4「ミルクシェイク」:第1章

 南警察署前の十字路を、西へしばらく進む。

 徒歩十分もしないうちに、左手にアーケードが見える。

 そのままアーケードを抜けると、手前にある商店街アーケードと提携しているショッピングモールが見えてくる。


 ショッピングモールとは言ってもここのメイン店舗はファッションと娯楽施設だ。

 映画館、ゲームセンター、果てには屋内プールやテニスコートまで。

 屋外ステージでは定期的に何かしらのショーが行われている。


 ニュータウンの地理に明るくない三人組は、とりあえずビルを出てすぐ近くのガソリンスタンドで、飲み物とパンフレットを買った。

 ちなみにニノマエは他に煙草を二箱補充していた。


 この街に“旅行者向け”の物はあまり見られない。

 “パンフレット”と言っても、メインの内容は地図だった。

 そこに申し訳程度に『○○をするならココ!』といったプロモーション記事が載っている。

 恐らくこのパンフレット自体、“企業”がスポンサーになって発行されている物なのだろう。


 人の肉体すらデジタルと一体化する時代で、それでも“紙の地図”というものは、不思議と多少の需要があるらしい。


 “新顔ニュービー”三人組は素直にパンフレットの広告に従って、この複合型商業施設『ヘイウッド&ハイランド“スクエア”』へと来ていた。



 『ヘイウッド&ハイランド“スクエア”』の中心部。


 屋外ステージのある中庭のような広場で、ニノマエはパフェを食べていた。


「ん~おいし~!!!

 ……じゃなくて!!!

 こんなに呑気にしてていいのか……?」


 ニノマエは自分の頬に手を乗せて、今にも甘味に全身を支配されかけていた。

 しかし鉄の意思と鋼の警戒心を以って、今が“仕事”の最中であることを思い出す。


「んー、良いんじゃない?

 と、言うより。

 『なるべく人目につく場所で時間を潰せ』っていう指示があったからここに来たんじゃない。

 だったら甘い物でも食べながら時間を潰してた方が、建設的だと思うけど?」


 そう言うエイジは『甘いものは苦手だから』とストレートのアイスティーを飲んでいる。

 “灰色”の少女はここまで素直に連れてこられてはいるが、流石に注文まではしていなかった。


 三人は丸テーブルを取り囲み座っている。


 『人目につく所ならここだろう!』と、パンフレットを指さしたニノマエの提案でここまで来たはずだった。

 けれど今となっては、彼女が一番気後れしてしまっている。

 正確に言うならばパフェを半分ほど食べた辺り、欲望が程よく満たされた頃合いで現状に気が付いたようだ。


「確かに私がここを提案したのも、『人目につく』からではあったがなあ……。

 ディーノにも散々脅されて、流石にもう少し危機感を持った方がよいのではないかと……!

 ヤバい物を運んでるかもしれないのに……」


「おねーさん、ヤバい物運ぶ度胸はある癖に、変なところで小心者だねえ。


 ディーノさん、これの中身については触れなかったけど……。

 いや、話す時間が無くなっただけかもしれないけど、とにかく、大丈夫だよ。

 これ、中身ダミーだし」


「……ふぁ?」


 パフェの底部分を口に運んでいる最中だったので、変な声のリアクションになっていた。

 そして最早「ジョージ・マイケル」と、ディーノをそう呼ぶ者はいなくなっていた。


 エイジは“アイテム”が入っているはずの黒い箱を取り出し、適当に丸テーブルの中心に置く。


「だって、変じゃない?

 時間指定はまだわからなくもないけど、『人目につくように』って指令オーダー

 本気でこれを届けて欲しいなら、普通逆でしょ?


 『この時間まで見つからないようにして“ブツ”を守りなさい』ならまだわかるけど。

 『指定された時間まで、その辺を人目にプラプラしてなさい』ってことは……。

 まあ、十中八九“オトリ”だね。


 『“本命”がどこかで本物を運んでいるから、お前たちは精々目立って、妨害者をかく乱しなさい』ってことでしょ。絶対」


 話を無言で聞きながら、無心で残りのパフェを口に運ぶニノマエ。


「まあ、それも含めて『話を聞いて降りたければとっとと帰ってくれていい』って言ってたんだと思うよ?

 明らかに“デリバリー”とは言えないし……。

 まあ成功報酬制だから、もしかしたらこの“ダミー”を届けることにも、何か意味があるのかもしれないけどさ」


「……!!!

 オマエ……!!さては……!?

 頭がいいな……!?」


 パフェを食べきったので漸くニノマエも寸感を述べることが出来る。


「んー。

 こういうのって頭の良し悪しというよりも、『細かいことが気になるかどうか』っていう、性格の問題じゃないかな?


 あそこにいた人たちはそういう“言い回し”に慣れていそうだったから……。

 多分、“培ってきた経験値”的な理由で、全員理解して仕事を受けてたと思うよ。


 まあ、ディーノさんが気が付いていたかは怪しい所ではあるけれど……。


 だから最悪、このあからさまな“ダミー”が奪われるようなことになっても……あんまり気にしなくていいんじゃない?

 評価は下がるだろうけど、僕たち新顔だからそもそもそこまで期待されていないだろうし……。

 一先ず前金の100万は確実に貰って帰れるよ?」


「おお……!

 それじゃあ!私は追加でミルクシェイク買ってくる!

 ……ただのミルクシェイクで1,500も取られるなんて……!

 実は気になってしょうがなかったんだ!」


 ニノマエは意気揚々とパフェを買った露店へ向かっていった。


 エイジはアイスティーで唇を湿らせると、パンフレットの一部を破いた。



「やあー!やあやあやあ!また会えたなあ!」


 ニノマエがなかなか帰ってこないなと、巡回していたウエイトレスに食器の片付けをお願いした、そのすぐ後のことだった。


 相変わらず能面をつけてフードを目深に被ったディーノが、それでも“楽しそうな顔”と形容すべきテンションで現れた。


「ディーノさんじゃん。さっきぶりー」


「おーうディーノさんやでー!

 ……アレっ?

 オレってば本名名乗ったっけか?

 ……ま、ええか!


 そんなことより、メメちゃん知らん?

 さっきのビル出ていっそいでここまで来てみたら、いつのまにか後ろおらんでな?


 いやあ……不思議だ……!」


「あっはっはっは。

 不思議だねえ」


「え。なんですか?

 その渇いた笑いは……?」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 そんな他愛のない……というには少し調子外れな挨拶をしていると、遠くの方で男性の雄叫びが響いた。

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