7-3:第1章

「クソッたれの新兵器か。

 部下からも話は聞いてはいたが、やっぱり気に食わなねえな……!」


 アントニオは先程までの陽気な雰囲気を一切無くして、苛立った様子で口調までが変わっている。

 今回はあくまで情報の擦り合わせ。

 アントニオも元からアイテムの中身については聞いていたはずだが、改めて不快げな素振りを見せた。


「私達が邪魔をしていたのも、そんなものがこれ以上広まったら気色が悪いからだ。

 ……それで?

 ミスタビアンキ……。

 そんなものを運ばせてたお前らカモッラは、この私の苛立ちに、一体どういった落とし前を付けてくれるのかな……?」


 アントニオは部屋中の空気を、針で突けば弾けそうな程の張り詰めたものへと変える。

 ミスタビアンキは表情を変えない。

 後ろに控えたカモッラのアンダーボス達も、身じろぎ一つ見せない。


 マフィアのボスの、個人的な『苛立ち』に対する落とし前。

 あくまでそんなエゴイスティックな要求に、それでもミスタビアンキは真摯に受け応える。


「落とし前……か……。

 そうだな。私もこの件に関しては、知らなかったとはいえ、怒りを覚えている。

 だから勝手にこちらで首謀者にケジメを取らせた。

 それでそちらが納得がいくかは知らんが……。

 まあ、お前さんの個人的な『苛立ち』に対する落とし前と言うのなら、こちらも『勝手なケジメ』で十分だろうと私は判断する。


 ……ドム。持ってこい」


 命令を受けたドミニクは、オーナー机の裏から、潜んでいた“オブジェ”を持ち上げる。

 片手で首を掴んだまま、そのオブジェを掲げて見せるように腕を上げる。


「うわー。マジかよ。グッロ……」


 この部屋で唯一、画面の中のカームだけがに苦々しく反応を示す。

 関節全てが不自然な方向に曲がった“オブジェ”は、それでもなんとか息も意識もある状態で、必死に荒い呼吸を抑えていた。


「“デン”と呼ばれている、ウチの幹部候補の男だ。

 教育不足でコイツが騒動を起こしたこと、上に立つものとして謝罪しよう。

 コイツには罰として、『静かにしていろ』と指示を出した。

 余計なことをした罰としては、『何もするな』というのが丁度良いだろう」


 デンは雑に首を握られ持ち上げられた時も、その際、机の角に骨が露出した太ももが強くぶつかっても、決して声は発さない。

 出血を抑える為に傷口を焼くなどの処理をされながら、万力などであらゆる箇所の肉を裂かれ、いたる所から骨が飛び出している。


 デンは意識を飛ばすことを許されないし、苦痛の呻きすら発することは許されない。

 それでも彼の血走った瞳は、意地と力強い意志を宿して爛々としていた。


「……あー。

 オレが今更何を言っても、反感を買う結果にしかならないかもしれないけどさ……。

 “アイテム”の届け先は、一応『反対派』の企業だと裏が取れた。

 彼の行いは両組織どちらにとっても軽率だったと言わざるを得ない。

 それは否定できない。

 オレとしても看過できない流れだった。

 だけど……まあ、ここまでボロクソになって、その上当然死ぬことも出来ない……じゃん?

 ぶっちゃけ灰色一歩手前だし……ぶっちゃけドン引きだし……なんか……こっからは平和的に解決しない……?」


 カームは自分の密告によって歪なにされた男を目にすると、素直に気分を悪くして打診する。


 ギャングに類する反社会組織の残虐な所業に恐れをなした、といった風ではない。

 怖がっているにしては軽口染みた言葉だ。

 ただ彼は、裏社会に生きる人間にしては少し、良識が足りすぎているようだった。


「はっはっは!!!

 カームくん!君はフィクサーをやっているという割に、随分と感性が善良なようだねえ!!」


 アントニオは普段の陽気な声音を取り戻し、楽し気に笑いとばす。

 自分の膝を叩いて笑う姿は、演技なく喜んでいるように見える。


「いやあ!いいものを見せてもらったよ!

 珍しく音楽がかかっているな、とは思っていたけど、まさかこのくんの気配を紛らわせる為だったとはね!!

 それにしても全く気が付かなかった!!

 カモッラが幹部候補に選ぶだけあって、根性だけは人一倍のようだ!」


「ああ……私も、私が気に入ったからこの馬鹿を使うと決めたんだ。

 まあ、この先こいつがどうなっていくかは、今となってはわからんがね」


 ミスタビアンキの言葉に、初めてデンは身じろぎをする。


「いいよ!ハンガーラックくん!君を許そう!

 私の苛立ちは今、愉快な気分に上書きされたよ!

 だから今回の件は、私の独断と偏見で無かったことになった!

 おめでとう!

