9「灰色」:第1章

「エイジ様。御巫ミカナギシーカ様。

 先ずは手荒いお迎えになってしまったこと、心よりお詫び申し上げます」


 大型車に乗せられて数分。

 すぐに別の車へと乗せ換えられ、それが走り出したと同時に、目の前に座るスーツの男に深々と頭を下げられる。


 男の年齢は三十代にも四十代にも、格好によっては二十台にも見える。

 耳にかからない程度の髪を七三に流し、几帳面なビジネスマンを思わせる。

 アンカー型に整えられた口髭が、彼の年齢不詳な印象を強くさせていた。


「いいよ。そういうの。

 お互い、仕事なんだから。

 心にもない謝罪を受けたところで、何を返せばいいか困るだけだよね?」


 エイジは攫われた身の上だというのに、全く動揺も恐れも見られない。

 寧ろ相手を挑発する姿は、『自分の方が立場が上』といった態度だった。


「左様で。

 失礼致しました」


 銃火器の連射音。

 会話もそこそこに、外から響く不穏な戦闘音が響く。

 それでも車内の人間は動じた様子もない。


「ご覧ください。

 我々も、“狙われる立場”と言ったところでしょうか」


 口髭の男はそう言うと、全面スモーク加工されている車の窓を掌で指し示す。

 先程までエイジ達が乗っていた大型車が、多方向から銃撃を受けて火を噴いていた。


「あれは……。グレイマンかな?」


 エイジに見せつけるように、彼らを乗せた車は離れた場所で一時停止する。

 大型車を襲っている、人型の影が三つ。


 それらは灰色の拘束着のようなものを着ていた。

 大きな留め具のようなものが袖についており、それを固定すると恐らく、腕が体に巻き付くように拘束されるのだろう。


 それら全てが頭を刈り上げている。

 顔は勿論それぞれ違うし、中には一人、女性のそれもいた。

 しかし不思議とそれらに違いを感じない。

 坊主頭と拘束着に揃えられた風体のせいかもしれない。

 けれど、きっと『個性』というものが死んでいる、そんな顔をその全てが浮かべていたからだとエイジは感じていた。


「左様でございます。

 そしてアレこそ、“アイテム”の中身にございます」


 その言葉を聞くとエイジは初めて表情を変え、目を見開き驚いた顔で振り向く。

 エイジの心情などお構いなしで、車はゆっくりと現場を離れていく。


 エイジは遠ざかる景色に気が付き、振り向いてその光景をじっと睨みつけていた。


「……なるほどね。

 それじゃあ、皆が躍起になって奪いに来るはずだ。

 ……実物は初めて見たけど――――これほど不快なものはない」


 エイジは眉根を寄せる。

 今日一日で最も、悪感情を露わにしていた。


「ご存知の通り。

 そしてその名の通り、『灰色兵士グレイマン』とは、“灰色”を“兵器化”したものです。

 詳しい製法は当然秘匿され――――“アイテム”の中身を覗けば判りますが。

 とにかくグレイマンとは、元から自我のない不死の体を、命令通りに動く“兵器”とした“物”になります。

 未だ『灰色に人としての意識は残っているのか』という命題は解き明かされては折りませんが、到底人道的とは言えない代物です。


 不死者となった我々人類が、“いずれ行きつくかもしれない未来”。

 それを無遠慮に虐げられては、残虐なギャングですら不快感を示すのも、無理はありません」



 窓の外ではグレイマン達が、そこに居る黒服を一人残らず殺して回っている。

 反撃を受けても怯まず。

 銃弾を浴びても動じず。

 凡そ人とは思えない身体能力を発揮し、一切の感情を表さずに人を殺し続ける。


 黒服の落とした手榴弾で肘から下が吹き飛び、手持ちの武器まで吹き飛んでしまっても気にした様子はない。

 武器がないのならその手で。

 手がないのなら噛みついて。

 グレイマンはただ標的に向かう。


 グレイマンは外科的肉体強化、テックによる身体改造を受けている。

 具体的性能は公開されることはないが、それでも一般の人体と比べれば、皮膚の硬度から高い性能を持っているに違いない。

 けれど銃弾は簡単にグレイマンの体を貫いていた。


 黒服十七名。

 彼らが持つ銃器も、高性能高威力のものだった。

 今も一体のグレイマンが腹に大穴を開けている。

 一体だけいた、女性型のグレイマンだ。

 それの腹から流れ出る血液、飛び散って地面を汚す肉片、穴から落ちかけているピンク色の臓物。

 それら全てが、『グレイマンは間違いなく人間なのだ』と訴えかけてくる。


 黒服の一人の首にグレイマンが噛みついて離れない。

 腕が吹き飛んだ個体だ。

 もう片方の腕もなんらかの怪我を負ったのか、だらりと垂れたままだった。

 吹き飛んだ方の腕は動く。

 ただ肘から先に、武器を掴むための手がないだけ。

 ならばと、吹き飛んで露出していた骨を、黒服の首筋に突き立てる。

 

