5-2:第1章

 遊園地内であればまだ障害物も多く、逐一道を曲がりながら動いていれば撃たれる危険を減らすことが出来た。


 しかし辿り着いてしまった駐車場には、思ったより車が少なかった。

 ないわけではないのだが、駐車場が広すぎて停めてある間隔がまばらだ。

 これでは銃弾除けに車を使うのも難しい。


 すぐそこには追手の気配が迫ってきている。

 3人は覚悟を決めて石階段を駆け降り、駐車場へ。


 当然鍵の開いた車両などあるわけもなく、盗むにしても時間が足りない。

 木も植えていない開けた駐車場を、それでも悪あがきに車両の間を縫うようにして斜めに突っ切る。


 このまま駐車場を抜けた所で、道もわからない街のどこかに出るだけだ。

 それでも今はとにかく前へ進むしかない。


「エイジ!!!」


 ニノマエの声に反応して、近くの車を背にしゃがみ込む。

 てんで的外れな位置だが、間違いなくエイジを狙った銃弾が地面を抉った。


 駐車場を抜けるにはまだ半分ほど距離がある。


「おねーさん!他に銃はないの!?」


「あるにはあるけど……!

 お守り代わりのリボルバーだ!

 6発中に入ってるのと、予備は大してない!

 多分10発前後だ!」


「自分の銃なのになんであやふやなのさ!?」


「銃なんて生きてて殆ど撃ったことねえんだよ!

 ごめんね!!!」


 ニノマエも10メートル程離れた車を背に屈んでいる。

 銃声が抑えられているので叫ばなくても声は届くが、お互い全力で大声を出した。


 言っている間にも追手はハンドガンの有効射程距離まで近づいて来ていた。

 いかに近年ハンドガンの性能も上がってきたとはいえ、有効射程は精々50メートルと少し。

 肉体強化や機械化をしていなくとも、成人男性なら8秒ほどで駆け抜けられる距離でしかない。


 その距離をスーツの集団は油断なく、横に広がるようにしてゆっくりと近づいてくる。

 その数は先程より多い10名。

 エイジの銃弾はそれなりに敵を行動不能に出来たのか、遊園地で見た顔は二人ほどしかいなかった。


「覚悟決めるか……!

 ……あーもう!!なんだってんだよ!

 街に来て初日だぞこちとらまだァ!!!」


「あーっはっはっはっはっは!!!!!

 ヒーローは遅れてやってくる!!!!!」


 ニノマエが表情を変化させ、左肩に背負っていた細長いバッグを両手で握りしめた。

 ────その時、彼らが目指していた駐車場の出入り口の方向からバイクの唸るエンジン音と、誇張した高笑いがこちらへと向かってきた。


「お前らまだ生きてっかあああ!!?

 みんな大好きディーノの兄さんが助けに来たどおおおおおおおおおお!!!??」


 真っ赤なネイキッドバイクに跨ったディーノが、派手な口上と共に現れ、通り過ぎ、何故か車体が横になって滑る。

 そのまま横滑りで地面に火花を散らしていると、追手の集団に向かってバイクごと突っ込んだ。


あびねぇ~!!!

 なんとかオレは無事で何より!!!

 いやだめだ!右ひじ擦りむいた!!

 ボク重症です!!

 いたたたたたた……!」


 ディーノは完全に車体が横転する直前で飛び降り、不格好ながらも軽症で済んだようだ。

 代わりにそのまま勢いよく進んでいったバイクは、追手の集団を思い切り薙ぎ倒して酷い有様だった。


 不幸にもバイク事故に遭った数人の追手は、うずくまっていて暫くは動けなさそうだ。

 中には足が明後日の方向を向いている者もいた。


 “事故現場”から偶々離れていて、難を逃れた追手は6人。

 その顔は怒りに染まり、突っ込んできた馬鹿に銃口を向ける。


「おあああああ!!!

 オレの“ネイキッド・レッド・オーシャン号”がああああああ!!!!!!!!!」


「このガキがァッッ!!!」


 ディーノが愛車の惨状に気が付き嘆いていると、追手達は一人残らず、怒りに任せて引き金を引いた。


「おぶッッ!!ごあッッ!!!ぼッッッ!!」


(ああ……アレは死んだなー……)


 蜂の巣にされるディーノを横目に、エイジは抜け目なく銃を構える。

 今度はしっかりとストックを開き、肩で銃を固定、アイアンサイトで狙いを付けた。


「ディーノ……アンタの死は無駄にしない……。

 『安らかに眠れレストインピース』……いやホントに、安らかに寝ててくれ……」


 ニノマエが神妙な顔つきで手を合わせる。

 それは死者への祈りと言うよりは、人に頼みごとをする時に行う、切実な合掌だった。


 ズダッズダッズダッズダッ!!ズダダッ!ズダダッ!


