第48話 アカシック・レコード



ボーっとしていた……時間の感覚もない…アリスは無事だ…


心配そうに見ているソフィアだが、誰も…言葉を…発することは無かった…


「行かなきゃ…」


立ち上がる。


「タカヤ…大丈夫なの?」


それはこっちのセリフだよ…

血だらけのアリスの紋章は…もうよく目を凝らさないと見えないほど薄い…


「タカヤ様……でも…」

泣きそうな声を振り絞るソフィア。


「行くぞ…」


神藤貴也の想いはマックスに……

そのマックスの想いを受け継いだ俺は…地球を…エデンを…アリスを救わなければいけない。


『タカヤ・シンドー……すまない…アカシック・レコードは優真が倒れている…そこの…』


ヨロヨロと血を流して倒れている優真の横を通り過ぎドアの前に立つと、あっさりと開く…まるで俺達を受け入れるかのようだ。


中は薄暗い……


「なんだよ…これ…」


悪霊の記憶で見たのは…訳のわからん肉塊だったが……巨大な……何十メートルあるか分からない脳ミソの化け物のような物が宙に浮いていた。


中に一歩踏み出すと…


「タカヤ様………」

『罠か!!ノイズが……』


消え失せてしまうソフィア!


「どうした!おいキース!ソフィア!!」


キースとの通信も途切れてしまう。


「どうしたの!」


慌てて駆け込むアリスだが……アリスが部屋に入ると入り口のドアも消えてしまった。


残されたのは俺達と…宙に浮く脳ミソのような……これがアカシック・レコード…


プラネタリウムのような星の輝きが瞬く…上下左右も分からない空間の遠くに…誰かが居る……


ゆっくりと俺達のほうに歩を進める…その人物は…


「アリス…?いや…アリシアか!?」


悪霊の記憶で見た、ワンピースを着た金髪の女性が悲しげな瞳で俺達の前に立つ。


「いえ…私はアリシア・ヴォールクではありません神藤優真が作り出した人格投影(ペルソナリティープロジェクション)………貴方達がアカシック・レコードと言っている物の代弁者です」


「ソフィアをどこにやった!」


銃を構え警戒する。アリスも力なく剣を構える。


「この空間は…あらゆる物理干渉やPsyすらコントロールする絶対領域…武器を収めてください…私は貴方達と争うつもりはありません…ソフィアはPsyの機能を停止しただけで無事です」


「よく分からないけど…貴方が私の前世の姿なの?」


カランと武器を捨て警戒を解くアリス、俺も銃を懐にしまう。


「私を殺してください」


は!?


「タカヤ・シンドー……貴方の身体にはアリシアから受け継いだ唯一…私を永遠に葬る力があるはずです」


周囲にある星のような結晶が俺の右手に収束していき光を放つ剣が現れる。


これは…勝利の剣!!


「アンチアカシックレコードプログラム…それで私を斬れば……この悲劇は終わります」


斬れ…って…そんなの…


「待てよ!アリスがアカシック・レコードをコントロールしたら地球もエデンも救われるんじゃないのかよ?」


「アリシアの魂は…もう消え入りそうなほど消耗しています…修復できないほどに…私をコントロールすることは可能ですが…アリシアの魂もアリスの心も消滅してしまいます…」


そんな……じゃあエデンは…


「地球環境の急速な回復とエデンを具現化するには、あなたはアリスを失うことになります、それは望むことではないでしょう?」


「私を葬れば…Psyを強制停止し地球環境も時間はかかりますが、地球の自己再生でまた生物が住める環境に戻ります、最後に…あなたの中にある神藤貴也の精神エネルギーをアリスに分け与え、延命もできます」


神藤貴也の心をアリスに……それじゃエデンも…消滅して…


つまり……エデンを取るか…アリスを取るか選べってこと…


「もうあまり時間も残されていません……その剣で私の機能を停止してください、アリシアの魂と神藤貴也の魂は消えて特別な力は無くなりますが、貴方達と地球は助かります」



なんてこった……えげつなすぎるだろ……だけど…俺はアリスの為にここまで来たんだ…アリス……アリスだけは…


剣をゆっくりと上げ…アカシック・レコードである女の首に当てる。


「それでいいのです…本来、エデンは存在しなかった世界、何も罪悪感を抱くことはありません」


エデン……わけのわからんまま連れてこられて…悪霊に逢いアリスに逢い……マックスにソフィア……街の人々……エドワード王…キース…アイラ…カグラ…ウラヌスの…


様々な記憶が…まるで映画のシーンのように頭の中で再生される。



「…………できねーよ…」


剣を降ろし、立ち尽くす。


「早くしてください!もうアリスに残された時間は!……先に神藤貴也の精神をアリスに…」


「やめろ!!!!エデンは!俺の故郷なんだ!幻の世界から俺は色々な人に逢って、カラッポの心が満たされていくのを感じたんだ!」


「タカヤ……」


跪いて涙が溢れだしてきた……すまない……アリス…俺は……俺は…


おまえを救う…英雄に…なれなかった………


俺を覗き込むアリス……その黄色い瞳は悲しさから徐々に強い…何かを感じる決意の瞳に変わり立ち上がる。


強い!とてつもなく強い光が!アリスの紋章から発せられる!