 片や黒服には当然、痛みも感情もある。

 叫び声。断末魔。

 恐怖を仕舞い切れない人間の叫びは、酷く耳障りな幻聴となって耳に残る。


 遠ざかっていく景色は、必ずしも一方的な戦闘場面ではなかった。

 人数差もあり、銃火器の優位性が黒服達にはあった。

 なにしろ、グレイマン達の武装は大口径とはいえ、ハンドガンやナイフばかり。

 まるで何かの実験のように戦力差のある武装。

 しかしその戦力差を、異常な身体能力でねじ伏せていく。


 グレイマンはボロボロの姿で人間を殺しまわる。

 決して倒せない化け物でも、不可避の死を届けに来た死神でもない。

 けれどエイジの目に映る光景は、地獄で刑を執行する獄卒と、その受刑者のように目に映った。


「可哀そうに。

 囮に使われて、あんな“エイリアン”共と戦わされるなんて」


「お互い、仕事ですので。

 役割は果たさねばなりません」


 冷酷なまでに突き放す言葉。

 エイジはそれを聞き流しながら想像する。


 果たして灰色は痛みを感じるのだろうか。

 果たして灰色は恐怖を覚えるのだろうか。

 果たして灰色は苦痛を“本当に”無視出来ているのだろうか。


 自分に当てはめて考えてみて、すぐに後悔する。

 でも想像せずにはいられなかった。

 ら、今頃どんな苦痛と虚無を抱えて過ごしていたのだろうか?


 エイジは、自我を持った人間ではなく、灰色に対してこそ“共感”という名の不快感を覚える。


 不死者が恐れるものはぽっと出の『死』などではない。

 きっと『とこしえの生』にこそ、我々は恐れを抱くのだ。



 エイジは、嫌な想像を振り払うのに夢中になって、気がつくと目を閉じていた。

 目を開くと、目の前には筒状の何かの先端が向けられていた。

 そしてそれはいきなり強い光を発する。


「やめろ!!!

 逃げる気なんてない!!!」


 強いとは言ってもフラッシュバンのような、目がおかしくなる程の光ではない。

 現に隣に座るシーカはなんとも思っていない様子だった。

 けれどエイジは必要以上に身を縮こまらせて、苦痛と不快感で声を荒げる。


「申し訳ありません。

 エイジ様の“眼”は、何を見つけるかわかりませんから」


「全く……!

 サイキックでもないのに、警戒しすぎでしょ……!」


 エイジはまともに目も開けられない状態になる。

 両手で目を擦るように覆っている。


「グレイマンを派遣した企業は、アイテムの中身を独占するのが目的です。

 ここで深くは説明致しませんが、エイジ様の身柄、並びにあなたの持つアイテムを回収するのが我々の目的です。

 私の仕事は、あなたを所定の場所、そして上司の元まで送り届けること。

 願わくば、抵抗などなさいませぬよう。

 私も上司になじられて喜ぶ趣味はございませんので、全力で職務を全うさせていただきます」


「この状況で、アンタを出し抜いて逃げ出す方法は思いつかないよ。

 ハナから諦めてるから、とっとと連れていくと良い」


 慇懃無礼に警告を発する口髭の男。

 無表情に軽口のような宣言をすると、後は何も言わずにただ座るのみであった。


 その無言の空間で、エイジは前言などブラフに過ぎないと脱出の糸口を探す。

 けれど前言の通り、目の前の男にもエイジの現状にも、一切の隙は見当たらなかった。



「到着です。

 こちらのビルで身柄を受け渡し次第、私の業務は終了となります。

 後のことはご随意に」


 両手を鎖で縛られたわけでもない。

 それでもどうしようもなく隙の見当たらない目の前の男に、エイジとシーカは素直に付いて行く。


 車を降りてすぐに、見上げれば首が痛くなる程に高いビルが立ち並ぶ。

 そしてエイジは馬鹿らしい偶然に嘆いていた。


 ――――ああ。僕の目的地は隣のビルなのに。残念ここでゲームオーバーか。


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