10「過充電」:第1章

 ばちっ!


 小さく、火花のようなものが音を立てる。

 ディムの後ろ、何故かビルのエントランス内にあるトラックへ、その火花は飛んでいった。

 するとトラックの荷台はひとりでに、二枚貝のように開いていく。

 開いた荷台からは、メタリックな鈍色の、大きな腕が見えた。


「“パールアームズ”!!

 インストレーション!!!!」


 その時!

 バジュラの耳には、軽快なBGMが流れ始めた!

 そんな気がした。


 ディムの掛け声と共に、彼の全身を更に激しい電流が走る。

 彼の周りを暴れまわる電気の奔流は、何かを引き寄せるようにトラックの荷台へと向かっていく。

 『バチバチバチ……!』と派手な音を鳴らしながら、荷台から覗いていた腕が、空中へと持ち上がる。


 それは腕だけではなく“四肢”だった。

 背中には大きな四角い金属のバックパック。

 左腕部分は先端が何かの発射口に見える大きな凹型をしており、腕の横から肩部分へ繋ぐように何本も管が伸びている。

 右腕は比較的スリムな腕部分に、しかしガチャガチャと金属のパーツやら箱型のアタッチメントやらが取り付けられている。

 両脚は大きな厚底の靴を履き、脚の外側に、ここにも箱型のパーツが付いている。

 太もも部分は異常に太く、見るからに何らかのギミックが備わっていそうだった。


「“過充電ジ・オーバーヒート”!!

 モード“パールシェルクラブ”!!

 ウェイク・オン!!!!」


 ディムは叫び声と共に飛び上がる。

 両手両足を広げ、宙に大の字で浮かぶ。

 どういう原理か、滞空時間が長く感じられた。


 電流によって引き寄せられた“四肢”が、彼の体に装着される。

 がこん!と大きな音を立てて着陸すると、腕を大きく振ってポーズを決めた。

 その全身は常時電流を纏っていた。


「――――……!!!!」


 唖然とするバジュラ。

 口を閉じるのを忘れ、前かがみのように腰が曲がり、爆誕したメタル人間目掛けて、震える手で指をさす。

 戦慄く顎を、その震えを利用するかのように動かして、声を漏らした。


「か……っ!!かっこいい……!!」


「……ッ!!?

 わかるか……ッッ!

 この――――ロマンがッッッ!!!」


 一瞬で共鳴する二人のロマン。

 嬉しそうに笑顔を見せるディムは、見せびらかすように左腕を大きく振って、そのまま左方向へ向けた。


「褒めて貰った礼だ!

 ――――嬢ちゃんに良いものを見せてやろう……!」


 ディムの左腕についたチューブに電流が強く纏わりつく。

 先端の発射口はバチバチと音を立て、球体に見える光を産み出す。

 光球は膨れるようにその形を大きくし、やがて凹の形に沿って、発射口を光で埋める。


「これがッ!噂のッッ!!

 レールガンだぜェェェッ!!!!」


「ちょちょっ!!

 やべえ!!

 あの馬鹿の狙いはこっちだ!!!」


 レールガンの狙いは、数百メートル先でこちらの様子を伺っていたらしいマフィアだった。

 その中に居たスカーフェイスが、仲間に警告を叫びながらも、慌てて我先にとその場から走り出す。

 路地裏で見た顔が5,6人ほど、路上駐車していた車の影から慌てて飛び出す。


 ボンっ!


 思ったよりも音は低く、爆発のような発射音。

 かと思えば『キィン……!』と耳鳴りのような音が耳に届き、その時には既にレールガンは着弾していた。


 弾速が速過ぎて、バジュラの動体視力でもその弾道は光の筋が伸びたようにしか見えなかった。

 実際にしばらくの間、光の弾道が線になって宙に残っていた。


 光に飲まれた車は、金属の灰になってあたりを舞う。

 まるで蒸発したかのように原型を留めていなかった。


 発射の余波は、光が掠ってすらいない周囲の建物を揺らす。

 光の弾道自体にはそこまで威力が備わっていないのか、バジュラ達の近くでは被害が見られない。

 しかし着弾した車の周囲では、窓はことごとく割れ、壁はひび割れ、標識は地面に頭を付けるようにぐにゃりと曲がっていた。

 周囲の店の看板が何枚か、勢いよく舞い上がってこちらの近くで突き刺さっていた。


 着弾地点には、赤い箱がいくつか残されているのみである。


 かと思えば、散々な状態になったブティックの中から、左半身を顎のあたりまで黒く染めたスカーフェイスが、様子を伺うように出てきた。


「――――一瞬で箱化してやがる……!

 あの馬鹿……!クソ過剰な威力を人に向けやがって!!

 ……あー。

 オーバーヒートの馬鹿相手だと割に合わねえ。

 あの姉ちゃんはどうせ殺されるから……うん。

 俺はとっととズラかろう!」


 彼一人は無事にやり過ごしたようだったが、部下は悉く『箱化』していた。

 スカーフェイスは悪態をつきながらも、ディムを警戒しながら撤退することを選ぶ。



「どうだい!嬢ちゃん!

 カッコいいだろう!!

 ついでに露払いはしといてやったぞ!」


 ディムは嬉しそうにバジュラに語り掛ける。

 バジュラは遠くを眺めては、固まった首をギシギシと、やっとの思いでディムへ向けた。

 顔だけは向けたものの、その目線は左斜め下方向、地面に落とされて酷く震えていた。


「すっごいカッコいいけども……!

