第6話 世界最弱の男

ここは?


暗くて何も視えない

ただポツンと自分の意識だけがある


手や体はハッキリと視えるので壁が黒く塗られた部屋に居るような感じ


異世界に飛ばされた時に似ている


もしかしたら帰れるのか?

「おい!悪霊!」


返事は無い


よく見渡してみると遠くに人影が視える


アリスだ!!


駆け寄ってみる


「アリス!」


背を向けているアリスに声をかける

ゆっくりと振り返るアリス


あれ…

いつものポケーっとした表情のアリスじゃない

火照った頬に薄ら笑いを浮かべている。


「あらぁんタヤカ…探したわぁ〜♡」


近寄り俺の首に手を回すアリス


フワッといい香りが鼻につく


近い…俺の首ほどの身長のアリス


顔を見下ろす形になる。


艷やかな唇にトロンと甘えたような眼 黄色い瞳 


むっ胸が!

谷間に視線が向かってしまう。


抱き寄せられキスされる。



なっ!なっ!


「くふぅ…はむ…むう…♡」


軽い口吻じゃなく甘くトロけるような…熱い情熱的な接吻

ゆっくりと唇を離す


「ぷふぅ………ダメね、あなたじゃ…」



グチュ…


えっ……あ……



アリスの腕が俺の腹を貫通している。腹を引き裂くように掻き回される。


「あーーーはっはっはっは♡ハハハ♡」



がっ!はっ!たすけ…て





ガバッ



「はぁ!!!!!」


飛び起きるように上体を起こし目が覚める。夢……

「はぁ!はぁ!はぁ!」


どこ?旅館!?朝?


そうだ、あの後…

アリスが血を流したいからと温泉宿に泊まったんだった。



外観を見たところ周囲にある宿の中では高級な宿みたいだ


畳に布団、押し入れ、ふすま、奥の謎スペースにテーブルと椅子


流石にテレビや照明などの家電は無かったが 日本の旅館にそっくりだった。


アリスは風呂と飯に行くと言って別れ

スーツを着たまま疲れ果てて部屋で眠ってしまったらしい


誰が布団に寝かせてくれたんだろう。


モゾモゾ


布団に何か居る


掛け布団を捲ってみる


浴衣姿のアリスだった。フワッと夢で嗅いだ香りが漂う


スゥ…スゥ…と眠る、どこか幼さを残す可愛い寝顔


そうだったーー!ラッキー……いや不運なことに部屋は1つしか空きがなかったのだ。


着崩れた浴衣からはスラッとした白い脚が見える


こっこれは!!男女が同じ布団で寝ている


いいのか!!いいんじゃないか!

ここまで来ていてカマトトぶるんじゃね〜よ げへへへ


体を少し動かすと足腰に激痛が走る


「いっっってーーーーーーー!!!」


叫び声に反応してアリスがムクリと起き上がる


「おはよう、早いのね」


くっそ…起きたか…それにこれ筋肉痛か…あれだけ走り回って歩き通したんだから当然だろう


「アリス…治癒して…筋肉痛が…」


「いいけど寿命縮むわよ」


「え!そうなの!!」


「タカヤは2回、いえ自分で治癒したのも含めて3回 1年くらいは縮んでるんじゃないかしら」


「マジか!!う〜ん…だが頼む!」


アリスが手をかざし、緑色の光が体を包む


「あと、これ人前ではやらないから」


はぁ、楽になる……ジジイになって細々生きながらえるより今が大切なのだ。



……………



露天風呂に行き風呂に浸かる


あきらかに痩せてる

5日間で弁当と干し肉と鳥の丸焼きしか食ってなかったからな


しかし、たまたまにしては出来すぎてるだろ


文明の利器は無いものの、日本に似すぎている村


誰か他に転移した日本人が居て文明を残した?


