3-3:第1章

「あれまあ……放っておかれちゃった!」


 エイジは大して気にした様子もなく呟く。

 シーカを椅子に座らせたまま、両手を後ろで組んでレザージャケットの女に近寄っていく。


「おねーさん。んー……とりあえずお名前、聞いてもいい?

 あっ、僕は『一ツ木エイジ』!

 よろしくね!」


「……ニノマエだ」


 無警戒に近付いて来た少年を少しの間無言で見つめると、ニノマエは諦めたようにそう返した。


「ニノマエさん!よろしく!

 えーっと……どうする?

 ちなみに僕は一緒にお仕事でも全然いいよ!

 あの子とも一緒になっちゃうかもだけど、それでもよければ!

 あっ!あの子の名前はシーカね!

 『御巫みかなぎ詩歌しいかさん!」


 ニノマエは能天気に語り掛ける少年と、少年が紹介してきた少女を、少し疲れた表情で眺める。


「私は……問題なく報酬が受け取れるのなら、それでいい。

 変にトラブルになって仕事を受けられないよりは、まあマシだろう。

 その代わりにというか、何かあっても助けは期待しないでくれ」


 ニノマエは自分に言い聞かせるようにそう答えた。


 ちなみにその時には既に、部屋から殆ど人の姿は消えていた。

 『変に残って“新顔”のお守りに巻き込まれたくない』といったところか。


「わかった!ありがとう!

 よろしくね!おねーさん!」


 エイジはニノマエに握手を求める。

 名前を聞いたにも関わらず『おねーさん』呼びを変えようとしない少年に、更に疲れた様子でニノマエは握手を受け取った。



「やあやあ!君たち!

 なんかめんどいことになったなあ!」


 少し訛りが残ったような喋り方で、この部屋に唯一残っていた赤いパーカーの男がエイジ達に話しかけてきた。

 その男のパートナーらしきパンクな少女は、何故かテーブルの上で膝を抱えて座って天井を眺めている。


「こら!メメちゃん!

 テーブルに座ったらダメよ!


 ……いやスマンスマン!

 オレは志邑Di……ちゃうわ!

 今は『ジョージ・マイケル』って名前やったわ!

 と、言うわけで!

 ボク、マイケルです!よろしくね!

 オレっちこの街長いから、わからないことがあったら何でも聞いてくれよな!」


 なかなかのハイテンションで畳みかけてくる自称ジョージ・マイケルに、完全に圧倒されたように体を引くニノマエ。


 “メメちゃん”と呼ばれたパンク少女は、猫を愛でるような声色の小言に従い、テーブルから降りた。

 すると今度は自称マイケルの後ろにピタリとくっついて、彼の服の端を掴んでいる。


 ちなみに『ジョージ・マイケル』という特徴的な名前は、ベントボールの有名選手と同姓同名である。

 つまりは明らかに偽名な上、それを隠す気が微塵も感じられない。


「マイコーよろしくねぇ!

 僕は『一ツ木エイジ』!

 そんでこっちは『御巫みかなぎ詩歌シーカ

 僕ってばこの街に今日来たばっかりだから、いろいろ聞けるのは助かるよぉー!」


「エイジにシーカか!

 おうよ!いつでも頼ってくれな!

 コレ、オレのアドレスな!

 いつでもメッセージも通話でもOKよ!」


「わお!ありがとう!」


 自称マイケルはエイジに板状の端末を掲げる。

 エイジが左腕を差し出すと、そこに端末をかざす。

 エイジの端末は左手首に内蔵してあるようだ。


 自称マイケルは、そのまま流れるようにニノマエにもぷらぷらと端末を見せつけた。

 ニノマエは流されるように、急いでジャケットの内ポケットから板状端末を取り出す。


 素直にそれを差し出すと、しかし自称マイケルにヒョイと自身の端末を引っ込める。


 『おちょくられたのか』と恨めし気に、ニノマエは自称マイケルをジトっと睨む。


「オイオイィ~?

 まずは自己紹介から……!

 そこから友情は始まるんじゃない……のかい?」


 何故か決め顔(お面で表情は一切見えないが、不思議とそう確信できる)で、吐息を多く含ませた声を作ってニノマエに語りかける。


 セリフの後、意味不明に舌を『カコッ……!』と鳴らしてみたりしていた。


 ────自分は偽名丸出しな癖によくもまあヌケヌケと……!

 ニノマエはそんな苛立ちを自覚しつつも、『ここでキレたら負けた気がする』といった謎の反抗心を自覚する。


「……ニノマエだ」


 それでも“不承不承”であるアピールは欠かさなかった。


「ニノマエ~?

 何ちゃんかなあ~???」


 ニノマエは自分がどうしてコイツの煽りに堪えているのか、もうわからなくなってきていた。

 しかしここまで堪えてきたのに……今更怒り出すのも、それはそれで敗北を認めたことになる気がした。


「ニノマエ……bぁじぅr……」


「え……?ごめんごめんもう一回!

 もうちょっと大きな声で教えて!」


「ニノマエ…bぁ……もういいだろ!!!

 ニノマエで!!!

 名前なんて、呼んで欲しい分だけ知っててくれりゃ十分だろ!!!」


 でも結局我慢できなかった。


 彼女はきっと、今悔しさを感じていることは否定しない。

 だがそれよりも、『そもそもなんのために我慢していたのか?』という徒労感に打ちのめされていた。


「……ッ!!!

 その通りだ……ッ!!!

 名前なんて別に愛着と愛情と親愛を籠められればなんだっていいよな!

 あだ名だってソウルネームだって洗礼名だってペンネームだってハンドルネームだって!

 なんだったら蔑称だったっていいさ!!!

 そこに愛さえあれば!

 いいんだよ!!

 ビッグ!!!ラブ!!!!

 圧倒的ィッ正論だッ!!!」


 自称マイケルはいたく感動した様子で、両手を広げて天井を見上げた。


 大袈裟だが、嘘はなく。

 きっと馬鹿なんだろう。

 ニノマエはそう感じた。

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