


 母親が子供を叱ってるような口調で、警察官とは思えない不適切な発言を繰り出す拡声器メガホン


 他の警察相手には積極的に銃を撃っていたモヒカンは、なぜだかこの警官には態度が軟化している。

 どうやら彼の中で、この警官は『ポリ公』の内には入っていないようだ。


「えー!!

 ……そっかぁ……。

 わかった……!

 次から気を付けるね……!」


『お……おお!

 なんか思ったより素直だなおい!』


 薄汚れたタンクトップに、なんの意味があるのかわからないトゲトゲ防具を付けた肩。

 そのトゲトゲをしょんぼりと下に傾けて、モヒカンは振り返る。


 どうやら彼は無法者集団のリーダー格であるようだった。

 振り返って仲間たちに号令をかけようと、手を掲げて大声をあげた。


「おおーい!お前ら!

 いったん中止!!

 ここでやるのダメだって!!


 ……おおい!聞こえてる!?


 注目!!


 コッチにちゅうもおおおおおおぶぐふぉッッ!!!?」


 モヒカン男が吹っ飛ぶ。


 銃声で掻き消える声を届かせる為に、周りの注目を集めようと大きく手を振った。

 その次の瞬間、コメカミに見事なヘッドショットを受けていた。


 それは彼の仲間たちが、ようやくモヒカン男の声に気が付いた、その直後の出来事だった。


 声の内容までは聞こえていなかった無法者モヒカン達。

 彼らは、突如として敵の凶弾に倒れた仲間モヒカンの姿を目撃すると、当然、激高した。


「よくもチョッピィをおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」


「クソがあああああああああ!!!

 それがァ!ゥお前らァ!!

 警察のォ!!

 ゥやり方かあああああああ!!!!!?」


「おおおおおおう!!!!

 チョッピィイイイイイイイイイイ!!!!!

 仇をうってやるううううううう!!!!」


 慟哭の合唱。


 無法者モヒカン達は湧き上がる涙も鼻水も流れていくままに、その激情を銃弾に込めて乱射する。



「あーあーあー……。

 こりゃもう収集つかねえな……」


 踊り場に立つ警官は、メガホンを持った手で頭を掻いた。


 これ以上自分が声をかけたとて何になる。

 そんな諦念が滲み出る仕草だった。



「やべえ!コンマが出たぞおおお!!!

 ありゃ腐ってもサイキックだ!!!

 グレ投げろグレを!!!」


手榴弾パインなんて持ってきてねえよ!!!!

 おめえ『コンマなんてシャバ憎ワンパンよ』だとかのたまってただろうが!!

 いけよ!

 おらいけよ!!

 ワンパンチで来いよ!!!!」


「お、お、おいごらあああああ!!!

 やったらああああああ!!!」


 警察側からのそりのそりと前進してくる、身長二メートル超はある大柄な警官。


 彼は防弾チョッキも防弾盾も持たずに歩く。

 申し訳程度の防御として、腕を顔の前でクロスさせている。

 そして彼は、銃弾の暴風の中をゆっくりと前進していった。


 当然、無法者達は銃弾をその大男に集中させた。

 しかし「ガギギギギギギ!!」と金属音を響かせるばかりで、大男が歩みを止める様子はない。



「がんばれー。コンマ―」


 踊り場の警官はやる気なく声援をおくる。

 そして自身は関わりたくないとばかりに、その場で座ってしまった。



 ちなみに売り言葉に買い言葉で飛び出していった、無法者A(仮名)。

 彼は大男コンマ前にたどり着くこともなく、誰が撃ったかもわからない銃弾を受け、倒れた。



 少年は広場で繰り広げられている惨状を眺めると、その笑みを一層深める。

 嬉しそうに、嬉しそうに、手を広げ、踊るように階段を降りる。


 警官が座り込む踊り場まで降りてくると、さあ声を掛けようと手を前に翳す。


「あの。お尋ねしてもいいですか?」


「ねえねえおまわりさん!ちょっ……ん?

 なあに?どうしたの?」


 少年の声を、少女の問いかけが覆う。

 少年が振り返って見てみれば、そこには16,7歳くらいの可愛らしい少女が居た。


 少し土汚れが付いているが、わざとらしく見えない程度にフリルをあしらった白のワンピースが良く似合う。

 腰には細めのベルトが付いていて、全体のシルエットを整えている。


 少女は焦点の定まっていない視線を向ける。

 それでも何処か力強さを感じる眼差しを、少年はジッと覗き込む。


「兄を、探しています。

 兄を、ご存知ではありませんか?」


 視線は誰にも合わないままに、肩掛けの小さなポーチから一枚の写真を取り出す少女。


「んんん……?

