9-2:第1章

 エイジとシーカが連れられたビル。

 それは周りに見える華やかな装いのビルとは違い、少し景色に浮いた機能的なオフィスビルだった。


「おお!!捕まえたかあ!!!

 オレ様の出番もあるかもしれんなあ!!!」


 エントランスで待っていたのは受付のAIでも華やかな受付嬢でもなかった。

 荒々しく肩まで伸びた長髪と、アウトロースタイルの口髭を携えた、ウエスタン風の男だった。

 男はなんらかの身体改造を施しているようで、ノースリーブから覗く腕や肩には、なにやら丸い金属部品が取り付けられていた。


「やあ!君がここの受付かい?

 僕の名前はエイジ!よろしくね!」


「おう!

 オレ様の名は、『ゼムライト・ディムライト』!!

 長ぇからディムで良いぞ!!

 受付嬢にしてはナリが汚ぇが、今日限定の特別ウェイトレスだ!

 よろしくな!」


 エイジはいつもの調子で握手を求める。

 意外にも軽口で返し、気さくに握手を返してくる男。


 ディムライトの後ろには、室内にもかかわらず小型のトラックのような車が停まっていた。

 確かに正面入り口には搬入用の大きな入り口もあり、この程度の車なら中に入れることも可能だろう。

 しかし見ただけで過剰な装甲をしていることがわかるトラックは、あまりにもオフィスビルに不似合いだった。


「ディム?

 その後ろのトラックは君のかい?」


「おお!オレ様の相棒の“スキャロップ”よ!

 初めましてで握手した仲だ!

 特別にお前に見せてやろう!」


 ノリのいいディムは腕を広げる。

 毛むくじゃらの腕を、力こぶを作るように震わせる。


 ばちっ!


 小さく火花のようなものが音を立てると、何の操作もなくトラックの荷台が二枚貝のように開いていく。

 開いた荷台には、メタリックな鈍色の、大きな腕が見えた。



(これは……ふざけているようで……!

 ヤッバイかも……!)


 トラックの中に入っていったディムを眺めながら、エイジは冷や汗を流していた。


「……ってか、仕舞う時は手動なんだね……?

 ディム!凄かったよ!

 見せてくれてありがとう!」


 エイジは平静を装って荷台へ声を掛ける。

 荷台から腕だけを伸ばし、ディムは手を振ってそれに応えていた。


(おねーさん、来ちゃうかもなあ。

 でも、頑張っちゃダメだよ。

 あんなの、マトモに相手するもんじゃない。

 僕なんて、放っておいても、勝手になんとかするんだから。

 ……そうだね。僕だけなら……)


 エイジは今日会ったばかりの、臆病で危なっかしくて変に人が良くて、少し抜けている“仲間”を想う。

 彼女はきっと震えながら、胸を張ってやってくる。

 良く知りもしない相手のハズなのに、そんなイメージだけはハッキリと思い浮かんでいた。


 荷台で作業をしているディムをボーっと眺める風にして、エイジの頭は忙しなく動き続ける。


「さて、エイジ様。

 そろそろ宜しいでしょうか?

 御覧の通り、正門の守りは彼に一任しております。

 しかし、彼一人で充分だと、考えております」


 エイジの不安を見透かしたように口髭の男は話す。

 男からはエイジの背中しか見えていない。

 けれど『悲壮感』という言葉が似合うその背中に、男は最早エイジの心は折れたことだろうと確信を覚えていた。


「ねえ!

 お願いがあるんだけど!」


「……なんでしょう?」


 振り返るエイジは笑顔だった。

 違和感を覚えるが、それでも逃げ出そうという気概を感じられないエイジの雰囲気に、口髭の男は素直に話を聞くことにした。


「この子は……シーカは、もういいでしょう?

 僕一人なら、この先抵抗もしないよ。

 ただこの子だけは、外に出してやってよ。

 僕が勝手に連れてきただけだから、心残りなんだ」


 エイジは肩を掴んで少女を近くに寄せる。

 灰色の少女。

 口髭の男としては、この少女が何故この場にいるのかもわからない。

 アイテムを持ったエイジの、付属品程度にしか考えていなかった。


「……いいでしょう。

 ここで無駄に提案を断って、変に暴れられても面倒ですので。

 私の仕事は『アイテムを持ったエイジ様を引き渡すこと』、一点です。

 それ以外のことは、お好きになさればよろしいかと」


 だからだろうか。

 特に考えることもなく、提案を受け入れていた。

 気まぐれで連れてきた灰色が、たまたまここまで連れまわされただけ。

 ならばこの少女に人質の価値があるかどうかも怪しい。


「では、シーカ様はここで解放ということで。

 エイジ様。参りましょう」


「待ってよ。

 お別れの言葉くらい、言う時間を頂戴。

 それくらいのモラトリアムは、君にも許容できるでしょう?」


 確かに、予定時刻にはかなりの猶予がある。

 ならばそれくらい構わないだろうと、口髭の男は恭しく一歩下がった。


「ありがとう!

 ……ねえ。シーカ」


 掴んだままになっていたシーカの肩を回すようにして、エイジは少女と顔を見合わせる。

 少女は灰色らしく、焦点の合っていない目をしていた。

 駅で出会った時と同じ、奥底に強い意志を感じる瞳。


 少年は優しく、語り掛けるように微笑み向ける。

 もう一度、今度はもっと優しい声で少女を呼ぶ。


「ねえ、シーカ。


 シーカはさ―――――――

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