8-3:第1章

 スカーフェイスは口元を覆った手を、何かを引っ張るような仕草でスライドさせる。

 口の端から頬骨近くまで伸びた傷痕が、その仕草に合わせて開いていく。


「そうじゃん!

 スカーくんってばサイキックやんけ!

 やっべ!危険人物要注意!!!

 みんな……!

 えっと……!

 がんばれ!」


 適当過ぎるディーノの指示に合わせるように、窓からスリングショットが放たれた。

 太いダーツの矢のような形の弾が、まっすぐスカーフェイスの胸元へ襲い掛かる。


「しゃらくせえ!」


 スカーフェイスは左腕を右から左へと振りぬく。

 弾丸は左の掌に飲み込まれ、『かこん』とマヌケな音を立てて弾かれた。


 スカーフェイスの左手には、渦の様な黒い模様が蠢いていた。

 スーツの上からでは判り辛いが、手袋を付けたように段々と左手全体が黒く染まっていく。


 ぱん!!!


 地面に上手く突き刺さっていた弾丸が軽い爆発を起こす。


「危ねえな!!!時限式かよ!!?」


 咄嗟に左手足で急所を守っていたスカーフェイスは、けれど驚いて目を見開く。


「おしいね。

 避けたり掴んだりしたら、刺さったのに」


 窓からスリングショットを構えた少女は、先程までの好戦的な笑みを無くして、表情すら無くしてマフィアを見下ろしていた。


 スカーフェイスの腕や脚には、爆発と同時に飛んできた小さな釘のような破片がいくつも刺さっている。


 弾丸の不自然に膨らんだ部分には、パイプ爆弾のような仕組みが備わっていた。

 超小型化された上に、遅延起爆機能まで搭載されている。

 その当然の結果として、爆発自体は爆竹程度の破壊力しか出ていない。

 けれど中から飛び出す破片は、当たりどころによってはかなりのダメージをもたらすだろう。


「ベッキー、オモチャ、好きダナ。

 悪戯ハ、それでもイイ、ケドナ。

 挨拶ハ、もっと派手がイイ。

 オデ、見本、見せル」


 バンの隣を陣取った大男は、訥々と、しかしよく通る声で独り言のように話す。

 すると、どこから持ってきたのか、大きなショッピングカートを引いてきた。


 その中には大量の瓶や陶器。

 がちゃがちゃと音を立て、その中の瓶を一つ取り出すと、大男は瓶から出た布に火をつけた。


「ふっざけんなこんな狭い所でなに持ってきてんだテメエええええ!!!!」


 スカーフェイスは叫びながら一目散に反対方向に逃げ出した。

 手下のマフィアも大慌てで逃げ出した。

 赤色の若者たちも散り散りになって逃げだした。 


「ダァァァァァアアアアアアッチ!!!!

 俺達まで見境なしかテメエえええええええ!!!」


 赤色の誰かが怒鳴りながら逃げていくが、直後に次々と投げ込まれた火炎瓶やらお手製爆発物によって、そんな声は霧散していった。


「いいねえ!いいねえ!

 派手でいいねえ!!!

 さあ!マイフレンド共ォ!!!

 クソったれのマフィアと大喧嘩の開幕だァァァァ!!!」


 ディーノは楽しそうに飛んで跳ねて駆け舞わる。

 せっかく取り囲んだ優位性なんてどうでもいい。

 彼はただただ腹の底から湧き上がる喜びを以って、暴力の祭典を開催する。



 エイジは腕を振り上げ、綺麗なフォームで走る。

 バジュラはシーカを右肩に担ぎ、左手には鞘に納めた刀を持って走る。


 赤色の集団が乱入してから、どさくさに紛れてとっとと裏路地から離脱していた三人。

 とにかく目的地へと向かうが、このまま走っていくにもトラブルが多すぎて不安が大きい。

 タクシーでもなんでも、とにかく移動手段を求めていた。


「はあっ!!ああっ!!

 僕みたいなもやしっ子にはこのままっ!!!

 走り続けるのはっ!!しんどいっ!!よっ!!!」


「絶対またトラブルも起きそうだしな……。

 早いとこ、足になるもの探さないと……!」


「もう一旦っ!止まろうっ!!

 通りがかった車っ!

 また銃で脅かしてっ!捕まえよっ!!」


 エイジは息も絶え絶えにそう主張すると、膝に手をついて立ち止まってしまった。


 バジュラはそれを見下ろしながらシーカを肩から降ろす。

 それからバジュラは辺りを見渡してみるが、大通りにも関わらず、運悪く走行してくる車はまだ見えない。


「おっかしいなあ。

 メインストリートに出たはずなのに、殆ど車が来ない……」


「はあ……!ふう……!!

 ……そりゃ、そこらへんで爆発音やら、騒ぎがあったら、なるべく引きこもっていようって思うんじゃない?

 そのうち、灰色とかなら気にせず来るでしょ」


 途切れ途切れに話しながらも、なんとか息を整えるエイジ。

 もう一息大きく深呼吸すると、ようやく顔を上げた。

 すると丁度良く車を見かけて指で指し示す。


「ほら……!

 いいところであそこから曲がってくる車が……!

 あちゃー……!」


『はーいそこの三人。動いちゃ嫌よー!

 やっと見つけたぞボケが!!!

 一歩でも動いたらこのまま跳ね飛ばしてやるから動くんじゃねえ地面に靴を張り付けて持ち上げるんじゃねえ指先までビタッと止めて動かすんじゃねえテメエらそのまま息まで止めて死ね!!!」


 テンションをジェットコースターに乗せた声が、パトカーの拡声器から騒いでいる。

 ようやく見つけた車は、どうやら先程までパープルピンクの車とチェイスを繰り広げていたパトカーらしい。

 パトカーは威嚇のように、サイレンを2,3回刻んで鳴らしながら近づいてくる。


「おいオメーら。

 さっきはよくも逃げ切ってくれたなあ!

 宇佐美オメエは危険運転とスピード違反とついでに公務執行妨害も付けて……!

 ……おい宇佐美はどこ行った?」


「宇佐美ならとっくにわかれたよ。

 アイツはそもそも私たちのヒッチハイクに付き合って貰っていただけだ。

 あんまりイジメないでやってくれよ」


 警官二人はパトカーから降りると、宇佐美を探して辺りを見回している。


 バジュラは宇佐美を目の敵にしている警官――――新発田の前に出ると、頭を掻きながら義理堅く宇佐美のことを庇う。


 新発田の相棒警官である背の高い筋骨隆々な男――――コンマは、バジュラの後ろにゆっくりと回り込んでいた。


 『この件に興味がない』といった顔をしていたが、武器を持ったバジュラに対して念には念を入れ警戒を向ける、仕事柄の癖に近い行動だった。


「あー?いねえのか……。

 あー……もうどうでもいいか……。

 負けだ!負け!

 今回は俺の負けってことで、今日はなんもなかった!以上!

 お前らも、現行犯でしょっぴくことも出来ねえし、とっととどっかに――――おいお前ら何してる!!」


 面倒くさそうに頭を掻いた新発田は、バジュラの後ろに何かを見つけると、腰の拳銃に手をかけて叫び声を出した。

 バジュラもすぐに振り返り、バジュラを警戒していたコンマも、釣られて後ろを見る。


 話に気を取られていた彼女と警官たちの後ろでは、エイジとシーカが口を抑えられながら連れ去られようとしていた。

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