8「裏路地」:第1章
「お前らさあ……そろそろ諦めない?」
左頬に大きく傷跡の残る男が、助手席からエイジ達三人に語り掛ける。
車相手にいくら走って逃げても、結局逃げ切ることなど難しい。
三人はなんとか裏路地に逃げ込むも、先回りされて出口を車体で塞がれてしまっていた。
「あ。おにーさんモールに居たよね?
良く生きてたねー!
みんな撃ち殺したかと思ったけど」
「あ。アレやったのお前か!!
いい腕だなあ。
お陰様で人手が足りなくて、こんな半グレモドキしか残ってねえよ。
ふざけんな面倒臭ぇ」
「アニキ!!
『半グレモドキ』は無くないっすか!?
一応俺らもファミリーっす!!!」
「うるせえ。
お前らナリがガキ臭ぇんだよ。
一端にファミリー背負ってるつもりなら、もっとビシッとしとけ。
せめてあの駐車場の惨状作った、そこのガキくらいは男気見せねえと。
いつまで経ってもお前ら『半グレモドキ』で十分だ」
「ひっでえアニキ!!
俺らも頑張ってますって!!!
そらアニキとか幹部の方はカッコいいからいいすけどね!
俺らだって生きてるんですよ!?
不細工にだって人権はあるんですよ!?」
「何の話してんだテメー。
だからオメエらを使うのダリィんだよマジで」
怠そうな声で好き勝手に言いたいことを言っている傷痕の男。
隙をみて元来た道を戻ろうと、エイジは後ろをちらりと覗いてみる。
しかし今度はマフィアの別動隊が五人ほど、歩いてこちらへ向かってきていた。
更に後ろから追加でもう四人。
車の中に何人乗っているのかはわからないが、全員揃えば二十人弱に囲まれることになるだろう。
エイジは思わず苦笑いを浮かべて両手を挙げる。
下手に動いてすぐに撃たれたのでは、最早対処のしようがない。
それでも活路はないかとぐるぐる頭を動かしながら、リーダー格に見える傷痕の男に話しかけて時間を稼ごうとする。
「あはは……こっちは実質二人なのに、ちょっと気合入りすぎてない……?」
「あー。運が悪かったな。
今大分そっちの運び屋連中に数を減らされて、こっちもケツに火が着いてる。
見つけたら全力で狩って“持ち物”奪って攫って“わからせろ”、だってさ。
いくら出るのか知らねえけど、割に合わない仕事になったな。坊主」
「ちょっとー!他所の運び屋は僕ら関係ないって!!
それに!流石に「坊主」って歳じゃないから!」
「それこそ俺らに関係ねえな。
だから言ったろ?
『そろそろ諦めろ』って」
歩いて合流してくる仲間が十分に近づくと、それを確認してから傷跡な男は車を降りる。
それに続くように、車から次々とマフィアの構成員が降りてくる。
その数なんと八人。
明らかに既定の乗車人数をオーバーしている。
エイジは大袈裟に身じろいで目を見開いた。
「多い多い!何人乗ってんのアニキ!」
「おめーまでアニキって呼んだらもう意味わかんねえだろ。
ま、とりあえず、死んどけ」
エイジは苦笑を深くして、時間稼ぎも限界だと悟る。
もう彼には何も思い浮かばない。
この人数に囲まれて、サブマシンガンと頼りないハンドガンだけではどうにもできない。
エイジがそのように判断し、さっさと生き延びることを諦めていた頃。
同時に、ニノマエの反応が薄いことが気にかかる。
今日初めて会った相手ではあるが、それでもこの絶望的状況で、彼女は怖がったり喚き散らすイメージが強い。
エイジは両手を挙げたまま後ろをちらりと覗く。
ニノマエはちゃんとそこに居た。
シーカを後ろに庇い、ずっと背負っていた長いケースを正面に握りしめ、なにやらぶつぶつと呟いている。
「シーカは可愛い。
灰色のハズなのに、なんかいちいち可愛い。
エイジはなんか怖い。
頼りにはなるけど怖い。
二人は今日初めて会った。
けど、なんとなくいい奴らだ。
なんか好きだ。
それでいい。合ってる。
私の気持ちはそれでいい。
なら、どうする?
一人で突破?ありえない。
金は満額欲しい。
けど、それじゃ、明日笑って過ごせない。
シーカは可愛い。
それが一番重要だ。
可愛いものは、守らなきゃ。
可愛いものは、守るんだ。
切り替えろ。気合を入れろ。恐れるな。
邪魔するものは、斬り捨てる」
ニノマエが顔を上げる。
彼女が呟きを終えてから顔を上げるまで何故か、エイジはじっと彼女の様子を伺ってしまっていた。
目を離せなかった。
気が触れてしまったようにしか見えないのに、呟くたび力強く変わっていく、彼女の覇気に。
エイジはようやく気が付いた。
ニノマエの手にあった、黒いケースが無くなっていた。
目を離したわけではないのに、ニノマエが顔を上げた時には既になかった。
代わりに握られているのは飾り気のない刀。
尾の様に伸びる赤い飾り紐は、飾りと言っても無駄を感じさせない、まるでその飾りすら、刀と一体であるかの様な『愚直さ』を覚える。
ニノマエは視線を落とし、祈るように
「おい?
そこのネエちゃん、そんな得物、いつ出したよ?」
傷痕の男は警戒を持って懐に手を伸ばす。
まだ胸元を膨らませる拳銃は取り出さない。
しかし彼の部下達は彼女の気迫に弾かれるようにして、ニノマエに銃口を向け始める。
「ああ。吹っ切ることにしたんだ。
――――
「斬るってネエちゃんアンタ……」
空気が止まっていた気がした。
マフィアですら彼女から目を逸らせなくなって、その動きを止めてしまったようだった。
けれど本当は、それが一瞬の出来事だっただけで、誰一人動く猶予すらなかっただけで、しかし何故か濃厚な内容が詰まった刹那だった。
視界からニノマエが居なくなる。
ずっと見ていたのに。
後ろから血飛沫が舞う。
視界の端でニノマエが刀を天に振り切っていた。
逆手に握った刀と、振り抜いた彼女の腕が重なるシルエットは、通り過ぎる死神の鎌のようだと、傷跡の男は少しだけ、見惚れた。
視界の端では、マフィア一人の腕と、別の構成員の手首、合わせて二切れ、飛んでいた。
マフィアのものだった“パーツ"に引っ付いて、そいつらが握っていた銃火器も吹っ飛んで、やがてそれらは分離して、落ちていく。
くるくると回って、べしゃりとバンにへばりつく。
生肉を叩きつけた音と、“ごっ”と硬い感触の音が混ざった。
「邪魔をするなら、斬る」
ニノマエは血糊を落とすように大きく刀を振り下ろすと、ただ一言の警告だけを告げる。
「おいおいおいオイ!!!?
っざけんなよオメーもそっちのタイプかよ!?」
焦りだす傷痕の男を横目に、エイジは唖然として言葉を漏らす。
「え、嘘。
おねーさん、強かったの……?」
「え、弱いと思われてたの?!
えっ!?」
「いやいやいや今日一日の自分を思い返してからそれもう一度マジで言ってみてよ」
今になって腕が無くなった二人のマフィアが苦痛に喘ぎだす。
絞り出すような痛々しい声が、裏路地を緊迫感で包み始めた。
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