昨日のこと……あのスプラッターは現実??なぜヒューマンじゃなかったら問題ないのか?ヒューマンと獣族の違い…


グルグルグルグルと思考が纏まらない



いかん、のぼせそう 飯でも食いながらアリスに聞くか


浴衣を着て風呂から上がると、人も疎らな食堂にアリスが居た。先に朝食をとってるらしい


「よう、相席いいか?」


「どうぞ」

ご飯に焼き魚に漬物に味噌汁に卵焼き


ごく自然に箸で食べている

くう〜〜美味そう


席に着き同じ物を頼む



……………



ガツガツと懐かしの日本食を掻き込む

涙が出そうなほど美味い


腹が落ち着いたところで話を切り出す


「昨日の獣族、その……なんで…」


「身を守るのは当たり前じゃない」


「だからって殺すことないだろ!」


「ヒューマンじゃなければ問題ないもの」


「なんでヒューマンじゃなければ殺していいんだヒューマンって俺みたいな見てくれのヤツだよな」


「ヒューマンを殺すと捕われて死罪になるから」


「獣族なら無罪放免なのか?」


「記憶が混乱してるとはいえ常識も忘れたの?敗戦民族の扱いなんてそんなものよ」


戦争があったのか


「元々ヒューマン、獣族なんて括りは無くてヒューマンも1種族でしかなかった」


「10年前の事件をきっかけに、各部族、国家が一斉に白旗を上げてヒューマンの属国にくだった」


「事件って」


「ヴォルフガング王国が滅んだ…私の祖国ね」



「いや…もういい…すまなかった…」


大体の事情は察してしまった…


ヒューマンによる軍事侵攻か…


「 でも、法が許すからって殺人はダメだろ 親御さんは泣いてるぞ」


「 親と言われる者は死んだわ」


「そうか…戦火に巻き込まれて…」


「いえ、私が殺したけど」




は?




「スッキリして気持ち良かったわ」



いやいやいやいや………


薄々は分かっていた…もしかしたら…そうなんじゃないかな〜と思っていた。




こいつはサイコパスだ。





『この女…問題があるな…』


『悪霊のおまえから見てもやっぱ、そう思うか』


『自分が当たり前だと認識していることを他人も当然のように知っていると考えている節がある。何かを教えるということに不向きだ』


『そこじゃねーだろ!!!』



『歴史資料や何かの文献を探した方が客観的な社会情報を得られるんじゃないか?』



確かに、何かしら情報を知って

あわよくば元の世界に帰る方法を見つけられるかもしれない


こんな、法治が破綻してるような世界に居たら命がいくつあっても足りない


まあ字が理解できない問題はあるが




「ちなみに、獣族はどれほど殺ったんだ」


「覚えてないわね」


数え切れないほど殺ったってことか


「ヒューマンなら殺さないんだな?」


「ヒューマンは今のところ3人ね」


完全に犯罪者だった。


「心配しなくてもタカヤには手を出さないわ、ペットだもの」



頭が痛くなってきた…


「いや…いい…話を変えよう…これからどうするんだ?」


「まずは補給ね食料や衣服、準備を整えて神殿に向かうわ、タカヤの身分がシンドー家なら問題ないけど、違うなら犯罪よ 長居は無用 滞在は3日が限度ね」


おまえにだけは言われたくない!




…………………



村の中心地に足を運ぶ、衣服を洗濯し乾かしているので、服と食料を調達する。

いつまでも浴衣でウロウロするわけにはいかない。


アリスの服は似たような黒を基調としたコスプレのような、見慣れない服をいくつか物色し


全て即決で購入するアリス


動きやすくスリットが入っていて抜刀しやすいらしい

ファッションを楽しむなんて感性は無いみたいだ。

太モモさえ拝めれば、それでいいが


俺は何でもいい、動きやすく値段も手頃なものを見繕ってもらう


麻で出来てるであろう

シャツ、パンツと鉄の胸当てを購入する。


通行人を見ると、服装の方向性がバラバラに見える

商店や住居に出入りする人を見ると

和服は地元住民、剣などの武器を持つ洋装は旅人や商人のようだ。



保存のきく食料を買い込みバックパックや新たに購入した鞄はパンパンになった。



「買い物も終わったしお昼ご飯にしましょうか」


「そうだな、あそこの露天で買って食べながら帰るのはどうだ」


何の肉か分からないが串焼きを焼く美味そうな匂いが漂ってくる


露天で串焼きを買い、アリスは温泉饅頭らしきものも買っていた


温泉饅頭の紙袋を片手にハフハフと小さな口で肉を食べるアリスの横顔



こうやって見ると普通の可愛い女の子に見えるんだけどな



は!!!


