3「お仕事」:第1章

 カツカツカツカツ……。


 自分の靴がこんなに音を鳴らすものだとは。

 そんなことに今日初めて気が付いた。


 エイジは小気味よく鳴らすその靴音を楽しみながら、薄暗いビルの廊下をシーカと手を繋いだまま歩いていた。


「『お仕事』紹介して貰えてよかったね!

 物を運ぶだけなら、僕にも出来そうだし!!

 結局シーカもここまで連れてきちゃったけど、大丈夫?

 帰りたくなったらいつでもいうんだよ?

 このお仕事は僕が紹介して貰ったものだから、シーカが居なくたって大丈夫なんだからさ!」


 エイジは少女の方へは視線を向けず、ただひたすら廊下のずっと先を見て歩く。


 シーカは何も返さない。

 彼女も廊下の先を見ているのか、もしかしたら、その瞳は何も見ていないのかもしれない。


 足元の非常灯以外に電灯らしきものは点いていない。

 遠くの窓から薄明りが差し込むことで、なんとか『仄暗い』と言えるような廊下。


 長い長い廊下は部屋数が多く、数歩歩けば左右に扉が現れる。

 だがそのどれもが目的地とは違う。


 やがて、どこからここまで入ってきたのか、ここが何階の廊下なのかもわからなくなりそうになる。

 それ程長く感じる廊下を進み、突き当たり。 目的の部屋に到達する。


「雰囲気あるなー!

 扉を開けたらギャングの事務所だったりして……!」


 シーカの反応を楽しむように、少年は悪戯っぽく少女の顔を覗き込んだ。

 少女は何も返さない。


 固まっていた手に気がついて、繋いだ手を握りなおす。

 エイジはもう、少女の顔は見ていない。

 空いた右手で両開きの扉を片方開けた。



 部屋に入ると、中には既に十数人が集まっていた。


 そこはバーのような内装をしていた。

 暗い赤色のカーテンや絨毯。

 それの同系色と黒色の家具が、一見不規則に置かれている。


 先に集まっていた者達は、大理石のバーカウンターにもたれ掛かったり、ソファや椅子、中には棚に腰掛けたりと思い思いに待機していた。


 その風貌は、これも様々。


 防弾仕様と思しきチョッキを着ながら、見せびらかすように大きくタトゥーの入った腕を露出した大男。

 彼はわかりやすくサブマシンガンとハンドガンを何挺か装備していた。

 その上チョッキやパンツには、ナイフやら手榴弾やらをがちゃがちゃと沢山付けていた。

 似たような重装備をした男が三名、タトゥー男の近くでカウンター周りを占領している。


 レザージャケットの女はキリリとした目線をまっすぐに見据える。

 微動だにしない、重心を少し左に寄せた立ち姿。

 スタイルの良い彼女はモデルのように美しく、目を惹いた。

 左肩に背負った細長いケースは、彼女と並んで立たせれば、大体腰より高くなる程に長い。

 シャープな顔つきの美人がそれを背負っていると、どこか威圧感がある。


 トレンチコートに中折れ帽の男。

 彼は火を着けないままのしわくちゃに折れ曲がった煙草を咥えて、ポケットに手を突っ込んで立っている。

 コートは不自然に膨らんでいた。


 真っ赤なパーカーのフードを目深に被り、顔は能面を付けて隠された、恐らく男。

 彼はこの中でも一番身軽で、手ぶらに見える。

 袖を手指の付け根までだらんと伸ばし、棚の上で片膝を抱えて座っている。


 顔中ピアスだらけの少女は、ゴスメイクなのか目元が赤黒い。

 服装は『パンキッシュ』と言えば良いのか、隙間の多い黒と赤の色を使ったファッション。

 タイト目なスカートに網タイツに厚底ブーツ。

 『能面赤パーカー』が座る棚に背を預け、けだるげな雰囲気で両膝を抱えてしゃがんでいる。

 細く見える見た目に似合わず、その手には“ふらふら”と、M&C社の大型拳銃をぶら下げていた。


 袖の長い、中華風の民族衣装を身に纏う男女二人組。

 男の方が腰に提げた抜き身の青龍刀以外、一見すると彼らは身軽に見える。

 男は無表情だが、女の方はずっとにこにこと笑みを浮かべて、二人それぞれ一人掛けのソファに腰掛けている。


 顔から飛び出してきそうな目が印象的な男。

 斜視と言えばいいのだろうか。

 カメレオンのような左右の目は、別の意識の元で動かされているのではないか、なんて錯覚を抱かせる。

 三人掛けのソファの座面に背中を預けるくらいだらりと座っている。

 しかしそのお腹の上にはグラム社の『Iシリーズ』と呼ばれるマシンガン。

 その大型ハンドガン並みの大きさの銃が呼吸に合わせて上下に動く度、いつ襲い掛かってきてもおかしくないような不安を煽られる。


 カメレオン男の左隣には、両腕をソファの背もたれに掛けてもたれ掛かっている男。

 口を大きく開けて天井を見上げているため顔はよく見えない。

 彼は肩を組むようにして、マークスマンライフルに分類される『N18 DMR』単発銃セミオートライフルを左肩とソファに立て掛けていた。


 彼らの共通点を挙げるとすれば、全員がどこか『修羅場』を潜ってきたような、厳めしい顔つきをしているという点。

 その一つだけだった。


「わあ。僕ったら、場違いかも」


 エイジは部屋に入って早々に楽しそうに言い放つ。

 全員の視線は殆ど動きはしなかったが、明らかに部屋中の空気が彼にぴたりと“注視”していた。


 かちりと音が聞こえそうな緊迫感。

 少年は少女の手を握りなおす。


「どうやら、これで全員お集まりになられたようで」


 入り口の反対にあるカーテンの奥から声が聞こえ、そこから三人の男が現れる。


 声をかけたのは30半ば程の眼鏡の男性。

 素人目でも高級そうだと思う、小豆色のスーツを着こなしている。

 身長が低くはないのだが、後ろに伴った二人の身長が高いため、一緒に並ぶと小柄な男に感じさせた。

 張り付いたような、口元だけの笑みが印象的だった。


 後ろに伴う大男。

 体が大きすぎて、カーテンのついたドア枠を、潜るようにして現れた。

 歯を嚙み締めたような獰猛な表情が特徴的で、獣のような印象を受けた。

 綺麗なスーツを着ているが、少し突っ張っている感じがして窮屈そうだ。

 手には四角い大きなジュラルミンケースを持っている。


 もう一人の供連れは優男。

 軽薄そうな顔つき。

 へらへらとした表情。

 髪は長く、一部を後ろで束ねている。

 長髪を雑にまとめてはいるが不潔感はなく、寧ろ似合っていた。

 真面目さも誠実さも少し足りなそうに見える。

 しかし纏う雰囲気は柔らかく、悪印象は持ちづらい。

 彼もスーツを着ているが、正直彼が着ると印象は“ホスト”だった。


 話が始まる気配を感じると、エイジは近くにあった椅子を引き寄せ、シーカの両肩を包み込むように押して座らせた。


 エイジ自身はシーカの座る椅子の背もたれに手を乗せて、少し体重を預けながら立つ。

 それから今入ってきた三人組の方へ改めて顔を向けた。


 三人の真ん中、一歩前に出た位置で、眼鏡男は話し始める。


「それでは、『お仕事』の話と参りましょう」

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