10-2:第1章
インペリアルレジデンス・ビルへと向かうシーカ。
この建物はエイジのいるビルとは隣り合わせの位置にはあるが、かなり敷地が広い。
ホテルマンが代わりに駐車を行うサービス────バレーパーキングの為に、エントランス前にはかなり広い庭のような敷地が広がっている。
そのお陰か、表でディムが起こした騒ぎは、あまりここまでは届いていない様子だった。
シーカは敷地内に入り、それでも走り続けてようやく玄関口に辿り着く。
「はあ……!っはあ……!
パンフレットには……『エントランスホールに呼んだ』って、書いてあったけど……!」
膝に手をついて、息を整えながらエントランスホール内を見渡すシーカ。
高級そうなホテルに似つかわしく、エントランスホールはとても広い。
ホテル受付の他、宿泊者以外も利用可能なレストランやバーカウンターのあるラウンジなどもある。
更に奥には宿泊者、主にVIP用の別ロビーもあると、パンプレットに記載があった。
シーカはこのような高級宿泊施設にはあまり縁がない。
どこを探せばいいのかと視線を彷徨わせている内に、しかし相手の方から呼びかけがあった。
「ちーっす。
あれま。ホントに灰色の子が一人で来てるわ。
随分急いだっぽいね。
息めっちゃ切れてるけど、ダイジョブそ?」
声を掛けてきたのは、高級ホテルには似つかわしくない若者言葉を話す女性だった。
TPOに配慮したのかサマードレスに着替えていて、一目見ただけでは探していた人物かどうかがわからなかった。
けれど、彼女は間違いなく、ミルクシェイクを飲んだ時のモールに居たウエイトレスだった。
「はいはいー。
これ、預かってた荷物ね。
いやー。これで百万は美味しすぎじゃんね?
サービスで飲み物くらい奢ろっか?」
「いえ……。大丈夫です……!
荷物……ありがとうございました……!」
まだ少し息が上がっているが、なんとか姿勢を正してウエイトレスから荷物を受け取る。
エイジが彼女に運ばせていたのは黒い箱、『アイテム』だった。
彼女への依頼は、バジュラがシェイクを買いに行っている時の出来事である。
シーカは灰色のフリをしてそれを見ていた。
エイジはシーカ一人で受け取りに来る可能性すら見越して、彼女に仕事内容を書いたパンフレットの切れ端を渡していたらしい。
スムーズに受け取りが済めば、ウエイトレスに一礼をしてすぐにシーカはエレベーターへ向かって歩き出した
後はこのビル内でアイテムを受け渡せばミッションクリアだ。
エレベーターの呼び出しにボタンを押す。
待っている間、両手いっぱいに抱えていた荷物のことを思いだす。
とは言ってもバックも何も持っていなかったので、とりあえず腰に巻いた飾りのベルトにパンフレットを挟んで、それを支えに銃を差し込む。
なんとかベルトに銃が引っ掛かってくれて、バランスは悪いが一先ずは手が空いた。
残された黒い箱は、どうしようもないのでそのまま手で持ち歩く。
エレベーターが到着し、それに乗り込む。
歩く度に銃が落ちないかと心配になる。
でも、今持っているものすべては、絶対に自分に必要なものだと確信している。
持ちきれないほどの荷物を抱えて、シーカを乗せたエレベーターの扉が閉まる。
*
エレベーターが高層階まで上昇する。
その間、シーカは自身を振り返っていた。
彼女がこの街に来た目的は、『兄を探すため』である。
エイジに初めて会った時、言っていた言葉に嘘はない。
灰色のフリをしていた理由も、それに付随したものがあった。
彼女がこの街を訪れたのは、10日程前。
なんの伝手もなく、ただ兄を見つけ出したい一心で、セントラルステーションに降り立った。
世間知らずで当てもない、16歳の少女が過ごしていくには、この街は暗すぎた。
始めの2日目、いや、初日には既に、兄を探す少女は犯罪者に目を付けられることになる。
適当に弱みを作らせて娼婦にでもしようとしたのか、その辺に居る半グレのように便利に使おうとでもしたのか、とにかく倫理もクソもない類の人物に絡まれた。
その時は通りがかりの人に『新顔には親切にするのがこの街の流儀だ』と助けられたが、いつまでもこのまま無事で居られるとは到底思えなかった。
事件が過ぎ去って3日間。
シーカが街を訪れてから6日目の朝日を迎えるまで、南地区の安宿で、引きこもるように過ごした。
このままではいけない。
そんな風に考え続けて、それでも街はまだ少し怖くて、外に出られなかった頃。
安宿の窓から世界を眺めていたシーカは、一つの法則に気が付く。
街の住人はいい意味でも悪い意味でも、灰色に対して過度な干渉をしない。
悪感情か同情心か、それとも無意味なことだと思っているのか、とにかく何か事件が起きても、灰色は主要な被害者にはなりづらいのだ。
もちろん流れ弾を受けることはあるだろう。
それでも目的に必死だった少女には、一筋の光明に見えた。
その後エイジと出会うまで、少女は灰色としてなんとか今日まで無事に過ごせた。
まさかこんなにも早く灰色のフリを止めることになるとは思わなかった。
けれどもエイジの顔を見て、もう灰色に戻るつもりにもなれなかった。
「ああ……今日は本当に酷い1日だね」
思い返して独り言。
その顔は言葉とは裏腹に、優しくて曖昧な笑顔だった。
「これを届ければ、私たちの勝ち。
『せっかくなら、勝って終わろう』……」
言葉を並べて、歯を食いしばる。
なんだか泣きそうな気分だった。
エイジも、バジュラちゃんも、今日初めて会っただけの他人でしかない。
好きなものも、嫌いなものも、何処から来たのかもよく知らない。
エイジの言う通り、シーカ自身もせっかくなら『勝った!』と笑って終わりたい。
それでも、このままもし二人が酷い目に合わされるのなら、それは本当に“勝ち”なのだろうか?
