6-4:第1章
ニュータウン東地区、南地区との堺目近く。
セントラルから丁度街を半分に区切ったあたりに、看板のない個人医院がひっそりと営業している。
長く不死を生きるこの世界の住人も、怪我や病気とは別れられなかった。
街の役所に届け出を出していないこの個人医院は、この街にいくつか存在する他の個人医院同様、『誰でも歓迎』と銘打っていた。
現在ここの病床に一人、黒髪の青年が横たわっている。
衣服は脱がされたようで、毛布を掛けられた上からでも肩は素肌を晒していた。
ベッドの真横には簡素なコート掛け。
そこに一つだけ、真っ赤なパーカーが掛けられている。
その衣服は元の赤色を塗りつぶすように、赤黒い血糊と
治療の際に切り取ったのか、中心を上から下、一直線で縦に裂いてあった。
「……死んだか」
青年は目覚めて早々、訛りの残った独り言を天井へ向ける。
腕で額を抱えるようにして、目覚めたてには眩し過ぎた、この部屋の明かりから目を守る。
その表情は腕と前髪で隠されていて、声色だけでは怒っているのか疲れているのか、それとも何も感じていないのかはわからない。
「りいだあ!!!!目が覚めた!!!」
パンクなファッションをした少女が、ベッド脇の椅子から立ち上がって青年の顔を覗き込む。
口元だけを覗かせた青年は、表情を隠したまま少女を歓迎する。
「おー!メメちゃん!
ようやっと会えた!!!
元気してたか!?」
「元気してたか、じゃないよ!!!
なんで少し目を離したらこんなにボロボロになってるのさ!!」
パンク少女は怒りを青年の腹部にぶつける。
心配を通り越した少女の感情は、拳となって青年へ着実にダメージを与える。
「ごぼっ!!ぐえっ!!!
メメちゃん!!メメちゃん!!!!!!
マジでごべっ!!!ごめんなさばっ!!!
ホントすみませんでした許してください!」
しばらくすると投げやりになって、少女は青年の腹に顔を押し付けて泣き出した。
青年は気まずそうに頬を掻くと、何も言わずに枕元に置いてあった能面を付ける。
そのまましばらくお腹の上に乗った少女の頭を撫でていた。
*
「メメちゃん。俺のパーカー取って」
少女の泣き声が落ち着いてきたところで、青年は声を掛ける。
その声は普段の素っ頓狂な振舞いとは違い、訛りもなく、無機質なものだった。
少女は何かを察して、涙でぐしゃぐしゃになった顔を、真面目なものへと切り替える。
急いで立ち上がってすぐそばに掛けられた赤いパーカーを取り、きびきびとした動きで青年へと差し出した。
青年はベッドから体を起こし、差し出された赤い布切れを受け取る。
汚れも穴も切り取られた中心線も、一切気に留めることなどなく、その赤色を羽織るように袖を通す。
膝を立て、もたれ掛かるように軽く曲げた膝を抱える。
一息ついたような間を過ぎて、青年はパーカーのポケットから端末を取り出した。
***
ニュータウン西地区のどこか。
廃車やボロボロの家具が乱雑に置かれた、古くなって屋根だけ残ったような、広い倉庫のような場所。
ここは元々スクラップ工場だった。
主に廃車等をリサイクルして、新しく何かを作り出す工場。
しかし何百年も前にリサイクル産業は完全自動化が進み、この手の仕事をしていた中小業者は一つ残らず撤退した。
この元工場のオーナーは、残ったこの土地を使って新しく何か始めることはなく、失踪した。
それからこの元工場は、悪ガキ達のたまり場として愛されてきた。
ほつれが目立ってきたら態々修復をし、各種インフラも詳しい人間が整備して、勝手気ままに家具や玩具を並べていった。
いつからかその悪ガキは一つのグループだけに統合され、ここはそのグループの『アジト』として、自他共に認知されるようになる。
グループの名前は『
自ら名乗ることは殆どない名前だが、夜通し遊ぶリーダーの姿からそう呼ばれ始めたと言われている。
彼らは『カラーギャング』に分類される。
しっかりと組織化されたマフィア等の『ギャング』とも、組織に属するでもなく悪さする『半グレ』とも違う、そんな存在だった。
メンバーは『赤色』の衣類やアクセサリーを必ず身に着けている。
統一された『目印』は、けれど決して彼らを縛り付ける枷ではない。
徒党を組むための『グループ』であるはずなのに、メンバーはどこか個人主義で自由気ままな節があった。
今日もこのアジトでは、気が向いた人間が“チル”な時間を過ごす為にタムロしていた。
*
かこーん!
