2-2:第1章

「嬢ちゃん。欲しいバイクは決まったかい?」


「ああウーゴ。やっぱりこの“SHINOBI”が忘れられない」


 ニュータウン『辿り着けなかった者達の街リーチストリート』を抜けてすぐ、南地区の端にある整備工場。


 バイクに“先立たれた”女は、通りがかったトラックに助けられ、なんとか街の中まで辿り着くことが出来ていた。


 トラックに乗っていたのはガタイの良い黒人の男性だった。

 名前は石津ウーゴ。

 職業は車両の整備工。

 男は迷彩のカーゴパンツと、綺麗な白シャツの袖を肘上までまくって着ている。


 ワイルドな印象のコーディネートだが、どこか小綺麗で、油にまみれる仕事をするには少しちぐはぐな印象を受けた。


 女はウーゴに拾われたついでに、召された“相棒”の状態を見てもらった。

 30年以上は大切に乗っていた愛車だ。

 しかしプロの目から見ても手の施しようがなく、寿命が来たのだと宣告を受けてしまったのだ。


 女はその代わりにウーゴの計らいで、整備工場裏の倉庫で、中古バイクの在庫を見せてもらっていた。



「でもこれ……かなりするだろ?」


「確か新車で当時……1,500万前後だったか。

 コイツは型落ちでも下がりにくいから、多分中古でも1,200万……いや、状態が悪くなきゃ、新車と大差ないだろうな」


「うぐ……っ。

 悪いが、生活度外視の全財産をはたいても、200万弱しか出てこない」


 女は値段を聞いた瞬間「ぎくり」と肩を強張らせた。

 その様子にウーゴは愉快そうに、ちょっと驚いたように言う。


「ほお……思ったよりは持ってんじゃねえか」


「いや……それでもこの街じゃ不安な方だろ?

 地元じゃバイクいじるくらいにしか金を使わないから貯まってはいたが……その分稼ぎも少ないからこんなもんだ」


「いや、上等だろう。十分だ。


 そもそもこいつは“カタ”でったものだから、車体に俺自身の金は殆どかかってねえ。

 だが俺もコイツは気に入ってて愛着もあるせいで、下手に売りに出すのも気が乗らねえ。


 改造も自信作、かといって自分で乗るには“じゃじゃ馬”過ぎる。

 無茶する歳でもねえからこんなパワーは俺には過剰なんだよ。


 そこで丁度良く『同好の志』が現れて……ってなら、寧ろこれを機に手放したいとさえ考えてる。

 ……そこでだ。


 下取り代にお前のバイク愛も上乗せ、久々に楽しい時間を過ごせた礼と、“新入り”への歓迎代込々で……」


「お……おいマジでか!?」


 ウーゴはわざとらしく作業台から電卓を取り出す。

 彼が手を伸ばすと目につく、右手首に巻いた赤いミサンガ。

 女は『まさか……!?』と期待した目で、その揺れる赤色を追っていた。


 ウーゴはカチカチと見せつけるように音を鳴らすと、電卓の数字を女に見せつける。


「占めて380万」


「全然予算オーバーじゃねえか!!!」


 前のめりになって縋りつくように全力のツッコミを披露する女。

 悪戯が上手くいったとばかりに、ウーゴは豪快に笑う。


「いや……それでもかなり安くしてくれてありがたかいよ……。

 まあ、コイツは今後の目標として……」


 揶揄からかわれたとは気付きつつも、それでも相場よりかなり安い金額に、気を取り直してしょんぼりと礼を言う。

 そんな彼女を手で制し、なんとか笑いを抑えながらウーゴは話を続ける。


「あっはっはっは……!!!

 ま、まあ待て……!

 ……ふう。

 揶揄ったのは否定しないが、何も本気で意地の悪いことがしたかったわけじゃねえ。


 せっかく見初めたんだ。

 俺も是非ともお前にコイツを委ねてえ。


 だが、それで無理にタダ同然にしたんじゃあ、流石に道理が通らねえ。

 だろ?」


「ああ。

 流石にそれは私の方から断るだろうな」


 腕を組んで神妙な顔つきになる。

 冷静に考えてみれば、これ程良いバイクを自分が買える程の値段で売ってもらっても、逆に自分の方が気分がよろしくない。


 好意は嬉しくとも、『施し』を受けたいとは思わない。


「そこでだ……。

 お前さん、『ちょっと危ないが、実入りのいい仕事』に興味はねえか?」


「仕事……?」


 ちょっとした警戒心。

 気の良い奴だとは思っていても、一応は今日初めて会った人間だ。

 彼女が少し眉を顰めたのも、無理からぬことであろう。


「まあ、この街の通過儀礼みたいなもんだ。

 警戒するのは当然だし、別に無理にとは言わねえ。


 『通過儀礼』って言う程度には、この街じゃあ“定番”の、『仕事』を受ける窓口……ってとこだ。

 話だけでも聞きに行くと良い。

 

