6「パープルピンクの車」:第1章

「なんかすっごい似たような車が後ろにめっちゃ来てますけれども!!??」


「あー。あれ社用車だね。どっかの“企業”の」


「かかかか企業カンパニー!!?

 大物過ぎない!!?

 君ら一体なにやらかしたの!!?」


 パープルピンクの車は現在高速道路を走行中。

 運転手の指摘通り、振り向くと同じ車種三台が追跡してきているのがわかる。

 黒のスポーツタイプ。

 スモーク加工の窓は、よく見れば酷く怪しいが、街中で走っていても違和感のない見た目をしている。


「そそそそそろそろ“ドライブ”はおしまいでいいんじゃないかなって、思うんだけどどうでしょう……?

 相手が相手なので僕ももう勘弁してほしいっていうか……!」


 わざとらしく銃を取り出して、さも『メンテナンスをしています』という素振りで音を立ててスライドを引くエイジ。

 それが終わると、その時初めて運転手の言葉を認識したかのように彼に顔を向けた。


「“勘弁してほしい”……?

 どういうこと……?

 ウサギさんは足が無くて困った僕たちに“親切”にもヒッチハイクで捕まってくれて、ドライブに誘ってくれたんだよね……?

 なのに、“勘弁してほしい”って……どういうことだろう?」


 そのきょとんとした表情と、小首を傾げたような体勢は、運転手の横顔を見つめてからずっと微動だにしていない。


「そそそそそうだよね?

 そうだったね?ごめんね?変なこと言って。

 えー……じゃなくてね?

 後ろの車が怖くてさ?

 安全運転でドライブを楽しみたいでしょ?

 なのにすごく追ってくるからさ。っていうね?」


「だよねえ!

 後ろの車ムカつくよねえ?

 とりあえず煽り運転罪ってことで、一発くらい撃っとく?」


「待って!!!落ち着こう!!!

 一旦落ち着こう!!!」


 発砲なんてしたら、それこそ相手を怒らせる結果にしかならない。

 そんな恐れに突き動かされて、高速を走っているにもかかわらず思い切り顔を左に曲げて、助手席に座るエイジに顔を向けてしまう。


 エイジは財布からカードを取り出している所だった。


「ん……?あれ?……アレ?おかしいな。

 その長財布、見覚えがあるな。

 っていうかそれ、僕のだな」


「へえ。ウサギさん、“宇佐美”って名前なんだね?

 わかりやすくていい名前だね!」


「ああっとやっぱりそれ僕の財布で僕のIDカードだあ……!

 だと思ったあ……。

 なんでかは良くわからないけどなんだかコレすっごい良くない展開な気がするなあ!!

 

 あの……どうして、勝手に僕の財布を物色しているのかな?」


 きょとんとした表情を、改めて作りなおしたエイジ。

 彼はそのままIDカードを財布に入れなおすと、何事もなかったように元々それが入っていたグローブボックスへしまった。


 そして助手席側の窓の開閉ボタンを押し込む。

 窓は自動でゆっくりと開き、強い風の抵抗を車内へ連れてくる。


 一連の動作をゆっくりとこなすと、エイジはようやく口を開く。

 その表情は今までと打って変わってとても申し訳なさそうにしょんぼりと眉をさげて見せながらも口元に笑みが残っている。


「ごめんね……勝手に見ちゃって。

 ウサギさんのお名前を知りたかったんだけど、あんまり運転中に話しかけたら良くないかなって……」


「わあ……!

 とっても素敵な要らない気遣い!」


 とても和やかに会話が進んで、車内は平和であることは、誰がどう見ても否定のしようがない。

 しかしそんな和やかな空気も、後ろの追跡者達には関係のない話だ。


 道はもうじきトンネルへ入る。

 自然光からトンネル内の照明へと目が慣れていく時間。

 目が眩むその一瞬のタイミングで、追跡者の助手席側の窓から大型のサブマシンガンのような銃器が顔を出す。


 エイジは右手で銃を持ち、雑にバックミラーの角度を銃身で調節した。

 その後は開けてあった窓から銃を出して、まるで背中でも掻こうとしているのかといった格好で狙いをつける。


 そのままエイジは三発、ワルツのリズムで小気味よく、引き鉄を引いた。


「引き鉄かっるいなあ。

 撃ちやすいけど威力なさすぎ」


「おおすごい。全弾命中」


「おねーさん今の全部見えたの!?

 振り向いてもいないのに!?

 それはそれで凄いね!」


 ニノマエの賞賛に、逆に素直な賞賛を返すエイジ。

 照れ隠しなどではなく、彼女の目の良さに純粋に驚いていた。


 実際に三発の銃弾は後続車へと綺麗に吸い込まれていった。

 初めの一発は顔を出した追跡者の銃を揺らし、大型の銃はその衝撃で手元を離れ、高速道路を跳ねて後ろへ逃げ出した。


 二発目は即座に顔を引っ込めた追跡者ではなく、始めからタイヤを狙っていた。 

 弾丸は何かにつっかかる様子もなく、滑るようにタイヤから弾き飛ばされた。


 三発目は窓。

 運転手の視界くらいは歪めないものかと考えた一発だったが、残念ながら相手の車の防弾性能はかなり高いらしく、ひっかき傷がついたかも怪しいものだった。


「わー!すっごーい!

 ノールックショットー!!

 ナイスぅー!


 ……じゃなくて!!!?

 後ろの車、結構なゴツめの銃を出してきてませんでしたか!!?

 うちの子は防弾車じゃないよ!!?

 ドンパチやられるとすぐ泣いちゃうタイプの繊細な子なんですぅ!!」


「ごめんねウサギさん……でも相手が撃とうとしてくるから……やり返さないとさ……」


「悪い!宇佐美!

 頑張って一緒に逃げよう!な!」


 宇佐美の悲痛な叫びは彼らには届かない。

 襲ってくるものを今更嘆いたところで、まさか車を止めるわけにもいかない。

 釈然としないものはあるが、走り出してしまっている状況で、彼らを否定したところでなにも変わらない。


「ああああああ!!!もう!!!

 撃たれたくない!!!痛いのは嫌だ!!!

 車も整備したばかりだから傷つけたくない!!!

 もう!!!全部イヤ!!!!何もかもイヤ!!!!」


 宇佐美は叫ぶ。ちゃんと前を向いて運転しながら叫ぶ。

 己の不幸を嘆き、駄々を捏ねるように至極真っ当な気持ちを叫ぶ。


「でも逆に!!!逆に考えれば!!!

 そう!!!!

 ――――――今日整備したばかりで良かった!!!!」


 シフトレバーを動かす。

 思い切りアクセルを踏み込む。


 車の免許すら取ったことのないエイジには、それがどんな意味がある行為なのかはイマイチ良くわからない。

 けれど一つだけ言えることは、宇佐美の表情が吹っ切れたように変化を見せ、パープルピンクの車は急激に速度をあげたということ。


 助手席から見える速度計は、転がるボーリングの玉くらいのスピードで、その針をぐんぐんと上げていく。

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