 エイジは残弾を使い切る必要もなく、残っていた追手を沈黙させる。

 ディーノに気を取られていた追手は、その銃撃に対処できずに倒れ、沈黙。


「おねーさん……。

 そろそろ、君は『仕事しない人』ってことでいいかな?」


「ハイッ!スミマセンッ!」


 ニノマエは『ふざけている場合じゃない』と背筋を伸ばす。

 すぐに『なにか汚名返上の機会が落ちていないものか』とキョロキョロ辺りを見回し始めた。

 

 エイジは“実質ニート”に目を向けることもなく、バイクに吹っ飛ばされた4人の追手を確認しに行った。

 まだ息がある人間に忘れず追加で銃弾を撃ち込む。


 それから適当に倒れている人間へ近づいて、持ち物を物色し始めた。


「これならアリかなー。

 貰っていくね?」


 頭に穴が開いているどころか少し欠けている相手にちゃんと許可を取ってから、手にこべり付いたハンドガンをもぎ取る。


「ACP仕様の装弾数9発かあ……趣味じゃないなあ。

 とは言え、どの人も似たような装備だったし……おっ!

 ……実は優秀な人だったのかな?」


 他にも何かないものかと、ぺたぺたと息のない体をまさぐってみる。

 胸ポケットに硬い感触がして、エイジはそこにあったものをズボンの右ポケットにしまう。


 予備マガジンも見つけて、ほくほくとそれを回収した。


 ハンドガンを腰のベルトに挟み込み、予備マガジン2つを左ポケットと左の靴下に仕舞う。

 サプレッサーは嵩張るので外してしまった。


 他の死体から漁れば何かもっと見つかるかもしれないが、面倒なので諦めた。


 「にしても、こんな銃をギャングがメインアームで使うなんて……。

 よっぽど目立ちたくなかったんだねえ。

 ……一体全体、“アイテム”の中身はなんなんだろう?


 カモッラの上層部が噛んでる仕事に、見るからに他ギャングの構成員とわかる妨害者。

 見る人が見ればどこの組織かなんてすぐ調べが付くだろう。

 それでもなりふり構わず組織内の者を直接向かわせる程の“アイテム”……?

 

 新型麻薬のレシピ?幹部の裏帳簿?権力者への脅迫ネタ?


 ん~?……だめだー。情報が足りなすぎるや。

 でもなんとなくどれも違う気がするんだよなあ……。


 一歩間違えなくとも抗争に発展しかねない妨害行為を、誤魔化しのきかない自前の構成員を使って、尚且つなるべく目立たないように銃は小口径……?


 そんなことする理由って、一体なんなんだろうねえ……?」


「おーい!エイジ!エイジ!」


 エイジが物思いに耽っていると、嬉しそうな顔でニノマエが手を振って彼を呼んだ。

 その笑顔があまりに爽やかだったから、エイジも小走りになって彼女たちと合流する。


「どうしたの?おねーさん」


「へへん!丁度良い車を見つけたぞ!」


「丁度良い車って……」


 ニノマエの隣に停まっていたのは丸いフォルムで派手なパープルピンクの車。

 車体には大きく『Mr.BUNNY PURPLE HAZE』と書かれており、他にも様々なポーズをしたウサギのステッカー等が貼ってある。

 

 車内には、運転席に男性が一人と、抱きしめたら丁度いい大きさの白兎のぬいぐるみが後部座席に座っている。


 男性はぴっちりとした紫色のエナメルベストを着て、白いホットパンツ姿。

 髪型はサイドを深くまで刈り上げていて、ヤシの木を思い起こさせる髪型だった。

 そして頭にはウサギ耳のカチューシャを付けている。


「やあ!ウサギさん!

 良ければ僕ら3人を乗せて行ってくれないかな??」


「うううううウサギさんだよん……!!

 ももももちろんさ!!!

 僕たち、トモダチ!!!

 わあ!!!……どらいぶ……!たのしいぞぅ……!!!」


 エイジは運転席側の窓から満面の笑みを男に向けた。

 ニノマエはボンネットに腰掛けながら嬉しそうな笑みを男に向けた。


 エイジの手に持った拳銃から目を逸らせないまま、ウサギさんは恐怖に引き攣った笑みを浮かべていた。


 銃撃戦後の駐車場。

 そこは皆が思わず笑顔になる。

 そんな空間が出来上がっていた。

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