4-2:第1章
「うおっ!ディーノ居たのか!」
ニノマエは容器をはみ出してクリームが乗っているカップを、両手に持って帰ってきた。
そして見覚えのある顔を見つけては、戻ってくるなり身構える。
「居たのか!って居ちゃ悪いか!?
やだもうおじちゃん傷ついちゃう……!」
いつの間にか丸テーブルの空いていた席に座ったディーノは、お面に両手首を擦り付けるような仕草で猫なで声を出す。
「悪いってこたあないが……。
いや、さっきの今でビックリしただけだよ」
「それより……二つも飲むの?
さっきパフェも食べてそれは……流石にお腹壊さない?」
「おおおおおおお!!!!!
銀色のポピーパイを啜って食べてる片目を抉られたアンドロイドがあああああああ!!!!!!!!」
ニノマエが適当に誤魔化していると、エイジが怪訝そうな顔を向ける。
甘いものを苦手ということは彼女には伝えてあるので、流石に自分に買ってきてくれたものではないだろう。
そんな風に思いつつも、並々クリームが乗っているカップを両手に抱えている様を見ると、謎の警戒心が湧いてくる。
「いやいや。ちょっと……。
良かったら、これ、一緒に飲まないか……?」
灰色の少女に片方のコップを差し出す。
少女がコップや彼女に視線を向けることはない。
それでもニノマエは少女の視線に届くまで、テーブルに置いたコップをゆっくりとスライドさせていく。
「いやいやいや。
その子“灰色”とちゃうんけ?
灰色になったら基本的に“思い出の中”にある行動しかせんよ?」
「いや……なんとなく一人分買うって気分じゃなくて……。
さっきから何も口にしてないし、もしかしたら飲むかなって……」
ディーノの言う“思い出の中”とは、要は『灰色になる前』の習慣だ。
***
“灰色”とは、心を壊してしまった人類の、綺麗な呼び名である。
元は“廃人”だとか、“病み人”とか、“発狂者”とか、“失せ者”だとか、そんな呼ばれ方をしていた。
現代、人類は死を克服した。
しかしその中で、死ねずとも死者のように変化してしまう人々がいた。
曰く、『新人類の、新しい死の形』。
曰く、『我々は死を克服したのではなく、“生に縛られるという地獄”に連れてこられた。その根拠である』。
曰く、『目に見える分、死よりもグロテスクな末路』。
灰色は他の不死者と何も変わらない。
どんな傷でもいずれは治り、どんな病もいずれは治る。
そしてどれほどの年月を生きようとも、生き続ける。
ただ一つだけ他の人々と違うことは、『心を失っている』ということ。
銃を向けられたなら怯える素振りを見せる。
殴られたら怒り出す。
毎朝決まった時間に家を出て、仕事へ赴く。
あるいは決まった場所を徘徊して、決まったものを食べ、決まった娯楽に耽る。
そんな素振りを見せる。
しかしそこには如何なる感情の動きもなく、如何なる意思の働きもない。
あるのは、『灰色になる前に行っていた行動の記憶』。
ただそれだけだった。
灰色はまるでプログラムに従う機械のように、『思い出』から取り出した過去の自分の行動を繰り返す。
しかし不思議なもので、ただ繰り返すだけではない。
例えば先述の通り銃を向けてみると、怯える。
そのまま脅せば────勿論人によって対応は変わるが────持ち物を差し出させることもできる。
“思い出”の中で自分がしてきたこと、そこから予測される“しそうなこと”まで、灰色はコピーして行う。
しかし、灰色は“自分”を更新できない。
灰色の暮らしからは、新たな学習も創造もない。
例えば毎朝見るニュースをいつも通り見て、通勤ルートで強盗殺人が起きていることを聞く。
そしていつも通り通勤し、いつも通りのルートを通り、何故かわからないが強盗に出くわしてしまう。
銃を向けられて怯えて金目の物を奪われる。
そしていつも通り家に帰って、シャワーを浴びて寝るのである。
それが灰色の暮らし。
一見すると一つ一つの行動は『普通』かもしれないが、明らかにそれは『異常』。
関われば『ああこの人は“心を失った”のだ』と、心がわかっているならきっと、誰しもすぐにそうだと気が付く。
それは『長い生に疲れてしまった人間の行きつく先』なのか、
あるいは『何か心を覆い隠したくなるような苦しみを感じ、自己防衛のために心を失った』のか、
もしくは『人間の頭とは、精神とは、心とは、そもそもそれ程長い年月を生きられるようにできていない』ということなのか。
詳しくはなにもわかっていない。
灰色になる理由も、灰色になる確実な方法も、勿論灰色にならない予防策も。
だから人々は死の代わりに、あるいは人によっては死よりも残酷な『止の恐怖』に怯えることになる。
“灰色”とはそういう存在だった。
そして医療技術も脳科学も年々大きな発展を見せる今、現代まで。
未だ“灰色”から元の自分を取り戻した例は、報告されていない。
***
シーカはエイジに手を引かれた瞬間から、壊れたように何も話さない。
ニノマエがシーカと行動を共にした時から、ニノマエは少女が何か反応を返した所を見ていない。
いつも通りから逸脱しすぎて、挙動がおかしくなってしまったのだろうか?
そんな機械に対するバグかなにかのように、ニノマエ自身も考えてしまっている。
けれど、それでもニノマエはなんとなく少女を人間として扱ってみたくなった。
今までだって別に物のように扱っていたワケではないけれど、意識的に何かアクションを起こしてみたくなったのだ。
別に急に人権意識に目覚めたわけじゃない。
特に少女に対して同情心とか、なにか特別な感情を抱いたわけじゃない。
ただなんとなく、ただ気まぐれで、『自分がされたら嬉しいこと』を与えてみたくなった。 それだけだった。
“灰色”の少女はゆっくりと手を伸ばす。
目の前に置かれたカップをさも、『そう指示されたから』というような仕草で手に取る。
片側がスプーン状に加工された、大きめのストローの飲み口を、上品に先の方だけ咥えた。
「「あ……飲むんだ……」」
ニノマエとディーノの両者から、気の抜けたような驚きが漏れた。
その間、シーカは驚いたように目を見開いて、一心不乱にミルクシェイクを飲んでいた。
「……そんなにおいしい?」
ニノマエが恐る恐るといった感じで訪ねると、シーカは見開いた目が元に戻らないまま、首を縦にゆっくりと振った。
そして意を決したようにカップに建造された純白の雪山を眺める。
ストロースプーンをゆっくりとクリームの山脈へと差し込み、慎重に雪山を削り取って口へと運ぶ。
無表情なのは変わっていないはずなのに、口を引き締めて目を閉じた顔は、わかりやすく甘味への幸せに打ち震えている様子だった。
「ディーノ……どうしよう……」
「なんや。ニノマエちゃん」
「どうしよう……この子……!
……めっちゃ可愛くない???」
「激しく同意」
「大豆イソフラボンから人類への反逆!!!!
すぐそこに迫る全人類発芽計画が!!!!
ああ!!!ああ!!!今!!!
オレの脳からもやしが生えた!!!!
なア見てくれ!!!
そろそろ頭蓋を突き破ってえええええええええええもやしがああああああああ!!!!!!!!」
視界に“可愛い”を収めながら、ニノマエは自分もシェイクを啜って、その旨さに目を見開いていた。
「いやこれは値段分の価値はあるわ……!」
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