8-2:第1章

 ニノマエは振り抜いた刀を順手に持ち直し、バックステップで軽快にエイジ達の側に戻る。

 マフィア達を威圧するように構えながら、左腕で口元を隠すと、エイジへ小声で語りかけた。


「大見得切ってはみたが、流石にこの人数に囲まれながら戦って、二人を守り切るのは厳しいかもしれない。

 とりあえずカッコつけとくから、打開策は考えておいてくれ!」


「了解……! 

 おねーさんが開いた活路、なんとか隙を見つけ出して……『とりあえずカッコつけとく』ってなに???」


 エイジの困惑は意に返さず、ニノマエは前に出ると、マフィアたちに向かって啖呵を切り始める。


「この距離なら、刀の距離だ。

 大きな銃火器を活かす距離もない。

 ハンドガンの有効射程距離は未だに、精々が5メートルから10メートルと言ったところだろ?

 ……それなら――――私が近づいて斬った方が早い」


「おねーさん……できれば僕に『カッコつける』とか言う前にそれやって欲しかったな……!

 僕も素直に感心したかったよ……!」


 敵がニノマエの言葉に動揺し躊躇を見せる。

 ニノマエの啖呵はしっかりと効果を発揮した。

 しかしエイジはどこか釈然としないものを感じ、口の中で小さく文句を咀嚼した。


「くそったれが。

 刀なんて珍しいもん持ち出しやがって……。

 そういうのはだけで間に合ってるんだよ……!」


 独り言のような愚痴を零す傷痕の男。

 そして、何故か懐の銃を取り出すのを止め、口元に手を掲げる。


「おっほお~!!

 暴れてるねえ~!バジュラちゃ~ん!

 でも、そろそろ選手交代のお時間ですよ~!」


 一触即発の空気に割り込む、聞き覚えのある素っ頓狂な声。


傷痕スカーフェイスくん!おっひさ~!!」


「志邑ディーノォ……!

 テメエ……!何しに来た……!」


 裏路地の、車の止まった出口とは反対側、マフィアを追い立てるように『志邑ディーノ』はそこに居た。

 真っ赤なパーカーを新しく着替え、能面を灰色がかった般若の面に取り換えていた。

 

「ぐすっ……!

 お前ら、マフィアにやられた、オレのバイクの敵討ちに……!

 お前らのせいでなあ!!

 アタシのバイクはご臨終です!!!!」


「おいこら奴らから聞いてんぞ?

 オメエが勝手に突っ込んで自爆したんだろォが!!

 ってかお前も死んでただろ!

 なんでもうここにいるんだよ!?」


「え!?

 そんなことより、なんで私の下の名前知ってるんだ!?

 私言ってないぞ!?

 下の名前は恥ずかしいから、私、ちゃんと隠してたんだぞ!!?」


 わざとらしい泣き声を発するディーノ。

 なにか苦い思い出でもあるのか、ディーノを見た瞬間からイラついている傷跡のスカーフェイス

 そして空気を読まないバジュラ。


 一触即発の空気は一旦鳴りを顰め、赤色の青年へ全員の注目が移る。


「ぷぷぷ!バジュラちゃ~ん!

 きみきみぃ!ちょっと脇が甘いんじゃあないのォ~!?

 貰ったアドレスに、本名フルネーム!

 見つけちゃいました☆」


「ああっ!!しまった!!!」


「しまった!!!じゃないよおねーさん!?

 いつの間に自分の連絡先渡してたの!?

 あんな不審者に!?」


「おい……!

 おいオメーら状況わかって遊んでんだろうなあ!?」


「わー!スカーくんがキレた!

 やだあ!こわーい!」


 先程までの緊張感はこの数分のやりとりで霧散していた。


 ディーノは両手を顔の目の前に挙げて怯えた風な挙動をみせる。

 ひたすらにスカーフェイスをおちょくる構えだ。


「状況ってさあ……。

 こーんな感じ?」


 一転、ディーノはあわあわと震わせていた両腕を、注目を集めるように大きく広げる。


 彼の後ろには赤色の集団。

 そしてスカーフェイスの後ろにも、マフィアの車を手で叩いてアピールしている、赤色を身に着けた若者たち。

 裏路地を見下ろす建物いくつかの、窓やら非常階段や、至る所で赤の人影がマフィアたちを覗いている。


「めっけたよ!!

 ねえねえ!もうやっていいの!?」


「まあだでよ。

 リーダーが遊んどるけえ、もちっとしばらくは様子見かしらねえ」


 窓からスリングショットを構える、赤いゴーグルを首にぶら下げた少女。

 それを独特な訛りの中に色気がある話し方をする、赤いスカートの美女が宥めている。


「オデ、マフィア、殺す。

 のは、別にいいけど、汚れるの、嫌だ」


「ハジキとか投げ物とか使えばいいんじゃね?」


「オマエ、良いこと言う。賢い。

 エラいな。バカのクセに。

 ガンバって、アタマつかってる」


「あんだとテメエ!!?」


 マフィアの車を取り囲んで、つっかえながら喋る赤い革の片手袋をした大男と、ワインレッドのスーツを着た男が言い争う。


「リーダー。ここで合ってた?

 なんか適当に呼んだら思ったより集まったわ」


 ディーノの隣には、赤いキャップを深くまで被った、腰近くまで伸びた長髪の男。


 気が付けば裏路地は、数十人の赤に埋め尽くされていた。


 ディーノは普段通り、明るく宣う。


「はっはっは!

 数の……暴力ってやつだ!

 そう!数とは、暴力なのだ!

 どうだ!この数!

 この数の赤色は暴力的だろう!?

 どうだぁ……!

 そろそろこの数の暴力に、目が痛くなってきたんじゃないか!?


 ……?

 ……なんか、違くないか?」


「なんか違うのは、リーダーのこれまでの人生とかですかねえ」


「そうか……!人生を誤ったのかオレは……!

 なら今日から変わっていかなきゃだよな!?

 そう!ならば今日がオレの新しいハッピーバースデイ!!!

 ……そういうことなので!

 ギブミープレゼント欲しいです!!!!」


 長髪の男が投げつけた、気怠げで辛辣な言葉も、気にした様子もなくディーノはふざけ続ける。


 皮肉も理解出来ているか怪しい敵対者に、対するスカーフェイスは頭を押さえて髪を掻きむしる。


「ディーノォ……!

 テメエ、この件に首を突っ込んで、一体どういうつもりだ……!?

 オマエなら情報握った上で来てんだろォ!?

 あのロクでもねェ“アイテム”の中身をよォ!?」


「当然!

 ってか、お前さん今回のこっち側のメンツ、知らんのか?

 マオミィにボガート、ルサンチマンのおっさんに、シビリアンの連中なんて4人で参加しとったぞ?

 こんな豪華なメンツなかなかないね!

 テンションアゲ!

 当然、多分その殆ど全員が――――全部ご存知の上で暴れに来てるんだよねえ!!!」


「スプーキーがッッ!!!

 クソガキ共ォッ!!

 テメエらも暴れたいだけか!!?」


「へへっ!それはナイショよ!

 そんなこんなで、バイクの仇!

 クソマフィア共!いざ勝負!!!」


「舐めてんじゃねえぞガキがッ!!!」


 クソ反社マフィアは怒りと共に銃を構える。

 クソガキ集団カラーギャングは愉悦を交えて躍り出る。

 裏路地は再度、緊張と混沌で騒ぎ出す。

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