11-4:第1章

(終わり……か……)


 荒い息を吐き出して、空を見上げるバジュラ。

 辛うじて立ってはいるものの、左肘から直接噴き出す出血は、今にも彼女を殺してしまいそうだった。


「さあ……これで、仕舞いだ」


 どこか寂しそうな、無表情の中に沈痛な面持ちを隠して、ディムはハンドガンを向ける。


 バジュラの世界は止まってしまった。

 そんな馬鹿馬鹿しい感覚を覚えた程、空は綺麗で、赤色に澄んでいた。


 何故か腕の痛みは気にならない。

 気になったのは、ふとイメージしてしまった、シーカの泣き顔だった。


 バジュラは、この世界の人間は、死ぬことはない。

 彼女自身、どうせ死ぬことはないからと空を見上げ続けている。

 そうでなければ今頃、彼女は泣き叫んで命乞いでもしていたかもしれない。


 バジュラは死んだことが無い。

 そして、死ぬのを酷く恐れていた。

 彼女にとって世界は、恐れるものばかりだ。

 死ぬのも怖い。痛いのも怖い。ギャングが怖い。警察も怖い。

 そして、目の前にいる敵は――――。


(ああ、なんだ。

 コイツは別に怖くない。

 悪い奴じゃないんだろうって思ってしまったからか?

 まあなんでもいいか。

 私が怖いのはコイツじゃない。

 私は、私が怖いのはいつだって――――!

 なら――――!!!)


 バジュラの目に光が戻る。

 前を向き、銃口を睨む。

 その顔を見たディムが浮かべる、酷く凶悪な笑み。


「あ゛あ゛ッッ……!!」


 バジュラのやけくそな呻きに弾かれるように、ディムはその引き金を引く。

 そして彼女の世界は進み始める。

 けれど、とてもゆっくりと。


 ふわりと体を揺らすと、肩を後ろに反らすだけで銃弾を躱す。

 もはや勝ち筋などない。

 けれども彼女は走り出す。

 それはガムシャラな前進ではなく、ディムを中心に、周るようにして駆け回る。


 敵を見据える。

 自暴自棄の決死隊ではなく、勝利の道を辿る為。


(アイツ、トドメの瞬間は電撃を抑えていた。

 やはり、あの状態は維持が大変なのだろう。

 だが持久戦はもう無理だ。

 相手が例え満身創痍でも、どれほどの時間がかかる?

 アイツは戦いに慣れている。

 ギリギリまでチェーンガンを弾切れだと装ってたくらいには。

 長期戦になれば、それだけ私がやり込められる。

 ならばどうする?

 どうすれば勝てる?

 死にたくない。

 死にたくない!!!)


 バジュラの意識は、もはや脈絡のない感情論に近付いていた。

 勝ちたい。死にたくない。でもどうすればいいかわからない。

 先の見えない勝利への道から、逃げるように走り続ける。


 だからだろうか。

 ディムがチェーンガンを回した時、ふと後ろに気が付いた。

 装甲車に隠れていた警官が、近くに取り残されていた市民を避難させていた。

 このままでは、当たる。


 別にあいつらだって、死ぬことなんてない。

 だから別に、私が助ける必要はない。


 そこまで考えて、バジュラは刀を投げて、その辺の地面に刺した。


 チェーンガンが呻る。

 亡霊の怨嗟のようにギシギシと奇怪な音を立て、銃弾が発射される。


「う……おおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 気付けばバジュラは装甲車に付いたバーを握り、全力で引っ張り上げていた。


「おいおい……冗談だろ……?」


 唖然とするディムは、それでもチェーンガンを撃つことを止めない。


 装甲車は動き出す。

 右手だけで、力づくで。

 バランスを崩して装甲車は傾き、それでもバジュラの目の前に引き寄せられる。


 銃弾は全て装甲車が受け止めていた。


「行けぇ!!!!速くッッ!!!!」


 何か起こったことに気が付いた警官は振り向き目を見開く。

 バジュラに促され、ハッと気が付いて、真剣な顔で頷くと、市民を連れて逃げていった。


「……すげえよ。嬢ちゃん。

 カッコいいぜ、アンタ。

 この状況で、そこまでやるかよ」


 バジュラは装甲車の裏で、車に背を預けて座り込む。

 ディムの言葉に、返す余裕なんてない。

 荒い息を吐き続け、空を見る。


(ああ。体力、使いすぎたな。

 こりゃ、ホントに、ダメだ。

 全身が痛い。

 あと、腕が一番痛い。

 腕、無くなるとこんな感じなんだ。

 動かしてるつもりなのに、何もないんだ。

 気持ち悪いな。

 全然、血が止まらないや。

 ああ。死ぬんだな。

 今度こそ死ぬんだ。

 死ぬって、どんな感じなんだ?

 ああ。怖いな。

 いやだな。

 死にたくない。

 死にたく、ないなあ……)


 泣いていた。

 鼻を啜って、みっともなく涙を流していた。

 顔はくしゃくしゃに寄って、全く元に戻せない。

 カッコ悪いからバレたくなくて、声を潜めて泣いていた。

 けれども、口から空気が漏れていて、それが音になって耳まで届いて、それに気付いて余計に泣いた。

 『私今、カッコ悪いな』って頭に浮かんで、もっと力を込めて声を抑えたら、超音波みたいな泣き声になった。


(死なないのに。

 この街の皆は、きっとこんなに怖がったりしないのに。

 私だけ。

 私だけだ、こんなに怖いのは。

 ああ、どうせ怖いなら。

 どうせカッコ悪いなら。

 前のめりに、いこう)


 大きく息を吐く。

 左の肩で涙を拭う。

 無くなった左腕を見て、また泣けてくる。


 偶々視線の先に落ちていた、いつぞや投げ捨てたホルスターを見つける。

 それで左腕を適当にぐるぐると縛って、少しでも流れる血を減らしてから、ようやく彼女は立ち上がった。

 ゆっくりと、膝に右手を乗せて、ゆっくりと立ち上がる。


「ありがとう。

 カッコいいなんて、言ってくれて」


「ああ。間違いなく嬢ちゃんはカッコいいぜ」


 ゆらゆらと車の裏からバジュラが出てくる。

 俯き気味な彼女を見て、ディムは微笑みを浮かべながら、もう一度本心を告げる。


「ありがとう。

 お礼に、いいもの、見せてやらなきゃな」


「……なんだ?いいもの?」


 バジュラはゆらりと幽鬼のように、地面に刺さった刀の元へ。

 刀を手に取り、引き抜き、構える。

 半身になって、刃を相手に向けるだけの、力ない構えだった。


「……見せてやるよ。

 お前に――――敗北の景色ってやつを……!!」


「――――上等ォ!!!!」


 向き合う二人は笑っていた。


(折角なら、前のめりに。

 全力で――――カッコつけてやるよ!!!)


 電撃の嵐が生まれる。

 バジュラはそこへ向かって突き進む。


 そして次の瞬間――――大きな爆発音が響く。

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