 私たちのような『力だけは強い我儘な子供』の不興を買うと、ろくでもない目にあうと、いい勉強になったね!!」


「感謝しようアントニオ。

 君の寛大な心に」


「いいんだ!そんなこと!

 私が手を引こうと思ったのは、『こんな馬鹿馬鹿しいことで君と喧嘩になりたくない』ってのが一番大きな理由だからね!」


 二人は立ち上がって握手を交わす。

 大きな商談が成立した後のような雰囲気ではあったが、今回の件で“差し引き得をした”と言える人間は一人もいない。 

 騒動を起こした側と、それを大きく広げた側が、身勝手にも掌を返しただけに過ぎない。


「よかったよかった。

 なんでかよくわからないけど、一応平和的に収まったみたいで。

 ……提案なんだけど、運んでもらっているアイテムは、そのまま目的地で受け渡してもらうことって出来るかな?

 グレイマンに否定的な企業がデータを手に入れて研究を進めてくれた方が、オレとしてはなにかと都合がいいんだ」


 カームもまた身勝手な要望を述べる。

 自分が密告した為に『ハンガーラック』という名前が増えた人間がいるというのに、結局その仕事はやり切れという。

 再びオブジェになりきってしまった当人が今どう思っているのかは伺い知れない。

 しかしいつかハンガーラックに後ろから刺されても不思議じゃない話だ。


「カモッラとしては別に構わんよ。

 “払い”はいいらしいしな。

 色々と“為になる話”を聞かせてくれた分くらいは、義理があるとも思っている。

 お前のその舐めた態度には、お灸を据えてやりたい気持ちもあるがな」


「わーお。

 オンラインにしといてよかったかも!

 コート掛けになりたくないしね!」


 カームは大袈裟に両手を挙げる。

 つまりその態度を改めるつもりはないようだ。

 

「カッソーラファミリーとしてはどうでもいいよー!

 ここを出たら撤収の指示を出させるから、もう関係ないってことで」


 アントニオはそれだけ言うとソファから離れていく。

 完全に背を向けたアントニオに、ミスタビアンキもそっけなく、彼なりの別れの言葉を告げる。


「行くのか」


「またね!ミスタビアンキ」


 要件は済んだ。

 軽く首だけ後ろに傾けると、片手をあげて別れを告げ、アントニオは部下を連れて部屋を去る。

 

 ミスタビアンキはそれを見送るとオーナー席に座りなおした。


「それで……?

 アレの中に入っている詳しい内容、調べはついてるのか?」


 「あらら?

 興味本位で首突っ込むタイプだったりする?」


「ああそうだ。


 気になったら聞き出す。

 ムカついたらキレる。

 欲しかったら奪う。


 ……それが、ギャングってものだろう?」


「あっはっは!言えてる!」


 カームは『力を持った我儘な子供』を前に、愉快そうに笑う。

 ミスタビアンキはそれを見つめている。


 そのうちに花尾マルツェラは手元に持っていた端末を操作する。

 カームが映っていた画面が消える。


「ああ。そうだった」


 ミスタビアンキはオーナー席の引き出しから大きなハンドガンを取り出し、椅子から立ち上がった。

 銃口を床に置かれたデンに向けると、一切間を取ることなく引き金を引く。


 デンは、頭が弾け飛ぶ最後の瞬間まで、血走った目でミスタビアンキの顔を見つめていた。


「お疲れ。よく眠りなさい。愚か者」


 ────言葉の裏ではいつも誰かの思惑が蠢いている。

 ────見えないように裏側に隠しているのだから、当然それは簡単には覗けない。


 すぐに花尾マルツェラが端末を操作する。

 カームが再び画面に映し出されるのを確認すると、ミスタビアンキはオーナー席に座りなおした。


「さあ。気を取り直して、話を伺おうか」



 エントランスホールを出てすぐ。

 アントニオは部下の一人に車を回させて、それを待つ間、煙草に火をつける。


 もう一人の部下は、先程アントニオから指示された『撤退命令』を回すべく、端末に耳を付けていた。


「はあ!!?

 おい!一体どういうことだ!!

 おい!!!」


 電話を掛けていた部下が急に怒鳴り声をあげる。

 通話先から切られた様子で、その後は呆然と端末の画面を眺めていた。


「どうした?なにかあったかい?」


 アントニオが訊ねると、焦ったように部下はそちらを向いた。


「いえそれが……。

 ファミリーでこの件で動いていた人間が、次々と殺されてるらしく……!

 現在、撤退命令も碌に回らない状況で……!」


 部下の絞り出したような報告に、アントニオはしばらくその動きを止めた。


「ふ……ハッハッハッハ!!

 どうやら、あの『ハンガーラック』くんは、人材を集める才能もあったようだね!!」


 アントニオは楽し気に笑う。

 マフィアのボスは、その陽気な仮面をつけたままに笑う。

 騒動の行く末はもう、きっと誰にも予想できない。

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