エピローグB:第1章
ニュータウン東地区。
南地区のすぐ隣。セントラルから丁度半分ほど外側に東地区を進めば、看板のない個人医院がひっそりと営業している。
ひび割れ薄汚れた、一見雑居ビルのような建物。
玄関前は吹き抜けた駐車場になっており、バンが停められていて、その奥に玄関扉がある。
「着いたぞ!!!」
新発田の声と共に、コンマは弾丸のように、停車したパトカーから飛び出す。
サイレンの音と、新発田が何度も打ち付けるクラクションに呼び出され、玄関から白衣の男性が顔を出す。
「うるさいねえ……ウチは警察のお世話になるようなことは一つも――――急患か?」
男は一瞬顔つきが真面目になったものの、すぐに元の、ため息でも吐きそうな渋い表情に戻る。
けれども彼はすぐに腕の無い患者に近づくと、ぶつぶつと何か呟きながら、上から下まで全身を観察するようにサッと目線を動かす。
すると、呟きを続けながらも、手慣れた素早い動作で前向きに駐車していたバンのリアゲートを開き、中から畳まれた青色のストレッチャーを引きずり出した。
ストレッチャーは全身が表まで飛び出ると脚を開き、地面に車輪を乗せる。
白衣の男は自分の足でストレッチャー脚部のストッパーを掛けると、コンマに手振りで指示し、患者を寝台の上に寝かせた。
「お嬢ちゃん。声は聞こえるかあ?」
やる気のない医者の声に、それでもバジュラは目を大きく開けた。
「死に……たく、ない!!
死にたくない!!!」
「死にたくないってか?
そいつぁ珍しい奴だなあ。
まあいい。俺に任せとけ」
薄く笑みを作った男の、その言葉に安心したのか、バジュラは痛みに眉を顰めつつも目を閉じた。
*
夢現の中で、ひたすら痛みと吐き気と眩暈と、絶望感が襲ってくる。
痛い。痛い。
なんで死にたくないんだっけ。
なんでこんな苦しい思いをしてるんだっけ。
私はどんな罪を犯して、こんなことになってるんだ。
どうしてこんなに苦しい思いをして、生き続けなければいけないんだ。
いたいいたいいたい。
なんでこんなところに来てしまったんだ。
つらい。さむい。さみしい。
痛くて痛くて痛くて、死んだ方がマシだって、思うくらい痛くて。
みんなみんな、『死なせてやった方がいい』とか、『生きたいなんて珍しいヤツだ』とか言ってくる。
なんなんだ。全く。
まるで悪魔か死神みたいだ。
言いたいこともわからなくもないさ。
死んだって、“失う”ことなんてない。
だったら……。
――――ああ。こんなに痛い思いをするのなら。
ああ、そうか。
みんなそうなんだ。
ずっとずっと苦しくて。ずっとずっと痛いんだ。
ああ、そうか。
どうやらこの世界において、死んでも死ねない人類にとって。
――――死は、救済らしい。
手が、あたたかくなった。
ああ、あたたかいな。
じゃあ、今日はもう、ねようかな。
***
嶋が運転するパトカーが、個人医院へと辿り着く。
警察内無線で場所は聞いておいた。
そこへ、後部座席からシーカが降りてくる。
「バジュラちゃん……!!!」
シーカは脇目も振らず、玄関口へと駆けていった。
外で待機していた新発田は、運転席に座ったままの嶋に近付く。
嶋もそれに気が付き、運転席の窓を開けた。
「嶋!見つけたのか!?」
「ああ、とりあえず一人だけ。
酷い顔で『バジュラちゃんは無事か!?』って詰め寄られて、すぐに連れてきた。
俺は今から戻って、もう一人、男の方を探してくる」
「そうか。……いや、俺も行こう。
コンマ!お前はここで二人に付いとけ!」
「ハイ!お願いします!」
パトカー二台はそれぞれ現場へ戻っていった。
この場でコンマが出来ることはもうないのかもしれないが、彼女たちを置いて行けば何処へ居ても気が気じゃなくなってしまうだろう。
だからコンマは素直にこの場で待機することにして、少女が入っていった個人医院の中へと向かう。
「バジュラちゃん!バジュラちゃん!!!」
中に入ればすぐに、泣きそうな――――いや、泣き声を出す暇も惜しんだ、悲痛な叫びが聞こえてきた。
コンマはなんとか声のする方向へ近付いてみるが、その叫び声に心が痛んで、立ち眩みのような心地になる。
そんな風にもたもたとしていると、白衣の男がコンマの隣までやってきていた。
「一応処置は終わってる。
後は自然治癒が間に合えば死なずに済む。
ただまあ……出血が酷い。
輸血はしたが、もしかしたら自然治癒が間に合わずに……ってこともある。
ここからは個人差、気力の戦いだな。
――――ははっ……!