女の子と二人きりで服を買い、街中(村だけど)で並んで食べ歩き


これは伝説に聞くデートというものじゃないのか!!!



『この女から逃げるという選択肢はないのか?』


そういや、いらん悪霊も居たんだった…


『人里まで来たのだから、もうその女には用は無いはずだ俺の視界から消えてもらいたい』


『俺はお前が消えて欲しいよ邪魔しやがって』


『俺が代われない今、その女と行動を共にするのは命の保証ができないことになるが』



うむ…確かに…常識外れの倫理観に無慈悲に殺生する快楽殺人者

こんな鬼畜なサイコさんに生殺与奪の権利を与えてしまっていいのか!



だが!しかしだ!顔が小さく美形で豊満な胸に、スラッとした白い肢体…


それに、お前には分からんかもしれんが芳醇な甘い香り…


元の世界に帰ったら、こんなスーパーモデルのような美女とデートどころか話すことすら許されないだろう…



『ふっ…俺も男だ…彼女を一人にはできない守ってやらないとな…』


『自分を守る心配をしたらどうだ』


せっかくのデートに水差しやがって羨ましいのだろう…可哀想に…



アリスの歩が止まる


ん?視線の先を視る



「おまえ、弱いくせに生意気なんだよシゲボー」

「おまえ見てるとムカツクんだよ!」


子供?輪の中心にうずくまり、蹴られたり棒で突付かれている。


ヒューマンの子供のようだ


「タカヤ…あの真ん中の子……」


「ああ…わかってる…助けるんだろ!あの子を!」


「殴り倒してきて」


「鬼か!おまえは!!!!」



ズカズカと子供の輪に近づくアリス


「げ!大人が来た」


「その真ん中の子に話しがある」


かがんで話すアリス


「あそこの男にケンカで勝ったら、これをあげる」


俺のほうを指差し温泉饅頭を差し出すアリス


「む、無理だよ…大人だもの、僕恐いよ!おねーーちゃーん」


助けを求め抱きつく子供


そらそうだ、なんで幼気な少年を虐待せねばならんのだ!!サイコさんめ!


アホそうな顔でデレデレとアリスの胸に顔を押し当てるガキ



「ぶっ飛ばすぞ!てめーーー!目覚めてんじゃねーか!絶対!」


アリスに押されて俺のほうによろけるガキ


「うわーーーーん!」


俺の頭の位置まで飛び上がり、廻し蹴りを放つ


えっ?


「ひでぶ!」


コメカミにクリーンヒット!


KO!!!!


「なんだ、弱いじゃねーか!ぺっ!」


頬に、唾を吐かれる……


起き上がれない……


ガキに紙袋を渡すアリス


「すげーーーシゲボー大人に勝っちゃった!」

「見直したぜーーー」

「あいつが弱すぎんだよ、皆で饅頭食おうぜ」



キャッキャッ


餓鬼共は去っていった…


「コッコロセ…コンナオモイ…スルナラ…イッソ…コロセ…」


シクシクシクシク…



「まさか…ここまで弱いとはね…」


憐れむように無表情で見下すアリス


「あなた、サイはどれほど使えるの?」


「サイ?サイってなんだ?動物?」


「....!!!!」


突然無言で、衣服を剥ぎ取られる


ちょっ!なんで!外、ここ屋外!

まだ心の準備が…はーーん!ケダモノ!!


「どこに隠してる……」


「そら隠すだろ…はじめてだもん…」


「違う!そんな粗末なものじゃない紋章は!!」



グサッ


粗末な…酷い……紋章…タトゥーのことか…そういや通行人も店の人も腕や頭にタトゥー入ってる人多かった。


「紋章もなくて、サイも使えない!?ヒューマンなのに!!なんで生きてるの?」



グサッ


生まれてきてごめんなさい…


「確実に言えるのは…」


「あなたは世界最弱だってことね…」






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