11「バジュラ」:第1章

「おおおおおおおおお!!!!!!?」


 バジュラは必死に走る。

 一門残されたチェーンガンが、彼女の後ろギリギリで地面を抉っていた。


「アッハッハッハ!!!

 すげえすげえ!!

 頑張って避けろよー!!

 流石にもう一回、残ったコッチも斬るのは難しそうかあ!?」


 ディムは全く当たらない銃撃を楽しそうに続ける。

 バジュラは余裕のない表情で、けれど、抉られた地面の破片すら掠らせずに避けていた。


 時にはスライディングの要領で低空を滑り、刀の持ち手先端――――かしらで、地面を手前に引き寄せるように漕いで、無理矢理方向転換を行う。

 またある時は、道路標識のポールに思い切り飛び蹴りを食らわせて、その勢いで切り返したりした。

 お陰でポールは腰砕けにぐにゃりと曲がり、優雅なお辞儀を見せている。


 そんなことを繰り返して、じわじわと後ろに追い詰められ、向かいの建物に逃げ込むか否かといった状況のバジュラ。

 しかし流石に弾薬が尽きたのか、残ったもう一門のチェーンガンは空転をし始めた。


「嬢ちゃん……周りに当たらないように、逃げ道、選んでるだろ?

 流石にそれは舐めちゃいないか?

 これは実質……戦車対、歩兵の戦いなんだぜ?」


「やめてくれ!!!

 そんな的確な例えで表さないでくれ!!

 自分の置かれた状況を再確認して嫌な気持ちになった!!!

 ……そっちも加減してくれている内は、こっちにも多少選ぶ余地があるってだけだろ!

 別に舐めているわけじゃない!

 そんなエゴを通し続けられるほど、私は強くない……!!」


「なるほど?

 じゃあ……。

 ────もう少しペースを上げてもいいってわけだ!!」


「しまった余計なこと言った!!!!」


 武器を持った両手で頭を抱えるバジュラ。

 そんな彼女に容赦なく、ディムのハンドガンは向けられる。

 放たれる弾丸を、今度はディムへ向かって前進することで避ける。

 走るのではなく、銃口を注視しながら、まるで投げられたボールを避けるように躱して、


「なんでそんなポンポン避けられるんだよ!?」


「お?

 ええと、構えている腕、銃口、視線、筋肉の動き、呼吸。

 まあ相手の様子を見れば、大体狙いがわかるだろ?

 撃つタイミングと弾道さえわかれば、この距離のハンドガン程度なら、誰でも避けれる!」


 話しながらも銃撃は続いている。

 バジュラは発言を実践するように、しかも慣れてきたのか今度はもっと体すれすれの間隔で避け始める。


「……いや誰でもは避けれねえよ……。

 ――――……まあいい!

 それじゃあ追加だァ!!!」


 思わず真顔を見せた後、今度は空いている左手を前に出す。

 レールガンの発射口に電流が纏わりつくが、先程とは少し様子が違った。

 発射口の下にある彼本来の手は、手刀のような形を作ってバジュラに向け、構えられている。


 雷が手刀の先から伸びる。


 ばちんっ


「あぶなっ!?」


 目を見開いて後ろに跳躍するバジュラを、引き攣った顔で見送るディム。

 先程までバジュラがいた地面は、ディムの手から雷速で叩きつけられた攻撃で焼け焦げていた。


「いや、そんな『顔目掛けて虫が飛んできた』みたいなテンションで避けんなよ……!

 一応、音より速いんだぜ……?」


「予備動作が長いし、“本命”が来る直前に、強い静電気みたいのがバチって飛んできたからな!

 それ見てから回避したら、いけた!!」


「……種明かしをどうも?

 そんな情報、例え知ってて何度も練習できたとしても、誰が真似出来んだよ……!

 ――――ましてやお前さん初見だろ!?

 普通手傷くらい負うだろう!?

 いやちょっとは当たれよ!!

 『いけた!』じゃねえよ!!?」


 ディムの余裕のある表情は、目の前に現れた“常識外れ”女によって段々と崩されていく。

 攻撃が当たらずに焦っているのではない。

 理外の力をふるう、彼のような卓越したサイキックでさえ、目の前の光景が非現実的に思えた。

 それほど彼女の“ただひたすらに優れている身体能力”とは、ちょっと理解が追いつかない、衝撃的な光景を生み出していた。


「こりゃあ、少しばかりちょっかいを掛けただけのつもりだったが、とんでもない掘り出し物だったなあ……!

 なまじ“生身の身体能力”であるからこそ、余計に化け物染みて見えてくる……!」


「失礼な!!

 そんな強いチート能力で暴れといて、人のことを“化け物”呼ばわりは納得がいかないぞ!!」


「……ただどうにも浮世離れしているのはどういう絡繰りだ?

 もしかして、本人が気づいていない“サイ”が宿ってて、それの代償で頭が……いやいやいや……!