こんな診断は随分久しぶりにしたな……」
彼は最後に、口が緩んだように笑った。
“万が一”は宣告したものの、彼自身は『もう大丈夫だ』と感じているのかもしれない。
自身を情けなく思いながらも、そんな医者の様子を見て、ようやくコンマも金縛りを解くことが出来た。
コンマは叫び声に近付いて、泣き叫ぶ少女の肩に手を乗せる。
「しっかり、手を握ってあげるんだ。
君の熱を、彼女に移すように。
それから名前を呼んであげて。
優しく、呼びかけるように」
少女がストレスでやられてしまわないように、『こうするべき』とあえて言い切った。
根拠なんて全くないが、真剣なコンマの様子を見て、少女は素直に頷いて言われたとおりにしはじめる。
コンマの手の届く範囲は、所詮この程度でしかない。
後は患者自身と、もしかしたらこの少女の頑張り次第。
それでもコンマは、『所詮この程度』が行える場所に居られることを、感謝すべきとすら思った。
***
数日後。個人医院の病床にて。
バジュラは無事に、死ぬことなく目を覚ました。
「バジュラちゃん!!!
先生!先生!!!バジュラちゃんが!!!」
少女の声が急いで遠ざかるのを、バジュラは寝ぼけた頭で聞いていた。
「おー。起きたか―。
よかったなあ。無事、死なずに済んで」
白衣の男が現れ、寝ているバジュラに声を掛ける。
バジュラは咄嗟に体を起こそうとして、力が入らず枕に沈んだ。
「ああ、いいって、起きなくて。
流石にしばらくは力も入らんだろう」
「あー。治療してくれた医者か?
ありがとうな。
お陰様で、死ななくて、良かったよ」
天井を見つめて、噛み締めるように呟いた。
そんなバジュラの視界に、突然医者の顔が侵入してくる。
「いいの。いいの。
これも商売だから」
「あー、まあ、まあ、そうだよな。
いくらだ?」
寝ぼけた頭に金の話は正直しんどかったが、後回しにしても更に億劫になるだけだ。
そう考えたバジュラは、何の気なしに治療費を訪ねる。
「まず始めに。
ここは役所から営業許可を取ってない個人医院だ。
俺は一応一度は免許を取っている医者だが、まあ、最近更新はしていない。
その代わりに、腕がいい。
こういう言い方は正しくはないが……まあ要するに俗に言う『闇医者』だな!」
「ふむふむ……ん?」
話の端々に気になる点が生えてきてはいるが、一先ずバジュラは話を聞いてから、細かいことは考えることにした。
「患者なら誰でも歓迎!
当然通報義務も無視!
融通が利いて、その上治療するのはこの“名医”ときてる!
当然、その分料金はかかる……!」
「…………」
段々とバジュラの頬に冷や汗が流れ出す。
なにやら不穏な気配を感じて。
「今回の治療、『蘇生治療を伴わない部位欠損の修復』『雷紋、雷撃傷を含む、火傷等の治療』『出血多量によるショック死を防ぎながらの輸血処置』『その他諸々の挫傷や打撲等の怪我の治療』『入院費用』込々で……!」
生きていた感動やら、無くなっていた腕の感触が戻った喜びとか、そんなものは今一切浮かんでこなかった。
ただ、目の前の男の言葉を待つ。
「合計!なんと548万!
ツケやローンは1割増しで可!
――――良心的だろ?」
「わ、わ、わ、わあ……!
治療、費……だけで……今回の報酬を……超え、てる……!?」
***
後日、一等地のコインパーキングに停めっぱなしになっている、“支払い前”の新しい
バイクを回収出来たのは、駐輪時から二週間後の夜であった。
確認していなかったそのコインパーキング利用料は、なんと10分800。
1時間4,800、24時間11万5,200……。
合計金額を示すディスプレイには『170万』丁度の数字────。
*
気落ちするバジュラの肩を更に叩くは、申し訳なさそうな顔をした警官“コンマ”とその相棒。
大柄な彼の口から、訥々と語られたるは、『公務執行妨害となる事を知りながら、その公務員に傷害を負わせる』という罪に対する、罰金刑について────。
『公務執行妨害致傷、罰金“330万”』
*
今回の報酬額“500万”は、即時支払いが必須である『罰金』、そして『駐輪代』へと消えた。
***
新しい
得難い出会い。
そして―—――借金、約1,000万也。
――――死は救済らしい:第1章「大脱走!」:おわり――――
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毎日 17:00 予定は変更される可能性があります
死は救済らしい 黒蟻 @mr_kuroali
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