7-2:第1章

 インペリアルレジデンス・ビル二階。

 ここには主にオーナーとそのお客様の為の、応接室兼オーナー用執務室が用意されている。


 この応接室には現在、ソファでミスタビアンキが座っている。

 左横後方には、側近である花尾マルツェラが控える。

 そして反対側にはもう一人のアンダーボス『御嶽みたけ・ヨハン・ドミニク』が、軍人のような直立姿勢で、正面の一点を見つめていた。


 現在この部屋には観葉植物すら置かれていない。

 オーナー用の机のような、使用用途のある家具などはあるものの、応接室にしては少し殺風景なのは否めない。

 絵画も観賞用の陶磁器もない。

 部屋を彩り見栄を張り、そんな客人に対する“アピール”は一つもない。

 まるで全て“無駄”なものだと、部屋の主に切り捨てられたかのようだった。


 たった一つだけ。

 オーナー机の裏に、隠されるように横たわっている歪な“オブジェ”だけが、この部屋で唯一耳を澄ませて潜んでいる。


 ホテルエントランスや廊下などに共通して流れているクラシック音楽が、この部屋にも届いている。

 主張しすぎない、ささやかな音量で音が鳴る。

 それはこの無言の空間で、寧ろ静けさを強調しているようだった。


 静かな部屋に、ノックの音がクリアに届く。


「どうぞ」


 花尾マルツェラがノックに許可を出す。


「失礼します」


 カモッラの構成員が応え、扉を開ける。

 外側に開いた扉を支えながら、お辞儀のような手振りで客人を部屋へ誘導する。


「やあ!ミスタビアンキ!

 会うのは一年以上振りになるかな?」


「いいやアントニオ。

 半年前に“新薬”の件で会っただろう」


「おー!そうだったな!

 どちらにせよ“お久しぶり”だな!」


 客人は部屋に入って早々に、親し気に、明るく楽し気な調子で語り掛ける。


 客人の名前は『カッソーラ・マルコ・アントニオ』。

 カモッラと同じく、東地区を主な拠点とするマフィア、『カッソーラファミリー』のボスである。


 アントニオの後ろにはミスタビアンキと同じく、幹部級の部下を二人連れている。

 底抜けに明るく見えるアントニオとは対照的に、部下二人は不機嫌そうにも見える無表情で付き従う。


 声を掛けられたミスタビアンキは、ソファから立ち上がるとアントニオと親し気に握手を交わした。


「それで?

 今回呼び出したのはどんな要件だい?」


「ああ。悪いな。

 本来なら俺から出向くところを」


「ああ!いいんだよそんなことは!

 偶々ここらに用事があってね!

 君のとこの花尾くんからの連絡に、『こっちから出向くよ』と断ったのは、私自身なんだから!」


 鋭い視線が花尾マルツェラを射抜く。

 どういう意図の籠った視線だったのか、それだけではわからないが、花尾マルツェラはその視線をさらりと受け流して微笑みを返す。


「ああ。やっぱりいいね……!

 ねえ。花尾くん、やっぱり私にくれないかい?

 本当にスパイシーでいい男だよ彼は……!」


「部下は、道具であっても物じゃない。

 私が好き勝手に使うことはあっても、私の一存で売り買いすることはないよ。

 逆に、引き抜きに口を出すつもりもない。

 迷惑にならない程度に、本人と後で直接やってくれ」


「ああ……!つれないねえ……!

 まあ、結局花尾くんが私に『イエス』と言ってくれないのも、いつもの流れなんだけどねえ」


 身振りを大きく大袈裟にアントニオは項垂る。

 ここまでは、今や定型となった挨拶のようなものだった。

 ある程度は本気で言っているのだろうが、『言うだけ言ってみるだけ』といったやり取りに、それでもミスタビアンキは律儀にいつも通りの返事を返す。


 軽い助走のような会話は早々に終わらせて、ボス二人は対面でソファに腰掛けた。

 入り口に近いソファにはアントニオ。

 ミスタビアンキも対面の席に腰を落ち着ける。


 ミスタビアンキは一息つくと、改まって鼻から大きく息を吹き出し、まるで『意を決した』と言わんばかりに話を始める。


「本題はわかっているだろう?

 今回ウチが受けることになった“仕事”についてだ」


「ああー……アレね!

 こっちの部下もちょっかいかけてるみたいで。ごめんね!

 ……でもさあ?……らしくないよねえ?

 あーんな“厄介事”。

 私のファミリーが思わず、しまっても、仕方がないと思うんだよね?」


「ああ……。

 ウチの馬鹿が手配した日雇いにちょっかいを出している件なら、今更あれこれ文句を言うつもりもない」


 今度は本心からの溜息を零して、ミスタビアンキは本題を続ける。


「わざわざ来てもらったのは、私に部下のやらかしをタレこんできた、最近この街で仕事を始めたっていう“フィクサー”と面通しをしてもらう為だ」


 ミスタビアンキがそう言ったのを合図に、花尾マルツェラは持っていた端末を操作する。

 オーナー机の対角に、天井からモニターが降りてくる。


 花尾マルツェラが再度端末をいじるとモニターは起動し、その画面にはバストアップで男が大きく映し出された。


「こんにちは。この街で悪者のボスをやっているお二方。

 オレは『カーム』と名乗っている。

 しがないお仕事斡旋業者だよ」


 画面の男は自らを『カーム』と名乗ると、ボス二人に向かって軽く手を振ってみる。


「カーム……私は初めて聞く名前だねえ!

 この街に来たのは最近だって言うけど、一体どうしたって、ミスタビアンキに密告なんてしようと思ったんだい?」


 アントニオは陽気な声色とは正反対の鋭い視線をカームへ向ける。

 カームはそれを意に介さずにへらへらと答える。


「密告とは聞こえが悪いなあ。

 まあ、オレみたいに、偉そうに“フィクサー”とか呼ばれている人種は、しっかりと自分の組織を持っている悪党と、折り合いが悪いものだと相場が決まっているもんねえ……?

 警戒する気持ちもわからなくはないよ。

 でも、ミスタビアンキもオレの情報の裏取りくらいはしているでしょう?

 だからその辺の警戒心は、持つだけ無駄だと思うけどなあ」


「まあ……多分ウチの部下に情報を流したのも、きっと君なんだろう?

 なら、こっちのファミリーでも裏くらいは取ってるだろうし、そこで騙してどうのこうのってのは、一旦ないものとして伺おうかねえ」


 カームの言葉に一応の納得は見せて、アントニオは話の続きを促すように頷く。


「ありがとう。

 ではまず理由から話そうかな。

 といってもシンプルに、『オレも企業が嫌いだから』ってだけなんだけどね」


「まあ、やっぱり裏はカンパニーが居るよねえ……。

 それで?

 結局アイテムの中身はなんなんだい?」


 アントニオは自分の持つ情報と相手の差し出す情報を擦り合わせていく。

 少しでもこちらを騙してやろうという素振りを見せたなら、すぐに相手を敵と認識するために。


「アイテム“本体”の中身はねえ……。

 『灰色兵士グレイマン』の作り方だよ」

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