 実際俺も何度か仕事を受けたことがある。

 自己申告で自分の技能を言えば、それに沿った仕事を見繕ってくれる奴がいる。

 丁度いい仕事が運よくあるかはめぐり合わせだがな。


 当然失敗したら相応のペナルティがある場合も多い。

 よく話を聞いて、よく考えて自分で決めな」


 『街』の住人が“新入り”に向けるチュートリアルのような話なのだろう。

 その説明は淀みがなく、なんとなく『騙すつもりではないのだろう』という、一応の説得力が籠もった声だった。


 女は黙って頷き、続きを促す。

 『ちょっと危ない』というセリフに、警戒心よりも緊張感を持ち直そうと思考を切り替えた。


「サウスの中心寄りにある、“セントラルパーク”近くの路地裏。

 “ゼロ番通り”って呼ばれてるんだが……まあわからなきゃその辺の奴に聞けば一発でわかる。

 なんだったら南警察署もすぐ近くだ。

 お巡りさんでも聞けば教えてくれる。


 目印は“人を馬鹿にしたような着ぐるみ”だ」



***



 エイジはシーカと手を繋いだまま、地理もわからない“ニュータウン”の街をぐるぐると彷徨っていた。

 しかし彼の足取りに戸惑いはなく、ないはずの目的地に向かっているような『確信的』なものがあった。


 連なるビル群。

 それでいて広い道幅は街に開放感を与え、高い建物が多いわりには圧迫感が少ない。


 そんな街並みに逐一目を輝かせては、


「見てよシーカ!映画館だ!

 今度覗きに行くかい?」


「モールも近いねえ!

 シーカは今着てる服も似合うけど、美人だから色々試して今度見せて欲しいな!」


「警察署も近いねえ……!

 それだと、この辺は比較的治安も良いのかな?

 さっきの騒ぎを見るとまっっったくそんな気はしないけど、多分そうなんだろうね!

 だから商業施設も多いんだ!」


 と言った感じで、さながらデートみたいな様相で“おのぼりさん”を楽しんでいた。


 ふと何かに引き寄せられるように路地裏に入っていく。

 そう聞くと何かいかがわしいものを警戒しそうになるが、実際は偶々前を歩いていた二人組について行っただけだった。


「やあ!ボクは“ヌエボン”!!よろしくね!

 君たちは新しい“お友達”かな?

 良ければ自己紹介と、自分の良いところを教えてよ!」


 そこに居たのは着ぐるみ。

 可愛らしい声を発するが、二メートルは越えた身長に、頭の触覚のようなものを合わせると、全長は二メートル五十近い。


 ポップでファンシーを意識したようなキャラクターは、可愛らしい声を発すれば発する程に威圧感が増していくような気がしてくる。


 額には青く長い一本の触覚。

 先端には提灯のような球体。

 耳は福耳を逆さにしたような形で、二つ合わせると顔と同じくらいの大きさになる程にデカい。

 申し訳程度に赤い後ろ髪が生えているが、殆ど禿頭と言っていい富士額。

 丸く赤い鼻。

 目の周りは青くひし形に模様が描かれ、唇は異様に赤い紅が塗りたくられている。

 緑や黄色や青やオレンジの、独特で奇抜で目が眩む程カラフルな衣装は、次の瞬間にはどんな模様だったか忘れてしまいそうだ。


 可愛い声を出してはいるが、このキャラクターは決して“可愛い”ではない。

 そんな信念にも似た確信を、見た者に与えるデザインだった。


 路地に入ってその姿に気を取られたせいか、気が付けば先に入った二人組の姿はもうなかった。


「やあ君たち!

 可愛らしいカップルさんだね!

 まずはお名前から!聞かせて欲しいな!?」

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