3-2:第1章

「まず私のことは……そうですね。

 『田代』とお呼びください。」


 そういうと眼鏡男『田代』は、丁寧に胸に手を乗せて三十度のお辞儀をした。

 首を戻す際に軽く一周、集まった人間へ視線を向ける。


 顔触れを確認したようだが、一点、棚の方に目を向けた一瞬だけ、少しの間があった。

 しかし何事もなかったかのようにして、再度部屋全体を見据えるように正面を向きなおす。


「これより、順次『お仕事』の説明を行っていきます。

 内容にご納得いただけないようでしたら、説明途中でもご退出いただいて構いません。


 もちろん聞かれて困るようなことは話しませんので、最後まで聞いてから決めてくださっても構いません。

 しかしまあ、お互い時間の無駄を避けるためにも、出来ればなるべくお早めにご退出願います。


 ではまず、報酬の話から。

 前金で100万。そして成功報酬で400万。

 合計500万が、今回の報酬となります。

 

 今回グループでの参加者が殆どのようですが、これらの報酬は『一人頭』の金額となります。

 例えば二人組ならばそれそれ一人ずつ500万、合計1,000万をお支払い致します」


 どこからか息を飲むような音。


 この街は物価と同じく、『仕事』の相場も高いことが多い。

 それであっても、聞かされていた仕事内容で、この報酬金額は破格だった。


 部屋中の息遣いが変わる。


 今までのお互いに対する緊張感とは別の、『仕事』に対する警戒が、部屋を奇妙な静寂に染めた。

 その静けさは、身じろいだ衣擦れの音すらも耳障りに思わせる。


「皆様に依頼をする仕事内容は『指定された場所』へ『指定された時間』に『指定された物品』を届けるというものです。


 報酬金額で皆様お察し戴けることと存じますが、今回の依頼に対し、不特定多数の妨害を受ける可能性が高いです。

 報酬金額はこの危険手当も含まれると考えて戴いて結構です。


 ……一旦、この時点で『自分には適性がない』と判断された方はご退出願います」


 手元の武器を握り直したような音。

 しかしエイジを含め、誰一人として視線すら動かさない。


「……結構。

 では次に、今回のお仕事で気を付けて戴く『条件』についてお話いたします────」



***



「────ではカウンター席の男性グループから。

 代表者の方、こちらまでお越しください」


 田代は説明を終えるとカウンター席の内側に入る。


 左後ろに控えていた野獣のような大男が、田代の目の前に手に持っていたジュラルミンケースを置く。

 田代がそのケースに触れると『ピピッ』と電子音が鳴った。


 カチャリといくつか音を鳴らしてケースをいじると、フシュ―と空気の抜けるような音。

 するとケースはひとりでに開き始める。


 三段にスライドするようにケースが開く。

 その二段目から手で握れる大きさの長方形の黒いケースを、三段目から札束を、一つずつ取り出して横に置いた。

 札束には説明通り、帯封に挟むようにしてメモが付いていた。


 既にカウンター席の端からタトゥー男が近くまで寄ってきていた。


「“シビリアン”の方々ですね?

 こちら前金と、運んでいただく“アイテム”になります」


 タトゥー男は何も言わない。

 ただ不敵に笑みを浮かべると、手元を見ないままで置いてあるものを左手で纏めて受け取っていく。


 挑発的な視線は田代を軽く見た後に、その隣に立つ野獣男へと注がれる。

 その後もタトゥー男は野獣男から目を逸らすことはなく、“アイテム”を受け取るとそのまま一歩だけ下がる。

 するとようやく視線を切って、仲間の元へと戻っていった。


「それでは次に“マオミィ”様、代表者一名お願いいたします」


 田代はその様子を少しも気に留めた様子もなく次の代表者を呼び出した。

 今度は中華風の二人組から、女の方が“ピョン”とソファから軽く飛び上がるように立ち上がる。



***



 順々に田代に呼び出され、特にトラブルもなく“アイテム”が行き渡っていく。

 既に受け取ったグループの内、何組かは外に出ていた。


 依頼を受け、内容も把握したのでここに残る必要はないということだろう。


 残っているグループも居た。

 しかしここに残った理由も特にない様子で、小さく雑談に興じている。


 雑談をしつつも、時折隙のない視線を送っている。

 要は、ここに集まった人間の『様子見』といった意味はあるのかもしれない。


「次に……そちらの“新顔”の……では、レザージャケットを着た女性の方、お願いいたします」


 田代の言葉に少し間を置いて、呼ばれた女性は動き出す。


「……おや?」


 田代は困惑した声を漏らす。

 

 その声を聞いた瞬間、動き始めた女性は足を前に出したままの姿勢で止まる。

 部屋に残った他グループも、小さな雑談をピタリと止めて注目を向けた。


「申し訳ありません。“アイテム”の数が足りなくなってしまいました。

 報酬は問題なくお渡しできるのですが、用意していた物品が残り一つです」


 わざとらしく声を張ったのは、残った者全員に事情が伝えるためだろうか。

 見せつけるようにケースから黒いケースを取り出して掲げている。


「大変申し訳ございません。

 こちらの不手際で恐縮なのですが、今回はそちらの……白シャツの男性か貴女、どちらか一方にしかご依頼することが出来ません」


 一目でシーカが“灰色”だと見たのか、残った中でレザージャケットの女とエイジしか数に入れていない。

 レザージャケットの女は何も言わずにそのままの姿勢で田代を睨んでいる。


「もしくは……どうでしょう?

 “新顔”同士、ご一緒に依頼を受けて戴くというのは。

 ワタクシといたしましては“アイテム”さえ全て行き渡れば、報酬を払う人数が一人になろうとも三人になろうとも構いません。

 こちらの確認不足ということで、そちらのご都合で決めてくださって結構です」


 “灰色”であっても報酬は払うと暗に告げる田代。

 あるいは『報酬を多めに受け取るつもりで、頭数を増やす為に連れてきた』とも考えたのかもしれないが、それでも構わないということだろう。


 寛容さを見せたつもりのようだが、暗に『どうでもいい』というような、無礼な内心が透けて見える口ぶりだった。


 明らかに何らかの犯罪組織に属していると思われる田代たちの雰囲気。

 それを思えば、このような『日雇い仕事』に精を出す人間など、基本的に下に見ることが当然なのだろう。


 この数十分ほどの時間で、彼の慇懃無礼そのものな内心は透けて見えてきていた。


「とにかく。

 こちらの“アイテム”は貴女にお渡ししておきます。

 申し訳ありませんが我々は次の予定に向かわなければなりませんので、後はそちらで協議してください」


 既に田代からは表面を取り繕う気すら感じられない。

 口調は丁寧にまとめているが、明らかに投げやりな対応である。


 “新顔”にははじめから期待もしていないということか、そもそもここに集まった人間などハナから雑に扱うものだという認識だったのか。


 いずれにせよ、田代は言うだけ言うとくるりと振り返り、連れ立っていた二人と共にカーテンの奥へと帰っていった。


 前金の札束は言っていた通り、カウンターの上で無防備に三つ並べられていた。


「……マジかよ……」


 レザージャケットの女は金とエイジを何度か見比べると、溜息のようにボヤく。

 今も立ち止まった時と変わらず、右足が少し前に出たままの姿勢だった。


 

 

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