10-3:第1章

 バジュラがディムの元へ帰ってくると、そこは沢山の警察車両に包囲されていた。

 二台ほど装甲車の姿も見られる。

 完全な厳戒態勢だった。


「おお……!?

 これは一体……えっ、大丈夫か?これ」


「オーディエンスは気にしなくていいぜ、嬢ちゃん!

 オレ様のレールガンが派手過ぎて、驚いて飛び出してきたってとこだろう。

 なあに!どうせ奴らには何も出来やしねえよ!」


 困惑するバジュラをよそに、ディムは煩わしそうそう言うと、不敵な笑みを浮かべるだけだ。


 わずかに残っている市民への避難誘導をしたり、テープを張るなりして通行止めを行っている警官が、忙しなく辺りを賑わせ始めていた。

 装甲車二台の内、比較的ディムの近くに停めている一台の裏から、拡声器によって警官の警告が響く。


『オーバーヒート!!

 テメエこんな往来で暴れだしてどういう了見だ!!

 一応警告はするが、お前の行為は市民の安全を著しく脅かしている!

 場合によってはテロ罪適応もありうるからな!?」


「うるせえ!!

 どうせオレ様のサイを止める手立てなんてねえだろうが!!

 無闇に破壊する趣味はねえから、そこで大人しく守りでも固めてやがれよ!」


 ディムの怒号に合わせて、彼の纏った電撃が装甲車を襲う。

 拡声器を持った警官は装甲車の裏になんとか隠れて難を逃れている。

 どうやらあの電撃に装甲車を貫くほどの性能は無いようだ――――それはバジュラにとってなんの救いにもならない情報だったが。



「おおおおばあああひいいとおおおおお!!!!!!!!

 仕事で近くを寄ってみれば!!

 こんな所で貴様を見つけられるとはなあああ!!!!」


 インペリアルレジデンス・ビルの方角から、男の声が響く。

 そこに居たのはトレンチコートに中折れ帽を被った男。

 ディーノに『ルサンチマン』と呼ばれていた男だった。


「おーいルサンチマンのボケジジイかよ……。

 嬢ちゃんと遊ぼうって時に、なーんでこう面倒くせえ横やりばっかり入るもんかね……」


 ディムはやる気を削がれた様子で嘆くと、右外腿に付いた金属の箱から、異様な大きさのハンドガンを取り出した。

 箱は外側へと開き、銃を抜けば閉じる。

 どうやらあの箱は武器の格納庫となっているようだ。


「オーバーヒート……!

 手慰み程度に受けた仕事など、最早どうだっていい……!

 ここで会ったが百年目!

 今日こそ貴様を殺して!海に沈めてやる!!!」


「『ここで会ったが百年目』とか、実際に使ってる奴ァ初めて見たよジジイ」


 ルサンチマンはディムに向かって駆けだす。

 ディムはまだ銃すら構えない。

 やる気のなさそうな顔で、呑気に走る姿を眺めているだけだ。


 懐からレバーアクションのショットガンを取り出すと、ルサンチマンはそれをディムに向かって何度も撃ちつける。

 それでもディムはつまらなそうにそれを見ているだけだった。


 銃口から飛び出した散弾は、その全てがディムの纏う電流に流されるように彼の後ろへと逸れていく。

 結局何度リロードを繰り返しても散弾は掠りもしないまま、ルサンチマンはディムの目の前へとたどり着いた。


「相変わらず小癪な能力だ……!

 だが!この距離なら手傷も負うだろう!!」


「だあから、『小癪』とかイマドキ聞かねえって」


 今度はディムも銃を構える。

 ルサンチマンより速くに狙いを定めたディムは、容赦なく引き金を引いた。

 ディムの持つハンドガンは、その大口径に相応しい威力を以ってルサンチマンの胸に大穴を開けた。


「無念……!

