6-3:第1章

『おいゴラァ宇佐美ィ!!!

 なーにをはっちゃけてるんだオメー!』


「うるせえ!新発田しばたァッ!!!

 やっぱりオメエか!!!

 いっつもいっつもセコイことばっかしやがって!!!

 真面目に仕事しろテメエ!!!」


『おいおい聞こえたぞ宇佐美ィ!!!

 これも仕事だバカヤロー!

 いいから止まって罰金払えテメー!

 ゴリゴリ速度超過だバカヤロー!!!』


「止まるわけねえだろ捕まえてみやがれ出来るもんならなァ!!」


 パトカー備え付けの拡声器から聞こえる声と、運転席側の窓を開けて大声で言い争いをする宇佐美。


 少し前までは大分間が空いていたはずのパトカーとの距離。

 しかし今ではサイレンに邪魔されながらもギリギリ言葉が届く位置まで近づいてしまっている。


「ちくしょー……!

 やっぱりパトカー性能いいなあ……!!」


 宇佐美の言う通り、明らかに馬力で負けてしまっている。

 直線で一キロも走行すれば、きっと追いつかれてしまうだろう。


 そして先程までの追跡者より、明らかにこのパトカーの方が運転技術が高い。


 サイレンを受けて自動運転車は自動で強制的に、そして騒動に巻き込まれたくない車両も自主的に、道路脇へと避けて停車している。


 それでも邪魔な車両はいくらか存在していた。

 急速に近づいてくるサイレンに反応しきれない車や、我が強いだとかマイペースだとかの理由で頑として道を開けない車も少なからず走っていた。


 パトカーも宇佐美も、それを意に介さない。

 場合によっては、特にコーナリングの為に、対向車線へはみ出して走行しているのに、対向車を恐れて速度を緩めたりはしない。


 チェイスする二つの車は、既に200キロ前後のスピードで走っている。

 対向車がたとえ40キロ程度で走っていたとしても、向かってくる障害物は一瞬で目の前へ迫ってくる。

 それをスルスルと、止まっている物体を避けるようにすり抜けていく。


 直線だとすぐに追いつかれると悟り、宇佐美は曲がり道を見つけては何度も曲がる。

 次々と道を変え景色を変えるドライブ。

 同乗者にはもう、今どの通りを進んでいるのかもわからない。


 それでもパトカーの視線を切ることもできない。

 車体をぶつけられる程には近づかせていないが、何度もひやひやする場面があった程に、パトカーは付かず離れずの距離を維持している。


「くっそー!ちぎれないなあー!

 やっぱり警察はカーチェイスに慣れてるから全然ビビらねーし!」


「ううううう宇佐美!

 事故だけは!!事故だけはなんとか!!!」


「いけいけー!ウサギさん!!

 警察なんてぶっ飛ばせー!!!」


「そこ!!!これ以上煽るな!!!」


 ニノマエはウサギのぬいぐるみを抱くシーカを、上から覆いかぶさるようにして抱きしめている。

 一方エイジは楽しそうに、手を挙げて宇佐美を応援していた。



 車は何度も繰り返し曲がり、現在東地区の港周りを北上中。

 景色は灰色。

 街並みは次々と流れ去り、今は家も店もないようなコンテナ通りを進んでいる。

 

 対向車が無くなった代わりに道幅は狭くなり、コンテナや鉄骨のような、動かない代わりにどこに置いてあるか予測が付きづらい障害物が増える。

 道自体はまっすぐなのだが、代わりにコンテナを盾にするように曲がる回数を増やしている。


 必然速度は大通りより落ちる。

 しかし新発田という警官はこの辺りの地理を良く知らないのか、先程より運転しづらそうにして、距離が詰められずにいた。


『宇佐美ィ!めんどくせえ道選んでんじゃねえぞ!!

 この辺りはそろそろ車じゃ抜けられねえ道しかねえだろォ!?

 いい加減事故る前に停まっとけ宇佐美ィ!!!』


 新発田はそれでもなんとか宇佐美の車に食らいつき、拡声器で煽ってくる。

 彼の煽りが本当ならば捕まるのも時間の問題だ。


 宇佐美の運転技術を認め、怯えながらも黙ってシーカを抱いていたニノマエも、その言葉を耳にして不安げに宇佐美の方を見る。


「……馬鹿め。

 ここら辺は『勝手に街レース』で何度も遊んでるんだ……!

 襲われて震えてる一般市民に!!!

 しょっぱい罰金背負わせようとするようなゴミ警官じゃ!!!!

 僕の運転テクニックについてこれるわけがないんだよねえ!!!!!」


 自信がありそうな様子を見て、ニノマエも一旦は何も言わずにおくことにした。

 そして力を抜いて正面を向きなおすと、その先には────地面が続いていなかった。


 左にはコンテナが列をなし、車が通る隙間はない。

 右は海。

 走行中の道幅は、車一台ならなんとか通れる程度。


 つまりはUターンも出来ず、道を変えることも出来ず、このまま進めば海へ一直線だ。


「宇佐美宇佐美ウサミぃぃぃぃ!!!

