12-3:第1章

(ああ……エイジ、悪いな……!

 どうやら、助けにはいけないみたいだ……!)


 バジュラは斬り伏せた敵を乗り越え、数歩だけビルへと進むと、力尽きて前のめりに倒れた。


(まあ、アイツなら、自分でなんとかするかもな……。

 元々余計なおせっかいだったかもしれないし……

 ああ……悔しいなあ……)


 朦朧とする意識で、勝利を喜ぶでもなく、渦巻く感傷と戦っていた。

 エイジを助けに行けなかった悔しさと、死に対する恐怖。


(ああ……結局、私のしたことは無駄だったのかな……?

 助けに行けないのなら、この場でくたばるのなら、いっそ……いや、それでも何もしないよりはマシか……


 ああ、死にたくないなあ。

 傷口からどんどん血が……もっとちゃんと縛るんだったよ)



 戦闘の幕引きを、離れた場所から警官は見ていた。

 避難誘導を終え、通行止めをしていた警官達。

 そして、治療を終え、事件を聞きつけて『合流する』と頑なに主張したコンマ。

 新発田は呆れつつもコンマに肩を貸し、同じく離れた場所で見ていた。


 警官が二十人以上集まって、それでも静観するしかなかったサイキックの暴走。

 それに真っ向から立ち向かい、仕舞いには勝利した、一人の女性。

 警官たちは倒れるバジュラを眺め、複雑な感情に揺さぶられていた。


 警官の一人が、倒れたバジュラに向かって走り出す。


「おい!お前まだ怪我治りきってないだろ!

 なにするつもりだ!?」


 走り出した警官――――コンマは、新発田の制止も無視して、ふらつきながらバジュラに辿り着く。


「大丈夫ですか!!?

 意識はありますか!?」


「……!!!」


 バジュラはポケットから何かを取り出すとコンマに差し出す。

 差し出すと言っても、なんとか地面に置いたそれを、コンマが拾い上げただけだ。


「…………!!!」


「どうしました!?」


 バジュラの口が動いていることに気が付き、コンマは耳を口元に近付ける。


「………………!!!!」


 必死に紡がれたバジュラの言葉を聞いて、コンマは急いで背負っていたバックパックを取り外す。

 コンマがいつも背負っているバックパックから取り出したのは、応急キットだった。


「おい……!おいコンマ!何してる!?」


 後ろから追いかけてきた新発田が声を掛けてくる。

 コンマは振り向きもせずにそれに答えた。


「助けるんですよ……!!

 なんのために僕が『応急手当一級』と『上級救命士』なんて資格取ったと思ってるんですか!!」


「いやだがオメエ、その傷を長引かせるのは酷だろ!

 いっそ一思いに――――」


「『死にたくない』と!!!

 彼女はそう言ったんです!!!

 ここまでの傷を負って!必死になって戦いに勝って!

 それでもまだ彼女は死と戦っているんです!!!」


「は……!?正気か……?」


 コンマは叫んでいる間も、的確に処置を進めた。

 既にバジュラの出血は止まり、後は医師による本格的な治療が必要だった。


「車!お願いします!!」


「ああ、だがいいのか?

 ソイツはお前を斬った奴だぞ?」


 コンマはバジュラを担ぐと、激しく揺れを起こさないように歩き出す。

 新発田はその後ろに付いて行きながら、悩むようにコンマに訊ねた。


「……彼女は、『カッコいい』んですよ、新発田さん」


「……どういうことだ?」


「彼女は、警察が雁首揃えても立ち向かうことが難しいサイキックと、真っ向から戦った!

 ただ『攫われた仲間』を助けたい、その一心で!!


 僕は!!恥ずかしい!!!

 人を助ける為に警官になったのに、僕が出来たのは、教科書通りに彼女に立ち塞がって邪魔をして、教科書通りに通行止めをしただけだ!!!

 僕がやりたかったことを、僕が怖くて出来なかったことを!

 彼女はまっすぐに立ち向かっていたのに!!

 僕はその邪魔になることしか!!出来なかった!!!


 彼女は『死にたくない』と!!

 意識を失うまで恐怖に震えていた!!痛みに恐怖していた!!!

 それなのに!決して死を恐れないような人じゃないのに!!

 恐怖と戦いながら、彼女はとうとう勝ったんです!!!


 僕は憧れます!!!

 彼女は!カッコイイんだ!!!」


 前に向かって、歩を進め、暗くなりつつある空へと叫ぶ。

 その姿を見た新発田は、スッキリとした顔になって前に出る。


「そうか!ならいい!」


 そんな新発田たちの目の前に、一台のパトカーが滑り込む。


「使っていくか!?」


「嶋さん?!」


 嶋と呼ばれた――――先程、ディムの銃撃からバジュラによって守られた警官は、急いで車から降りて捲し立てた。


「新発田が運転した方が早いだろ!?

 ……俺もこの嬢ちゃんには助けられた!

 出来ることなら助けてやって欲しい!!」


「まかせろや嶋……!

 ネズミ捕りすら見落とすスピードで医者に届けてやる」


 新発田は運転席に滑り込む。

 コンマは後部座席にバジュラを乗せて、自身も彼女の補助のために隣へ乗り込んだ。


「嶋さん!!

 可能なら彼女の仲間……“エイジ”と“シーカ”だったかな?

 あのビルに連れ去られたので、様子を見に行ってください!!

 彼女、仲間を助ける為に戦ったんです!

 できれば全部助かってほしい……!!」


企業カンパニーのビルか……。

 わかった!

 なんとか押しかけてみよう!!」


「頼みます……!!


 新発田さん!!

 彼女から受け取った名刺です!

 個人医院の住所が書いてあります!

 多分こちらへ向かえってことだと思います!!

 わかりますか!?」


「……そこなら国立病院行くより近ぇ!!

 揺らさねえで全力で飛ばすぞ!!!」


 パトカーはサイレンを鳴らして走り出す。

 それを見送った嶋は、急いでビルへと向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る