 だが……!タダでは死なん……!!」


「だから『無念』ってよお……あん?」


 ルサンチマンは凶暴な笑みを作りながら、その体を爆散させた。

 トレンチコートの裏に隠していた爆薬を起動させたようだ。

 装甲を身につけ、全長3メートル近い巨体となったディムを、爆炎が飲み込んでしまう程の自爆だった。


 煙があたりを包んで、ディムの姿は完全に隠される。

 流石にあの距離で高威力な爆発を浴びれば無事では済まないと思われたが、煙が晴れた後もディムは無事な姿を見せた。


 近くの地面に刺さっていた看板を電流で引き寄せ、盾のようにして身を守っていたのだ。

 流石に無傷とはいかなかったものの、受けた傷は精々頬を掠めた程度のものだった。


「っぶねー!忘れてたぜ!

 このジジイ不利になるとすぐ人間爆弾やるんだった!

 ったくよお……だから嫌だぜこのジジイ。

 『海に沈めてやる』とかいいながら、自爆したらしょうがねえだろうがよ。

 

 ……今度はオレ様が待たせちまったな嬢ちゃん!

 さあ!――――やろうぜ……!」


「ええー……。

 ちょっと強すぎません……?」


 心底嫌そうに口元を歪めた後、思い出したようにバジュラに笑いかける。

 しかし、引き攣ったバジュラの顔を見て、ディムの表情は一気に垂れ下がっていった。


「嬢ちゃん……震えてるが、大丈夫か?

 オレ様があまりに強すぎて、萎えたか?」


「おう!怖いぞ!!

 気を遣って貰って、ありがとう!!

 でも……――――――やるから」


 震えを誤魔化すように、軽い跳躍をその場で数度。

 刀一本、この街ではあまりにも頼りない手札を構え、バジュラは前を睨む。


 垂れた表情筋は一度に持ち上がる。

 ディムは凶悪な、そして心底嬉しそうな笑顔で――――容赦なく彼女に襲い掛かる。



「おっしゃァ!!上等ォォ!!!

 手始めだ!

 なんとか“もたせて”くれよお!!」


 ディムの左外腿と、右肩近くに付いた金属の箱が開く。

 中から現れたのはチェーンガンに似た機関銃だった。


 それが彼の動きに合わせて大量の弾薬をバラまき始める。


 バジュラはすぐにバックステップで移動し、その場から駆け出す。

 ディムはその巨体のイメージそのままに、あまり機敏な動きではない。

 それでも大量の弾薬は辺りの敵を撃滅するには十分な火力と制圧力だ。

 若干の動きの鈍さなど大した弱点にならないとばかりに、バジュラの周囲はその火力によって破壊される。


 道路はボロボロに捲りあがり、アスファルトが粉のように弾け、辺りに舞って視界が塞がる。


「しまった!

 ついやりすぎた!

 なんも見えねえ!

 おい!嬢ちゃん!まだ生きてるか!?」


 焦った声でバジュラを探すが、舞い上がった土煙は思ったより酷い。

 収まるまでしばらく様子を伺うと、そこにバジュラの姿はなかった。


「おお!避けたか!?

 小手調べとは言え、なかなか良いじゃねえか!」


 楽しそうに笑うディム。



 その頃、バジュラはというと――――


「なあ、アレ、どうすれば近づけると思う?」


「ああ!?」


 拡声器を持った警官の隣で、装甲車の裏に隠れていた。

 戦闘の様子を集中して見ていた警官は、いきなり隣に生えてきたバジュラに、思わず腰を抜かして地面に尻もちをついた。


「いやあ。なんとかアイツを潜り抜けて、あのビルに仲間を助けに行かなきゃいけないんだけど……。

 私、刀しか武器がないんだよね。

 近付こうにも銃弾の雨だし、なんかアイツの周りバチバチいってるしで、怖くて……。

 無視してビルに入ったら、流石に追いかけてくるだろ?