 くだらないこと言ってねえで、今はこの場を全力で楽しまねえとなあ!!」


 ディムは再度左手の照準を合わす。

 今度は右手のハンドガンも構えている。


 それを見たバジュラは、今度は自分も武器を向けた。

 先程拾ったレバーアクションショットガン。

 装弾数は最大五発。予備弾薬無し。

 幸運にもフルで装填されたままだったのは、先程装甲車の裏で確認済みだ。


 ディムの左手が光を放つ。

 バジュラは引き鉄を引く。

 散弾はばら撒かれ、直後放たれた電撃が、弾丸に纏わりつく。


 散弾の威力は電撃には到底及ばない。

 それでも纏わりついた電撃は、少しだけ軌道が


 バジュラはそのブレた軌道の穴を縫うように、姿勢を低くして、前へ前へと駆け抜ける。


「正気かッッ!??」


 ディムは驚いてハンドガンの引き鉄を引く。

 バジュラは更に潜り込み、銃弾は彼女の通り過ぎた地面に刺さる。


「『疾断やまいたち』……!!」


 独り言のように呟いた瞬間、バジュラは更に速度を上げる。

 武器を持った両手はだらりと後ろへ流し、背中の影で、残像のようにブレて、刃は不明瞭になる。


「『風靡ふうび矢疵やきず』……!!」


 刀の間合いに届くかどうか。

 そんな距離まで彼女が近づいてきたことまでは、ディムも視認出来ていた。


 腹部に衝撃。

 痛みではなく、風の砲弾を浴びたような“衝撃”で、ディムの体は背中の方へと流される。


 後ろから声が、叫ぶような声が聞こえる。

 通り過ぎたバジュラの声だったが、なぜ後ろから聞こえるのか不思議に思った。

 それを確認しようと、生理現象に近い衝動で、ディムの視線は動く。

 けれど、振り向こうとした動きになぞって、右半身が急激に脱力する。

 そうなって初めて、背後を気にして彷徨っていた視線が、衝撃のあった腹部へと流れる。


 そこにあったのは、ほんの小さな傷。

 まるで鳥の足跡か、陶器に付いたヒビ割れのような傷。

 纏わりついているのは、ちぎれてどこかに吹き飛んだ自分の衣服。

 そこまでの状況を視線がなぞった後に、ようやくディムは、自分を苛んでいる激痛に気が付いた。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!?」


 困惑の叫びは苦悶の絶叫へと移り変わる。


「グゥぅッ……!

 浅かった……!!」


 ディムの後方では、バジュラが腕を抑えてうずくまる。

 ショットガンで隠された右腕は、それでも隠しきれない大きな傷が伸びていた。

 手首辺りから肩口まで、ノースリーブから窺える、蜘蛛の巣のように伸びる雷撃傷らいげきしょう

 そして彼女の右顎辺りまで、シダの葉の模様に似た痛々しい熱傷――――電紋でんもんが刻まれていた。


「ア゛ア゛……!?これは……!!

 ……舐めて、なんとかなる、傷じゃあねえな……!!」


 ディムは言いながらハンドガンを左腕に持ち替え、右手首を思い切り手の甲の方向へ曲げる。

 右腕に仕込まれた銀色の特殊警棒が飛び出し、手元に飛んできたそれをそのまま握りこむ。

 バチバチと音を立てて右手に電気を集めると、警棒は銀色を赤く染め始める。


「内部で弾けて……ごぼっ!?

 意識が飛びかねん……!!」


 血を吐きながら言葉を続け、ぐりんと目玉を上に向けることで、なんとか意識を維持している。

 警棒の先が茹蛸のように赤く染めあがると、ディムはその棒を思い切り腹部の傷に突っ込んだ。


「グ……アアアアアアアッ!!!」


 ジュウウといった音を立て、鉄の焼けた臭いに混ざり、臭みのある肉が焼けた臭いが漂ってくる。


「ぬ……ぐう……!

 一先ず止血だ……!

 これで倒れることはあるまい……!」


 決して良い方法とは言えない止血。

 それでも不死の体を持つディムにとっては、一時的にでも自然治癒のリソースを出血に割かないことが優先された。


 決して万能ではない不死の体は、早いと言っても即時に怪我を直してくれるわけではない。

 多量の出血を伴う怪我は意識を奪いかねない。

 不死でなくとも同じかもしれないが、出血さえ止まればまだなんとか戦いを継続できる。

 そう考えたディムに躊躇などなかった。


「嬢ちゃん……やるねえ……!!

 まさかオレ様がこんな深手を、しかも接近戦で負わされるとは……!!」


「な……なんなんだよお前は……!!

 体の周りにある“ビリビリ”、こんなに強いのか……!

 一瞬通り過ぎただけで滅茶苦茶痛い……っ!!」


 涙目になったバジュラは、それでもまだ武器を離さずいる。

 真っ赤に充血した右目は、まっすぐに相手を見据えていた。

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