 んー……僕もこの街に来たばかりだからなあ。

 ……ごめんね?」


 写真に映る人物に、来たばかりの彼はもちろん心当たりがない。

 少年が申し訳なさそうに頭を掻いていると、警官がそのやり取りを見て立ち上がる。


「あー……。

 最近ここらで見るようになった『灰色』だな、この子は……。

 坊主、気にしなくてもいいぞ。 

 まあ、言っちゃあなんだが、どうせ何も進展しようがない」


「『灰色』……ああ、そうか。

 この子、心が壊れちゃったんだね。

 灰色になった人と直接話すのは、初めてだ」


 警官は突き放すような物言いの中に、痛ましい感傷を隠しきれていない。

 暗に「これ以上関わっても仕方がない」と忠告を受けたようなものだったが、少年は続けて少女に話しかけた。


「僕の名前は『一ツ木 エイジ』。

 よければ、君の名前を聞いてもいいかな?」


「名前……。

 ……私の、名前は『御巫ミカナギ シーカ』。

 詩に、歌で、詩歌しいか。」


「シーカ……綺麗な響き!

 いい名前だね!似合ってる!」


 少年はとても嬉しそうに笑う。

 少女は視線を合わせることなく、ただじっと少年の顔を覗いている。



「ヒトマルサンマル!第三師団治安課小隊、現着!

 報告通り、セントラルパーク内にて暴徒による暴動を確認!

 現場は既に戦闘状態であり、緊急性が高いと断定!

 応援部隊を待たず、直ちに作戦行動に移る!」


「復唱!

 応援を待たず!

 暴徒鎮圧作戦、開始準備!ヨシ!」


 ラッパの音が公園へ届く。

 全員で違う種類の旧式軍服を身に纏い、街中では目立ちすぎる迷彩を帯びた装甲車から、十数名の集団が降りてきた。



「おいおいおいおい面倒くさいのがおいでなすった!!!」


「武器を所持している者は暴徒と認定する!

 警告なしでの射殺を許可する!

 武器を所持していない者は、ゲリラ容疑及び潜在暴徒として、これを制圧するものとする!」


「了解!速やかに暴徒鎮圧に向かいます!」


 踊り場の警官が焦りだす。

 軍人たちは綺麗な隊列を組みながら物騒な指示を復唱していた。


『お前ら一旦中止!!!

 “アーミーズ”が出張ってきやがったぞ!!!

 警察は応援呼べ!!!

 “チョッパーズ”は散れ散れ!!

 お前らの事ァ後でいい!!!

 死にたくなければ全員散れ!!!!』


 キンキンと裂けた音でメガホンを鳴らすと、警官はエイジに向き直る。


「お前も早く逃げな!!!

 灰色の子は……ほっといていいから!

 流石にあいつらもそこらへんは弁えてるから!!

 でも見境はねえぞ!!!

 街に来たばっかでホント悪いがとにかくここから離れろ!!!」


 エイジはその言葉を受けて、それでも呑気にしているのか、シーカから目を逸らさない。

 その眼差しは暗がりを覗き込むかのような、何か目を凝らして観察するような瞳。


 やがてにっこりと笑みを浮かべると、いきなりシーカの手を取った。


「うん!

 やっぱり、新しい物語の始まりと言えば『ボーイミーツガール』だよね!」


 ぐん!と思い切り少女の手を引き、少年は戦場へ駆け出した。


「おい坊主!あぶねえぞ!

 もっと裏とか回っていけよ!!

 それと死ぬなら一人でいけ!!!」


「だいじょーぶ!!!

 責任もって守るよー!!!」


 警官の言うことなんてどこ吹く風。

 軍服集団の到着を受け、銃弾は一時的に止んでいる。

 まるで台風の目を狙ってジョギングにでも行くように、エイジは広場のど真ん中、戦闘区域の丁度境目を切り取るように進む。


「制圧開始!!!」


 軍服集団の銃撃が始まる。


 少年が駆け抜けるその後ろでは、方々に逃げようと走り出した無法者達が、赤い花を咲かせて次々に倒れていく。


「おおおお!!やっばい!!!

 流石“ニュータウン”!!!

 はじまる!!!

 はじまっちゃうよストーリーが!!!

 銃激戦怖えええええ!!!!

 生きてる!!!

 生きてるって素晴らしい!!!!」


 シーカを抱え込んで、その身で守るようにしながら、自身も空いた手で頭を守るように押さえている。

 彼の走り抜けた道には、赤い花の絨毯が敷かれていく。



「おーおーおー。

 やっぱこんな街に来るだけあって、アイツもどっかぶっ壊れてるのか?

 ……まあ、見かけたら気にかけてやるかあ。


 ……っとそんな場合じゃねえや俺も逃げよっ」


 警官は大階段の踊り場からくるりと転身。

 階下で広がる地獄絵図など我関せずと、そのまま階段を上に登っていった。

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