 それはそれで怖いし、マジどうしよう……」


 怖いと嘆いている割には能天気に聞こえるバジュラに話しかけられ、警官も一体どうしたものかと唖然とするしかなかった。


「おっ……!

 いい物発見!」


 なにかに気が付くと、バジュラは装甲車の裏に転がっていた腕を拾い上げる。

 その腕はルサンチマンのもので、バジュラの目的はその手に握られたままだったショットガンだった。


「散弾なら!ちょっとは当たる!」


 嬉しそうに左手にショットガンを携え、右手には抜き身の刀を構えた。

 鞘は黒いバックに入れたまま、装甲車の後ろに置いておく。


「よし!一回やってみるか!」


 そう言うとバジュラは装甲車から飛び出す。

 周りの音に紛れているお陰もあって、彼女は完璧に音を立てずに走り出す。

 その場にいた警官は、そのあまりに速い速度と気配の少なさに、一瞬バジュラを見失う。


 ディムは彼女の接近に気が付かない。

 バジュラは超低空を滑るように駆け抜ける。


(なるほど。体の近くほど、電流は強くなってるみたいだ)


 ならばとバジュラはそのまま低い姿勢を保ち、ディムの足元に近付く。

 そして一瞬で通り過ぎると、ディムの左足のチェーンガンは『がこん』と音を立てて落ちていた。


 何事かと視線を下に向けるディム。

 無力化されたチェーンガンを見つけ、殊更嬉しそうな顔になる。


「おいおいおいおいやるじゃねえか嬢ちゃん!!

 一目見た時から気に入っていたが、オレ様の見る目に間違いはなかったなあ!?」


 駆け抜けるバジュラを見つけると、残った右肩のチェーンガンを乱射する。

 しかし高速で走り抜けるバジュラに、狙いは全く間に合わない。


「速すぎだろ嬢ちゃん!?

 まさかそういうサイキックかあ!?」


「サイキックじゃないし、身体もナチュラルだよ!

 だからちょっとは手加減してくれ!」


「はあ!?冗談だろ!?」


 驚きのあまり銃撃を一時中断してしまう。

 ディムが驚いたのは、勿論『手加減』という部分ではなく、彼女が肉体強化すらしていない生身の人間だという点についてだ。


 流石にここまでの動きを見せられたら、なにかトリックがあるものだと思っていた。

 けれど彼女は当然のように自分を『ナチュラル』だと言った。


 ディムの常識に当てはめれば、そんなことはありえなかったのだ。

 何しろ、彼自身が今の武装をコントロールするために、数々の身体改造をその身に施しているのだから。


「体を改造するのって、なんか怖いじゃないか!!」


「ハッハッハッ!!

 将来有望だ!!

 じゃあ、続きと行こうか!?」


「ちょっと待った!!!」


 心底愉快そうに笑い、手に持つハンドガンをバジュラへ構えるディム。

 しかしその直後、バジュラは手を前に翳して制止する。


「……ああ?」


「さっき動いてみてわかった!

 『銃が無くなった分、軽くなっていいなあ』とか思ってたけど、アレだ!

 ……ホルスターが引っ掛かってちょっと気になる!」


 そう言うとバジュラはジャケットを脱ぎ捨て、背負うように付けていたリボルバー用の肩ホルスターを外す。

 その際、手に持っていた武器は邪魔くさいので丁寧に地面に置いている。


 脱ぎ終えて武器を構えなおすと、数度肩を回して感触を確かめる。


「いい感じだ!

 ありがとう!待たせた!

 続き!────やるか!」


 軽くジャンプした後に、刀と笑顔をディムへと向けた。


「……楽しいねえ、嬢ちゃん!

 まだまだ、もうしばらくぐらいは、くたばってくれるなよォ!!」


 嬉しそうに、どこか寂しそうにディムは笑う。

 バジュラも笑う。

 恐怖を、暴力の狂乱で飲み込んでしまうために。

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