………………………………………………




「アリス!!!!やめろ!!おまえの命が!」


涙でグシャグシャの顔を上げ叫ぶタカヤ…


わかっていた…彼がマックスやソフィアを見捨てる選択など出来ないことは……


私には生きる資格なんてない…多くの人々を葬ってきた私はフェンリルさえ始末できれば…死ぬつもりだった…


いえ…もう心は死んでいた…


「アリス……あなたは…」


私の精神がアカシック・レコードと繋がるのを感じる…


紋章の光は蝋燭が消える前に一瞬明るくなるように暗い空間を明るく照らしていく。


ルークを失い…何も感じることの無かった私の心を…蘇らせたのは…タカヤ……貴方だった。


私はもう…充分すぎるほどに生き…喜びも幸せも感じることができた…これ以上は贅沢が過ぎるというものだろう……


「アリス……あなたの覚悟は伝わってきます…管理者権限を確認しました…エデンの完全具現化、タカヤ・シンドーを強制送還します」


これでいい…彼は、あの世界で英雄となり、私のことなど忘れて幸せに生きて欲しい。


スケベな彼のことだ、きっと別の恋人を見つけ立ち直ってくれるだろう。


目の前が光に包まれ何も見えない、そろそろ消えてしまうのだろうか…


ああ……私は……貴方に愛されて…本当に………



「勝手なことしてんじゃねーーーー!!!」


!?


何も見えないはずなのに、私を抱きしめる彼の存在を感じる!


「おい!アカシック・レコード!俺はアリスの居ない世界に興味はねー!俺の命はくれてやる!アリスを助けろ!」


「安っぽい!パチモノの人工精神体かもしれねーけどよ!こんなんで生き残っても後悔しか残らねーんだよ!なんとかしろ!!!」



「タカヤ・シンドー………それは不可能です……確かに神藤貴也の精神は強く貴方の精神も、もはや人工精神体ではなく本物の魂と遜色ない」


「知るかよ!!無理でも何とかしろ!!」


「メチャクチャですね……一つだけ…方法はあります…でも貴方達は死なないといけません」


「だから!アリスだけでも!」


「タカヤ・シンドー…貴方の潜在意識の世界を創造します、でも…もう…そのまま行くことはできません…貴方達二人をそこに転生させます」



転生……



「転生って…別の人間として生まれ変わるってことか!」


「はい……転生するとなると今の記憶は失われ全く別の人生を歩むかもしれません、想いが強ければ、運命が貴方達を結ぶかもしれませんが、確証は持てません」



「仕方ねー!それでいい!俺は弱いかもしれねーけど、アリスを想う強さは誰にも負けねー!」



でもそれって…記憶が無くなるんじゃ別の人間……でも…何か知らないけど、私とタカヤの縁は切れることがないと確信が持てた。



「波動関数を合わせます……精神を同調……きっと…貴方達は…」



光に飲まれるように、私の意識は体を残し、何処かへ飛んでいく…





…………………………………


『アリス……聞こえるか?』


『聞こえると言うより感じるっていうのかしら』


『まあ、マックス達と逢えなくなるのは寂しいけどさ…きっとあいつ等は楽しくやってるよ』


『本当に貴方は……不安とか感じないの?』


『まあ正直、不安も怖さもあるけど…そんなん考えても上手くいくもんも上手くいかなくなるだろ』


『そんな事より良いこと考えようぜ!!俺は転生したら、世界最強の戦士か魔術師になって、周りが呆然とするような力を見せつけて』


『ご都合主義ね…』


『悪いかよ……俺が居た21世紀の世界じゃ、そんな物語が沢山あったんだ』


『タカヤが物語を読むなんて意外だわ、スケベな裸婦画ばかり観ていると思ってたわ』


『偏見っていうんだぞ!それは!ネーチャンの裸は動画で見るもんだったしな』


『やっぱ観てるんじゃない…そうね……物語……私は…ただの村娘が英雄と恋に落ちる物語が好きだったわ』


『あれか!英雄伝説!!』


『子供の頃の夢だったんだけどね』


『夢は叶えるもんなんだぞ、きっと………………』



『タカヤ?………そう…行っちゃったか……』


『タカヤ……最後にこの言葉が届いて欲しい…ありがとう……』



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る