「私は、私の出来ることを。
頼まれた、この仕事だけでも、やりとげる」
本当にそれだけでいいのだろうか?
それだけで胸を張って二人の元へ帰れるのだろうか?
いつの間にかあの二人を『帰りたい場所』だと感じるようになっている自分に気が付いて、眉を顰め、唇を引き締め、それでも一筋の涙を流す。
なんでこんなに感傷的なんだろう。
なんでこんな涙が出るんだろう。
ああ、そうか。
「私、あの二人のこと、好きなんだ……」
気に入ってしまった。
居心地がよかった。
みんなで騒ぎながら逃げた今日が、ただ楽しかった。
そんなことで泣いて良いのだ。
16歳の少女には、それで充分だったのだ。
今、自分が出来ることが、あまりにもちっぽけで、それが悔しくて泣いたっていいんだ。
初めて会った人間に、馬鹿馬鹿しい感傷を込めて泣いたっていいんだ。
気が付いた瞬間、涙は次々と溢れ出す。
けれど表情を崩したりはしない。
立ち止まってしまわないように。
一度立ち止まれば、再び歩き出すのに一時間は必要な気がした。
だからシーカは涙を拭い、そろそろ辿り着くエレベーターの階数表示を睨みつける。
「バジュラちゃん、エイジ、無事でいてね」
死ぬことなんてない。
そんなことはわかっている。
けれども死ぬより酷い目に遭わされることだってある。
世間知らずの少女がこの街に来てから学んだことだ。
だからこそ目を逸らさずに、自分の出来ることをやり続けるんだ。
決意を新たにした少女を乗せた箱が、その扉を開ける。
***
東地区警察署。通称“東署”。
今日は小さく“騒ぎ”が連鎖している。
こんな日は大きな事件に発展することが多い。
そんな警戒心を持ちつつ、“詰所”と呼ばれる部屋で十数人の警官が待機している。
小さな騒ぎの知らせは、恐らく南地区との境界線近くを北上中。
そろそろ大きく“弾ける”気がすると、誰かが声を掛けるでもなく装備の準備をして待機する署員が多かった。
とは言っても、気の抜いた雑談をこなしながらの装備点検だ。
詰所内は程々の騒がしさがある。
東地区は『大物』や『武闘派組織』の活動拠点が多い。
つまり弾ける時には大きく弾けることが多い。
そんな時、彼ら警官の役目はもっぱらが避難誘導。
万が一にも市民への流れ弾を防ぐ。
犯人逮捕など二の次であった。
理由は単純で『どうせ賄賂等で長期間の拘留、ないし投獄は難しいから』である。
署員の中にも賄賂を受け取っている人間が多い。
ここはそういう街だった。
貰えるものは貰っとく。
どうせ自分が受け取らなければ他に行くだけなのだから。
それでも市民の被害は可能な限り防ぐ。
警官の道を志したのは、誰かを守る人間になりたかったからだ。
そんな天邪鬼な矜持を持ち合わせた矛盾警官達を主として、こういった日には詰所に多くの署員が集まる。
「通報だ!
一番地インペリアルレジデンス・ビル付近で、サイキックが暴れてる!
情報が正しければ暴れているのはサイキック名『
ゼムライトの野郎ッ!
アイツが“遊び出す”と加減が無ぇから覚悟が出来た奴から来い!!」
詰所入り口のドア枠を叩きつけるようにして、一人の警官が中に喚く。
瞬間、雑談の声はピタリと止まり、通報内容に意識を集中させていた。
全ての内容を聞き終えた後、即座に詰所内の警官全員が出動に向け動き始める。
ディムがレールガンを放った、その三分二十一秒後の出来事である。
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