 前前前マエ!!!!

 海!!落ちるうううう!!!!」


『宇佐美ぃぃぃぃぃ!!!

 バカお前早まるなアああ!!!!』


 叫び声が連鎖する。

 車はただ前へ進む。

 道の果ては鉄骨が斜めに立てかけられ、まるで海への飛び込み台。

 その道の終わりへと突き進む。


 完全にキマっている宇佐美は、このまま鉄骨かコンテナにぶつかって大事故を起こすか、直前で右へ車を曲げて海に落下するのか。

 そんな二択の、どちらを選んでも不思議ではない。


 新発田は流石にブレーキを踏む。

 耳に障る音を鳴らして、車は速度を急激に落とす。

 勢いが止まり切らず、新発田は左にハンドルを切って、車体を横にすることで勢いを殺して停止する。



「いつだって!!!

 大事なのは!!!!

 ノリと!!勢い!!!!」


 叫ぶ宇佐美は寧ろアクセルを更に踏みつけた。

 障害物へとまっすぐ進む。

 途中で右に置いてあった荷物にタイヤをひっかける。

 車体は少しだけ傾き、それでも車の勢いはほとんど変わらずに進む。


「いっけええええええええええええ!!!!」


 宇佐美の叫びは確信に満ちたものだった。

 車は正面に立てかけられた鉄骨にタイヤを乗せた。


 そのまま猛スピードで鉄骨にタイヤを滑らせると、車体は斜めに立てかけられた鉄骨に沿うように浮かび上がる。

 左に少し傾いて、鉄骨の上には鉄の板が乗せられていた。


 お誂え向きのジャンプ台。

 もしかしたら誰かがそのために用意したのではないかという気がしてくるほど、パープルピンクの車は綺麗に空へと軌道を変えた。


 飛んでいく車。

 しばし、その場にいる全員がフリーズする。

 車体が傾いたままに一回転、左に向かってゆっくり側転する。


 逆さになった景色に気付き、そこで漸く意識が灯る。


『ちょ宇佐美!!正気かテメエ!!!??』


「おおおおお!!!!マジかお前えええええええ!!!!!!」


「あっはっはっは!!!ウサギさん最高!!!!」


「行ったれええええ!!!おれのパープルヘイズ!!!!!!」


 もう誰がどんな内容で叫んだのかは、当事者にはわからない。

 混乱とカオス。

 しかし、各々が間違いなく抱いている恐怖の中に、確かな熱狂が存在した。


 車は軌道をわずかに左に寄せることで、無事に向こう岸まで辿り着く。


「あっはっはっはっは!!!

 ザマァああああみやがれえええええ!!!!!」


 宇佐美はアドレナリンに身を任せて笑う。

 エイジはずっと楽しそうに笑う。

 ニノマエも着地したことに安堵し、頬骨に引っ張られたかのような笑みを浮かべる。

 そして漸くシーカをその胸から解放する。


 車は大きく車体を揺らし、そのスピードを維持したままに進む。

 紫色の目立つ車は、狂乱を巻き上げ、煙のように街へと消えていく。



 飛んでいく車の無事を確認するためにも、急いで新発田が運転席の扉を開けて飛び出してくる。


「宇佐美ィ……!

 アイツ、相変わらず運転席でスイッチが入ったら急にぶっ壊れやがる……!

 あぶねーダロォォ!!!!クソが!!!!」


「新発田さん。とりあえず無事でよかったじゃないですか。

 あんなほんのちょっとの速度超過で、カーチェイスした挙句に大事故なんかしてみた日には……流石に副署長に詰められますよ?」


 今まではやることもなく助手席で座っていた相棒バディも、新発田に続くように車から降りる。

 苦言を述べた大男は、呆れたように腰に手を当てて項垂れる。


「うるせえコンマ!!!

 男にはなあ!!!『売られた喧嘩は借金してでも買え』っていう、原始の時代からの不文律ルールがあるんだよ!!!」


「聞いたことないですよそんなルール……。

 それに今の発言、かなり性差別的ですよ?

 知りませんからね。俺は」


「っんだよノリ悪ィな!!!

 ……いいから乗れ!!回り込んで追うぞ!!!

 こうなったら一言文句くらいは言ってやらねえと気が済まねえ!!!」


「……まだやるんですか……。

 もうとっくに俺たちは管轄外の区域ですよ……?」


「管轄なんて有って無いようなもんだろうが!

 このまま負けっぱなしだと寝付きが悪くなる!

 いいから付き合え!!」


「はいはい……

 まあ、今日は朝の騒動以外、俺は暇だからいいですけどね」


 怒り狂っている声音とは裏腹に、どこか楽しそうな新発田。

 コンマはその姿が運転席に戻るのを、溜息交じりに見送る。

 そして頭を掻きながら、のそのそとそれに続いた。


 時刻はそろそろ陽が朱く沈みかける頃。

 “アイテム”配達予定時刻まで、未だ遠い。

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