8-4:第1章
唐突に現れた三人の黒服。
エイジとシーカは、その三人の男になすすべなく拘束されている。
パトカーが来た方向とは反対の車線には、エンジン音の出ない、電気自動車が止められていた。
「クソがッ!!!どうして気付けねえ!!!」
「新発田さん!!増えました!!!」
新発田が慌てて銃を抜くと、コンマがそれを制止するように手を翳す。
電気自動車の後ろから、大型の車が二台現れる。
黒服たちの近くに停車した大型車。
その後ろでは、離れた場所で一台の大型車が既に停車していた。
停車していた車の、横開きに開いていたドアからは、黒服四人がアサルトライフルの銃口をこちらへ向けていた。
新発田は銃を腰から抜き出した位置のまま。
向けられた銃口に抑えられて、自分は構えることも出来ない。
バジュラはとっくに刀を抜いていたが、ここまで距離が開いていると、流石にアサルトライフルに対抗するのは難しい。
銃口を向けられ行動を躊躇した隙に、エイジとシーカはそのまま近くに停まった車に乗せられる。
ドアが閉まり、車は急転回して来た方向へと去っていく。
「やられたッ!!!
応援呼んでくる!!!」
そう言うと新発田はパトカーへ駆け出した。
唖然とした顔で、車が去っていくのを見つめるばかりのコンマ。
しかしバジュラが刀を抜いたまま歩き出すのに気が付くと、慌ててその前へ出て制止する。
彼女の発する不穏な雰囲気を察し、咄嗟に出た行動だった。
「待って!どうするつもりなの!?
相手はどう見ても大きな組織だし、あんな銃を揃えていたんだよ!?
ここは僕たち警察に任せて――――」
「おい……邪魔しないでくれ……。
邪魔をするなら、お前を斬らなきゃいけない……」
先程までとは違った、低く抑えられた声。
声色だけなら到って冷静な風なのに、コンマにはそれが酷く恐ろしく感じた。
次の瞬間、本当に斬られるのではないか。
そんな重圧を全身に浴びて、コンマは癖になっている『サイの発動』を行う。
*
コンマはサイキックである。
コンマのサイ――――特殊能力は、『筋肉を硬質化させる』こと。
力こぶを作るように、体に力を籠めるだけで、彼の筋肉は鉄以上の硬度を持つ。
部分的に硬質化させることも可能だが、基本的にサイを発動すれば全身に能力が適応される。
これはコンマが癖になるまでサイを訓練した結果だ。
彼は身の危険を感じると、無意識レベルで全身を硬質化させる習慣がついていた。
*
“癖”でサイを発動したからかもしれない。
それとも“正常化バイアス”と言ったらいいのだろうか。
とにかく、身の危険を感じ、能力まで発動したというのに、コンマはどこか『流石に急に攻撃はされないだろう』といった慢心があった。
そして、『攻撃されたとて、刀では自分は傷ついたりしないであろう』と。
「あなた。とにかく一回落ち着いて、とりあえず話を――――」
「ごめんな。急いでるんだ――――」
コンマの気遣うような声は、バジュラの悲しそうな謝罪に追いやられる。
彼女を落ち着かせようと差し出した手は、一瞬にして視界から消えたバジュラを見失う。
刀の滑る音。
その後に“きん”と鳴る、刀が鞘に収まる音。
コンマはそれを後ろで感じると、自分の体が思うように動かない気がした。
遅れて、右脇腹辺りを痛みが走る。
剃刀負けして、肌を斬ってしまった時の、ひりつくような痛みだ。
その痛みはいつの間にか左胸辺りに移動する。
いや、移動したのではなく、線が伸びたように痛みが広がったのだと、遅れて気がつく。
ゆっくりと撫でるように、感覚はやってくる。
鈍くなる痛み。それと、脱力。
頭で直接喚いたような、心臓が爆ぜる音。
バジュラへと差し出した手を、そのまま肋骨辺りで滑らせる。
その手にぬるりと纏わりついた自分の血液を見る。
コンマはその後、全身の毛穴から血が噴き出すような感覚と共に、地面へと倒れ込んだ。
「コンマァァァァ!!!!」
異変に気が付いた新発田がコンマへ駆け寄る。
既に地面にへばりついていたコンマを、動転したまま持ち上げ抱え込む。
「嘘だろおい!!!
鉄より硬い体だろう!!?」
サイは途切れていない。
コンマの体は鉄のままだ。
新発田はそれを手の感触で確かめながら、信じられない物を見たといった様子で、去っていくバジュラを震える視線で睨む。
「新発田さぁ……ん。
僕が……僕が悪いんです……!
