エピローグA:第1章

 バジュラが救助される少し前。

 オフィスビル屋上ヘリポート。


「弾切れ。

 バジュラちゃん、持ち歩く銃にはちゃんと装填しておこうね?」


 随分と遠くに笑いかけて、エイジは銃を大事に仕舞う。

 ベルトに挿すようにお腹に取り付けて、ゆっくりとジジの元へと帰る。


「待たせたね。

 ごめんね、どうしても――――勝ちで終わりたくてさ」


「いえ……」


 吹っ切れたように笑うエイジに、ジジは何故か、返す言葉が見当たらない。

 二人は特に会話を交わすでもなく、待機していたヘリコプターに乗り込んだ。


 ローターが回転し、やがてヘリコプターは浮き上がる。


「ああ、ああ、今日は本当に良い一日だった」


 今朝、駅に降り立った時と同じ調子で、エイジは窓を眺めては上機嫌に語る。


「それは……良いことですね」


 釈然としない顔をしながらも、ジジはなんとか言葉を返す。

 ヘリに乗り込んでさえしまえば、エイジが逃走することは不可能である。

 この場にいる社員六名とジジを制圧し、ヘリコプターを奪って逃走。

 そんなことは、この少年の細腕では不可能である、筈だ。


 けれども『逃走劇の幕引き』とは思えないエイジの様子に、ジジは言い知れない不安を抱えていた。


「おー!パンフレットで見た場所、上から見るとこんな感じなんだねえ!

 んー……そろそろ、見えてくるかなあ?」


 エイジは“観光”を楽しんでいる。

 連れ戻されている現状に、陰鬱な気分など一切感じていないように。


「ジジぃ……やっぱり高い所から、外の景色を見るのはキツいんだ?」


「ええ……まあ、好き好んで見るものではない、くらいには思っていますね」


 挑発するような言葉は、別段普段とは変わらない。

 次には無理矢理『外は綺麗だ』とか言って景色を見せようとしてくるかもしれない。

 ジジにとって、あくまでいつも通りの警戒心しか抱かない言葉だった。


「じゃあさ……こういうのは……どうかな?」


 そう言うとエイジはヘリコプターのドアを開ける。


「坊ちゃん……!?

 一体何を……!?」


 あまりにも唐突なエイジの暴挙に、ジジだけでなく周りの社員も腰を浮かせる。

 しかし外から吹き付ける風は非常に強く、思いきりのある行動は憚られた。


「ダメだよお?

 ロックの確認くらいしなくっちゃ……!


 それと――――身体検査もね?」


 エイジは靴下からハンドガンを取り出す。

 硬いジーンズの上からでは、注視しないとそこに銃があることがわからなかった。


 エイジはそのまま、雑に銃を構えた。


「多分これでこの場を制圧するのは無理。

 ――――そう思って、油断したでしょ?」


 エイジは銃を軽く投げつける。

 一番近くにいた社員がそれを咄嗟に受け止める。


「じゃあね!

 僕はまだ遊び足りないや!」


 そしてエイジは両手を広げ――――空へと落ちていった。


「坊ちゃん……!!!?」


 社員も、ジジも動けないまま、落ちていくエイジを見送った。



「ああ……今日はとっても良い一日だった!」


 遥か上空から地上に届くまで、そこそこの時間を落ち続ける。


「ああ!今日も今日とて!!

 ────死ぬにはいい日だ!」


 エイジは死んだことが無い。

 死んだところで、意味がないからだ。

 いくら自分を傷つけても、待っているのは無限の生と、心が壊れるカウントダウン。

 だからこそ少年は『死ぬにはいい日』を探し続ける。

 いつ終わりが来ても良いように。

 いつか終わりが来ることを願うように。


「狙ってみたけど、どうだろう?

 上手く病院前に落ちれるかチャレンジ!だね!」


 少年は自分の体が無重力に放り出されたように思えた。

 暗くなった空は宇宙の様で、下から溢れる光は月面のようにボコボコしていたから。

 実はここに重力なんて無くて、ゆっくりとゆっくりと落ちている気がした。


「ああ!死ぬの!怖いな!

 初めてだ!

 でもなんだか楽しくなっ――――」



 本日は快晴。雲一つもなく。

 ぽつりと少年が一つだけ降って、夜の街に染み込んでいく。

 どこかしこも夜に明かりを灯し始めるが、この深い深い黒が晴れることはなく。

 死体が降った悲劇も悲鳴も、地面へ流れた赤い飛沫も、夜の街に混ざっては消えていく。


 ここは『金と快楽と暴力の街』ニュータウン。

 またの名を『死が最も遠い街』。

 

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