 すっごいカッコいいんだけども……!!

 アレがこれからこっちに向けられるんでしょうか……!?

 目の前で一瞬で人が箱になるなんて、流石に初めてみたんですが……!?」


 バジュラは引き攣った口端でぼそぼそと嘆く。

 都合のいい部分しか聞こえていなかったディムは、嬉しそうに笑いかける。


「そうか!カッコよかったか!

 いやあ!やっぱり嬢ちゃんはロマンがわかる!」


「ああ、露払いも、ありがとうな。

 なあ……ありがとうついでに一つ、頼みがあるんだが」


 バジュラはもう一度遠くの『箱』を眺めながら、諦めたように話しかける。


***


 この世界の人間は、その全てが不老不死であるとされている。

 完全な肉体部位の欠損ですら、時間を掛ければ自然治癒が可能だ。


 不死のない時代からの基準で、不死の体でも『死亡』という『状態』は存在する。

 基本的に『心拍動の停止、自発呼吸の停止、対光反射の消失・瞳孔散大』の三徴候に基づいて判断され、死亡扱いとなる。


 しかし『死亡』とは最早、ゲームで言うところの『状態異常』程度の意味合いでしかなくなった。


 不死に対する理解も多少は進んだ現代ならば、蘇生措置を施すことで即時蘇生も可能である。

 しかし蘇生されたところで、その直後は全身に麻痺のような感覚が残り、運動機能も著しく低下する。

 これは人為的措置による蘇生、自然治癒による蘇生、そのどちらの場合でも、『死亡からの復活』をした場合に必ず起こる身体異常だ。

 その状態でも日常生活は行えるが、症状によっては松葉杖や車椅子等の歩行補助を受けなければ移動もままならない。

 麻痺が残る期間は個人差があり、死亡前の肉体損傷度合が酷ければ、その分麻痺が長引くとされている。



 また、長時間の『死亡状態』を余儀なくされる場合、人類は別の形態を取るようになった。

 それが俗にいう『箱化』である。


 例えば、頭や肉体の大部分を大きく損傷し、自然治癒による肉体の回復、及び『意識の回復』が長期間困難な場合。

 例えば、死亡状態から更に継続的に『死亡に至らしめる肉体的損傷を受け続けている』場合――――溺れ続け呼吸停止状態が続く、自然治癒が間に合わず出血多量の状況が継続する、等の場合だ。


 上記の内容を主として、どんな要因であろうとも、とにかく『意識のない死亡状態』が続けば、時間に個体差はあれど不死者は『箱』に形態変化する。


 凡そ1メートル四方の赤黒い立方体。

 その形態を経ることにより、例えば肉体損傷が酷い場合の蘇生がしやすくなる。

 人為的蘇生措置も、この箱化を利用した技術である。


 自然治癒が異常発達した人類には、箱化を経由しない死亡、そして蘇生は、寧ろ珍しい事例と言える。

 大抵の場合、死亡状態まで陥らずに回復が可能だからである。



 箱化した人間には意識がある。

 そして、会話すら不可能ではない。


 箱の形態になった人間は、まずは直前に受けた傷による痛みを実感する。

 頭を吹き飛ばされたならその衝撃。

 腹を抉られたのならばその苦悶。

 体を焼かれたのならばその鈍痛。

 ショックによる気絶を経て死亡したならば、その直前まで時間を引き戻されるように“最後まで”痛みを受ける。


 意識を失って回避することは叶わない。

 箱化した人間は眠ることすら出来ず、意識を保ち続けることを余儀なくされる。


 箱化によって体が作り変わるのだから、死亡時の痛みを受け終えた後、身体欠損による継続化した苦痛はなくなる。

 その代わりに、全身に鈍い片頭痛のような痛みと不快感が常時襲い掛かるようになる。

 意識の強制的な継続、そして常時苛まれる鈍痛と不快感。

 それが箱化に伴う代償だと言われている。


 そのような状態での会話が可能な、強く意識を保てるような人間ならば、一応会話が可能だ。

 箱がどのように発声しているのか、未だに解明されていない。

 けれど事実として、箱はその苦しみを外界へと伝え続ける。

 まるで地獄で罰を与えられる亡者のように、箱はよく、怨嗟の呻きを漏らした。


***


「嬢ちゃん。頼みってのは……なんだい?」


 ディムは箱になった人間を眺め続けて、話しに詰まっている様子のバジュラに、鋭い視線を送りながら問いかける。

 箱はまだ先程の衝撃に身を焼かれているのか、痛々しいうめき声を上げ続けていた。


「ああ……その……言いづらいんだが……」


 俯き気味にこちらを向くバジュラに、ディムの視線は更に鋭さを増す。


「あの……バイク……バイクだけは!

 ちょっと裏の方に置いてきてもいいかな!?

 今日受け取ったばかりなんだ!!

 ちょっと凹んだりしただけでも、凄まじく落ち込む自信がある!!!」


 まっすぐなバジュラの視線を受け止めて、ディムは大きく目を見開く。


「バイク……?

 バイクか……アッハッハッハ!!」


 堪えきれなくなって大笑いを始めると、大きな鋏のついた左腕で腹を抱えるようししながら、大きな右手でバジュラに向かってサムズアップを見せた。

 それを間違いなく許可だと受け取って、バジュラは笑みを漏らす。


「おお!ありがとう!

 ちょっと裏に回してすぐに戻ってくるよ!!」


 バジュラは急いでバイクに跨り、近くのコインパーキングへと走らせていった。

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