第5話 旅の資金

わあーー!!帰ってきたんだ!


田園に夕日が反射し、ツクツクホーシがジーージーーと鳴く


あははは


おじいちゃんの家に帰ってスイカ食べるんだ


熊の尻尾と耳が生えたガチムチの男とすれ違う

背中には俺の等身ほどある剣が担がれている


道を通る人々は普通の人、その他の人種で半々


「ちがーーーーう!!」


どれほど現実逃避しても、そこは異世界だった。


『何を一人で騒いでいる?』

「何一人で騒いでいるの?」


ハモるな!



村に入るとパッと見は日本の田舎だが、よく見ると差異があった。


駄菓子屋にしか見えない商店の看板の字は見たこともない文字が書かれ

平然と道端で露店を開き武器を売る狸男


日本語は通じるのに、文字は分からないのか




『なかなか風情があっていい村じゃないか』


悪霊に風情なんかわかるのか?


『おまえ、そういや体クレクレ言わなくなったな』


『あの様子だと簡単には交代することが無いと判断した無駄なことを何度も繰り返すつもりはない』


『わかってるな、今後お前と代わることは一切無い。それに他に人が居るんだから、さっさと別のやつに取り憑けよ』


『…………おまえの体が欲しい…おまえじゃなきゃ…ダメなんだ…』


ボーイズラブに興味は無いぞ



「どーしたの黙り込んで?」


遠くを見るような呆けた表情のアリスが顔を覗き込んでくる


うわ、近い!

ドキッとする


「いや、悪霊のやつがうるさくて…」

「話せるの?」


「ああ…話したくないけどな」


「フェンリルの居場所と悪霊の目的は聞ける?」


『無理だな、フェンリルなんてものは知らないし目的はザーーーー…ザッ……このとおり伝えられない』


「変な雑音が入って無理みたいだ」


「質問の仕方を変えるとか、手掛かりのようなものでも無理なの?」




食いつくアリス


『ふむ、そうだな端的に言うと、この世界を消すことだ』


「世界平和が目的だってさ♪」


「世界平和!?意味がわからないんだけど…」


伝えられるか!


「それより宿に行かないか?辺りも暗くなってきたし」


話を逸らす



「行きたいけど路銀がないわね」


「荷物吹き飛ばしちゃったからな、いくら入ってたんだ?」


「3000万マルクス」


マルクス?この世界?国?の通貨単位か?どれほどの価値かわからない


「悪かった、ちゃんと悪霊に弁償させるから」


「タカヤの荷物を見せて、売れるものは売りましょうか」


「いや、売るったって…スマホくらいしか価値がないと思うけど」




脇道にある地蔵の前で荷物を出す


スマホ、財布、現金、カード、水の入ったペットボトル、弁当箱、スーツの上着、Yシャツ

、聖典


「その包み紙はなんなの?」


「師から頂いた聖典だ」


勝手に紙袋から出される

ちょっ!待って!


「………裸婦画ね…」


「聖典だ…」


「売れ」


命令形ですか!?



他の荷物を物色するアリス


「見たこと無い物が多いわね、これメダル?これは軍服?」


スーツは軍服に見えるのか…いや…待てよ




…………………




村の中心地に向かう

田畑ばかりだったが、日本家屋らしきものが建ち並び松明を照明にして灯りもある。

思っていたより栄えていた。


アリスに案内されて質屋らしきものに入る


「失礼!店主は居るか!」


「はいはい、いらっしゃい」


スーツを着込みビシッとした態度で店に入る


「私はウラヌス帝国伯爵家のタカヤ・シンドー 帝国への帰路、賊に襲われてな彼女を残し従者も荷も失ってしまった」


「は!?は!伯爵家!」


「路銀も失い、ついては携行品を買い取って貰いたい」


「は!はい!それで、如何程の物を」


パチン


指を鳴らすとアリスが静々とバックパックを差し出す


ペットボトル、カード類、スマホを出す


「これは、これは…失礼ながら鑑定させて頂きます……私にもわかりませんが、これは?」


「軍事携行品の水筒だ割れない頑丈、透明で残量がわかる」


顔写真の入った免許証はわざとらしく引っ込める

「む、これは他国の手形なので売ることはできない」



「ふーむ、お召し物といい見たこともない材質これは…30万マルクスで如何でしょうか?」


正直、価値はわからない


「こちらは価値がわかりませんので」カードとスマホを返される


「むう、心許ないな仕方ない」


パチン 再び指を鳴らす


弁当箱を取り出すアリス

開けると日本円の小銭が入っていた


「他国の記念式典で贈答されたメダルだ」


「これは!一部青銅を使っているようですが、これは銀?いや、見たことがない金属!」


「その地方の鉱石から採取された希少金属で作られたメダルだ」


「そんな大切なものは…」


「いや…私は彼女を無事に送り届ける義務がある、僅かばかりでも路銀は必要なのだ」


「わかりました…1000万マルクスで如何でしょうか」

「ふむ、それで構わない美術品も買い取って貰えるのか」


聖典を差し出すアリス


「拝見します…こ…!!これは!!」

光が差す(ような気がする)聖典


「素晴らしい構図に美しい裸体、それに、そのまま切り出されたかのような驚くべき写実性!!」


「にっ2000万マルクスで!!」

「ダメだ!」

「3000万!!!!」


首を降る


「5000万!!!今ある現金全てです!」




店を出て通りを歩く




「どうだ!アリス!宿と飯代くらいにはなっただろ」


3000万マルクス金貨をアリスに渡す


「宿は10万、露天のご飯で5000マルクスもあれば足りるわね」


日本円の1/10くらいの価値?げっ!303万円になるのか


「貴族を偽ったり獣族がヒューマンを偽ると死罪よ」



ぐっ…まあバレる前に元の世界にトンズラすれば問題ないだろ


寝床と飯は確保したな、体がクタクタだ。お布団で眠りたい



「おい!ねーちゃん!!」


獣族?イノシシのような男と鹿の角を生やした男に声をかけられるアリス


「人狼族か、珍しいね〜」

「今そこの旦那にお小遣い貰ってたよな?」


金貨を渡すところを見られたのか…しまった…


「ねーちゃん俺たちにも稼ぎ分けてよ〜」

「貴族にカラダ売るとか人狼族も落ちたもんだ……ぜ…」




シュッ   ボト……




双剣のナタを振り切った体制で静止するアリス

見えなかった



地面に落ちた生首


ドサッ


血を吹き出しながら倒れる男達の胴体


眉1つ動かさず呆けた表情で返り血を浴びるアリス



「ひっ…!人殺しーーーーーーーーー!!!!」


お巡りさん!!こいつです!!!!こいつが犯人です!!


「問題ないヒューマンじゃないわ」


いや!!獣族も人間だよな!おい!


遠巻きに静観する人々


憐れんだ顔を向けているが、誰一人騒がず通報する様子もない


「どうしたの?」


何事もなかったかのように無表情で呆けた眼

スタスタと歩き出す


胴体に群がる人々

金目の物を漁ってるらしい



あの時の妖艶で狂おしいアリスの表情を思い出す。



異世界は思っていたよりバイオレンスだった。


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