11-2:第1章

「外がずっと騒がしいな……」


帰路のエレベーターの中で、ミスタビアンキが独り言のように呟く。


「“仕事熱心”な配達人の一人が、どうやら玄関前で門番と争っているそうです」


「……!?

 来るときに見かけたが、レセプションに立っていたのは悪名高き『過充電ジ・オーバーヒート』じゃなかったか!?

 アレとまともに戦闘など……余程の恨みでもあるのか?」


 珍しくミスタビアンキが表情を変える。

 受け答えを担当していた花尾マルツェラは、平素よりの微笑みを崩さずに首を振る。


「いいえ。

 どうやら新顔ニュービーの一人のようで、街の事情には詳しくないのでしょう。

 それか、余程手に入れたいものでもここにあるのか……。

 ……何かご存知ではないですか?」


「ええ、存じ上げております。

 この建物に彼女の仲間が……仲間と言っても今日会ったばかりでしょうけれど、一人、こちらで身柄を預かっております。

 どうやら彼を取り戻したい様子でして。

 ……目的はまだわかりませんが」


 花尾マルツェラが訊ねると、特に隠す様子もなく女執事は応える。

 しかし、『ただエイジを助け出したいだけ』といったバジュラの真意には共感できないようで、心底不思議そうに首を傾げている。


 女執事――――ジジにとっては、既にアイテムの納品も終わり、彼女がエイジの身柄に拘る理由など無い筈だと考えるのも無理はない。

 もしやエイジの身元に気が付いて、何かしら利用しようと考えているのかも、とは思いついたが、それも確信には至らない。


「ああ、先程アナタが連れていた少年ですか。

 いやあ、案外シンプルに、『何が何でも仲間を救う』っていう衝動の暴走じゃないっすかねえ?

 ウチの人間でも偶に見かけるし、この街はそういう状況に燃えちゃうタイプが多いですから」


「……今日初めて出会った人間同士ですよ?

 それも昼頃に出会って、まだ半日も経ってません。

 そんな弱い関係性の人間を助ける為と……?

 それで相手が出来る程、本日の門番は甘くないハズなんですが……」


「まあ、シンプルに戦闘狂だとか?

 自分の実力に絶対的な自信があるだけなのかもしれません。

 ただ暴れる場所を求めているだけとかね?

 どうやら配達人もここの門番も、今回の件にはそれに近い手合いが集まっているようですから」


「ふむ……それならあり得そうですねえ」


 世間話をしている間も、壁で多少遮られた爆音が響いてくる。

 ミスタビアンキは耳を澄ませるように目を瞑り、どこか嬉しそうな顔で腕を組んでいた。


 エレベーターが一階に到達する。

 外に降りると、しばらく黙って聞き役に徹していたミスタビアンキが口を開く。


「さて。

 玄関前で騒がれているが、ここからどうするか……」


「御心配には及びません。

 裏口が御座います。

 皆様はそこから安全にお帰り戴けたらと……」


「いや、折角だ。

 表の騒ぎを少し野次馬して帰ろう」


「は……?」


 恭しく裏口へ誘導しようとするジジに断りを入れるでもなく、ミスタビアンキはずっと独り言のように話し、方針を決める。

 ジジはお辞儀した頭を上げて、信じられないことを耳にしたとばかりにギャング達を見上げた。


「申し訳ない。

 向こうの裏にあるコインパーキングに、私の車を停めてあるのだよ」


「あれま……。

 ウチのボスのわっるい所がまーた始まったかな?」


「……」


 ギャングは楽しそうに外を眺める。

 花尾マルツェラは御嶽みたけ・ヨハン・ドミニクに茶化したように語り掛けるが、ドミニクは無表情のまま、ボスと同じく外を見ていた。


 (いやはや、ギャングの考えることは……。

 もう少し、勉強する必要がありそうですね……)


 ジジは内心呆れていたものの、本人たちが望むのであれば止める必要もないだろう、と思いなおす。


「それでは、私は玄関口でお見送りさせて戴きますね」


 改めて軽いお辞儀をすると、激しい戦闘が見えている玄関口付近まで、ギャング達を先導して歩き出した。



「あー!!!!

 めっけた!!!!

 オメエだろこの詐欺師!!!!」


 玄関扉にもう少しで手がかかりそうな距離で、何故か背後から、元気のいい男の声が聞こえる。


「……お客様、現在ここは立ち入り禁止のハズなのですが……?

 ────……戦闘のドサクサで紛れ込んだのでしょうか……?」


 険しい表情で侵入者に語り掛けるジジ。

 門番は戦闘に集中している様子で、確かに一人くらいなら紛れ込んできても不思議ではなかった。


 しかし社員は他にも控えている筈だ。

 決して素通り出来はしない警備を抜けてきたということに変わりなかった。

 ジジは警戒を怠らずに侵入者を注視する。


「……んー?

 ……あっ!!」


 すると、隣で花尾マルツェラが何かに気が付いたように声を上げた。

 そしてすぐさま、ミスタビアンキが圧のある声色で、それを咎める。


「おい、マル……。

 なにかやらかしたなら、今のうちに白状しておけ……?」


「い、いやだなあボス……。

 ちょーっと暇だったんで、あんな感じの見た目をした半グレで遊んでたことがあってぇ……!

 いや、これがケッサクで!

 『ボトル一本のただの水を、一体いくらで売れるのかゲーム』してたんすけど!

 あんな格好の、似たようなモヒカンのバカが百万で買ってくれちゃって!!

 いやあ……あの時は、我ながら自分自身の話術に惚れ惚れしちゃったなあ……!」


 恍惚とした表情でとんでもない“暇つぶし”について語るマルツェラを見て、ミスタビアンキはこめかみを抑えて深く溜息をついた。


「マル……お前まだそんなくだらねえイタズラを――――」


「やっぱりウチのモン騙したのってお前かあああああああ!!!!」


 顔より大きなモヒカンを持つ男――――チョッピィは、握りこぶしを上下に振り回して、どたどたとギャング達に襲い掛かってくる。

 とは言ってもかなりの距離があり、足は遅い。

 今から銃を抜いても余裕で対処できそうだった。


「マル……お前が責任もって処理しておけよ……」


「はあい。ごめんね、ボス」


 花尾マルツェラは後ろで手を組んで前に出る。

 チョッピィはひたすら叫び声をあげ、途中で何かに気が付いて懐をまさぐる。


「屋内だぞ馬鹿野郎」


「大丈夫大丈夫!

 君もー……なんかごめんね?」


 それを見たミスタビアンキは、しかし冷静な声のままで睨みつけた。

 花尾マルツェラは微笑みを浮かべたまま、こてんと首を横に傾ける。


「くっそおおおお弾けろおおおおおおお!!!」


 チョッピィが懐から取り出したのは手榴弾。

 よく見ると彼の着るチョッキの裏には、たくさんの爆発物がぶら下がっていた。


「お巡りさんに怒られちゃったから反省して銃はやめたぞおおおおおおお!!!!」


 半田チョッピィ41歳。

 言われたことは素直に反省できる、大人の男である。

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