誰かが気が付いたら勝手に設置工事をしていたボウリングレーンで、誰かが勝手に遊んでいる。
ボウリングレーンは自動でピンを立ててくれる機能まで完備、当然ボールリターンでボールは手元まで戻ってくる。
なんとスコアボードが表示されるモニターまで設置してあった。
「おい。
いま、ボールが宙に浮いて飛んで行かなかったか?」
「そんなわけないじゃーん?」
「いいや!浮いてたね!!!
見事なアンダースローで低空飛行してたね!!!
ふざけんな!ルールを守れ!!!」
「ボウリングに『ボール投げちゃいけません』なんてルールないもーん?」
「え?アレ?そうだっけ?
だったらスマン!!
ボウリングって奥が深いんだなあ…!」
*
オールドファッションな、灰色の写真に写っていそうな古いラジオ。
そんなデザインのポータブルオーディオからは、けたたましく音楽が鳴っている。
それに合わせて、三人くらいの男女がダンスの振り付けを教え合っていた。
「どぅろっ!ぶぇびろばんぼっぼん!
と来たら、こう!
べほぉ…ざむじゃまっとがろでばろでびょ!ぶほん!!!
わかった!?」
「んー…???
まずその謎の鳴き声の意味を教えてくれない?
今ってダンス教えてもらってる…ってことであってます??
まずそこから不安になってきたんだけども???」
「だぁから。この子に教わろうとか無茶だって言ったんに。
この子の感性は未知の妖怪へと、日に日に近づいていってるだや」
*
「ゴオオオオオ!!!
フラッシュじゃああああ!!!!
ボケエエエエエ!!!
カスぅぅぅぅぅ!!!!」
「オデ、フルハウス。
オデの、カチ。
オマエ、スッカラカン。
とっとと席から、おりる」
「みゃっはっはっはっはっ!!!ゴホッ!!ゲホッ!!!?
……笑いすぎて咽せたにゃ……。
ぷぷっ……!お前!弱すぎにゃ!!!
なんでお前が強い手札の時に限って他の人の手札の方が強いにゃ!!
気の毒過ぎてもうお腹痛い……!!!
にゃっはっはっはっはっ!!!ゴボッ!!ゲホっ!!!?」
メンコのような勢いで、金を賭けてカードゲームに興じるグループも居る。
グループだけでなく、一人で何かしていたり、何もしていなかったり。
ここにいる全員が、そんな思い思いの『チルタイム』を過ごしている。
*
紫煙を燻らし、グダグダとソファで寝転がっているだけの青年もいた。
青年は腰近くまで伸ばした黒い長髪と、赤いキャップは深くまで被っていて、目元が隠れている。
『吸っているハッパ以外に気を取られたくない』。
そんな、『誰も話しかけるな』と感じさせる雰囲気で、ぷかぷかと煙を吐いて吸っていた。
ソファの背もたれに肘を掛けながら、右手は帽子を支えたり吸殻を床に落としたり……。
とにかく『今は何もしたくない』『ひたすらぼーっとしていたい』のだろうな、と誰が見ても察してしまう有様だった。
かといって、少し手持無沙汰にもなっているのだろうか、左手はソファの足元に置いてあるボウリングの球を転がしている。
様々な雑音が重なり合うことで、シンプルに“喧しい”と感じるこの空間へ、通話の呼び出し音が重なる。
受け手の端末は長髪の青年のもの。
青年は球を転がしていた左手を重そうに上げ、お腹の上に乗せていた端末を手に取る。
コールしてきた相手の名前を煩わしそうに覗き見ると、鼻から深く煙を吐き出して通話ボタンに触れた。
通話相手は彼ら『レッドアイ』のリーダー。 『
「リーダー……。
今すっごく怠いから暇つぶしならまた今度……」
『しゅーごーう』
ぷちっ。
通話が切れる。
気怠く断りを入れようとした彼の言葉は、リーダーが押し付けた「集合」の一言でかき消えた。
長髪の男は通話の切れた端末をじっと見る。
咥えていたハッパを投げつけるように勢いよく床に捨て、立ち上がる。
大きく音を鳴らして床を蹴る。
捩じるように膝をまわして、足の下に挟んだハッパの火を消す。
床を踏みつける大きな音で、長髪の青年へと周りから注目が集まる。
「お前ら人集めろ!!!
招集だ!!!
場所も時間も相手も知らねえ!!!
だが、ウチのリーダーを『舐めた』奴がいる!!!!
……ならやることは一つ。
とにかく、ひたすら、ブチ殺せ!!!!」
先程までの気怠い声色からは想像できない、激しく響く号令の声。
それが全員の耳に届く頃には、アジト中の人間が動き出す。
一人は立てかけていたバットでオーディオを叩き割る。
一人はボールリターンに括りつけられた銃を取り出す。
一人は端末で怒鳴るようにして、ここにいない仲間へ連絡をまわす。
一人一人、個人主義的な生き方をする集団。
その『個人意思』によって、『暴力の集合体』が今、作られようとしていた。
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