考えなしに、彼女の邪魔を……!」
「ああ!そうだな!
そらお前が悪い!!!
だからちょっと我慢して待ってろ!!!
今救急信号送った!!!
マーカー追って数分しないで助けが来る!!!」
コンマの要領を得ないうわ言に、新発田は深くは聞かずとも理解を示す。
その上でコンマが悪いと突き放す。
新発田の『良識』の中では、これはコンマの自業自得となるらしい。
公務員傷害兼公務執行妨害の犯人が、連れ去られた仲間を追って走る。
新発田はそれを言葉で咎めず、ただ見送る。
どちらが悪いかはっきりと決め付けた、その上で、それでも相棒を傷つけた女の背中を睨んでいた。
*
「あー。やってしまった。
警官相手に、やってしまった」
異常な速度で走るバジュラ。
しかし、既に視界から姿を消した車を追いかけるには心もとない。
シティサイクル程度の速度は出ているようだが、息を切らした様子もなく独り言を言っていた。
「まー。やってしまったものは仕方ない。
ホント、この先どうしようか……」
それは警官を斬り捨てた責任をどう取るかという意味でもあり、果たして攫われた二人を探しにどこへ向かえばいいのかという自問自答でもあった。
勢いで飛び出したはいいものの手掛かりはない。
軽く流すようなフォームで走っているのは、行く当てもないジョギングになってしまっているからだった。
「おい。おい!
嬢ちゃん!ニノマエの嬢ちゃん!」
途方に暮れていたせいで深く考え込んでしまっていて、始めは自分が呼ばれていると気が付かなかった。
声の方を見てみれば、少しふらつきながら石津ウーゴがバイクで並走していた。
「嬢ちゃん!一旦止まれ!
なんてスピードで走ってやがんだよ……!」
「ウーゴ!!
どうしてここに!?」
バジュラが走る速度を緩めるのを見て、ウーゴも同様にゆっくりと停止する。
「ああ。頼まれたんだ。
嬢ちゃんが困ってるだろうってな」
「頼まれた……?」
今日この街に来たばかりの彼女には、助けをくれる相手に心当たりはない。
困惑する彼女を横目に、ウーゴはバイクを降りる。
「乗ってけ!
ツケで良い。
その代わりに価格は400万丁度だ」
「は……?!
い、いいのか……!?」
ウーゴが乗ってきたバイクは、バジュラが欲しがっていた“SHINOBI”。
新車での公式価格は1500万である。
「どうせいずれはお前にやるつもりの物だ。
それに、足は必要だろう……?」
「マジか!マジかウーゴ!!!
愛してる!!!!
お前最高だよ!!!」
勢いに任せてウーゴに抱き着くバジュラ。
まだ抱えたままにしていたバイクが倒れそうになって、ウーゴは慌てて立て直す。
「おいおい落ち着けよ……!!」
全身で喜ぶ姿を見て、ウーゴも照れ臭そうに笑う。
なんとかバランスを取りながらバジュラが離れるのを待つと、気を取り直して真面目な顔を作る。
「詳しくは知らねえが、大分厄介な仕事に入れられたらしいな。
紹介した俺も、少しは責任を感じてる」
「いや、ウーゴは別に――――」
掌をバジュラの顔の前に翳して言葉を遮るウーゴ。
「それはとりあえずいい。
急いでるだろ?
先ずは俺達もよく使ってる“個人医院”の名刺だ。
念のため持っとけ。
それとディーノからの伝言だ。
『困ったら、最初の目的地に向かえばいい。
大体の騒動はあの周りに集まるハズだから』
だそうだ。
俺には良くわからんが、あの馬鹿はバカの癖に情報だけは不思議と握ってる。
“信用できる人間だ”、とは口が裂けても言えねえが、今回の件に限っては俺が責任もってやる。
こっちでも新しく何かわかったら連絡を入れるから、行先に迷っているようならとりあえず向かっとけ!」
捲し立てるウーゴが差し出した紙の名刺。
それを受け取る際に目についた、右手首の赤いミサンガ。
「“ディーノ”からの伝言、ね……!
わかった!ウーゴを信じてみよう!」
名刺を胸ポケットに入れ、バイクを受け取りそれに跨る。
ハンドルの感触を確かめるように、嬉しそうな顔でエンジン音を吹かす。
バジュラはあと一言だけを、言い逃げのようにその場に残して走り出す。
「色々ありがとう!借りとく!」
「貸さねえよ!!!
……ったく。
俺にも責任があるっつったのによ。
このくらい、貸しにしたくもねえよ」
一瞬で遠ざかる背中に文句をつけると、ウーゴは煙草に火をつけて忙しない女を見送った。
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