第10話 衝突
「さて…と」
ナタを拾ったアリスはゆっくりとマックスに歩を近づける。
「おいおい、何するんだよ」
「首を落とすわ」
さも当然というように、いつもの無表情で答える。
「待てよ!誤解だ!マックスは山賊じゃない、さっきの人猿族がマックスを利用して盗みを働いてただけだ!」
「なぜ、そう言い切れるの?」
マックスと鉢合わせてから30分ほどしか経っていない、少し話を聞いただけで、確かに信頼関係なんてなかった。
「少し話をしたけど、こいつは悪い奴じゃない、はぐれた俺を街道まで案内するところだったんだ」
「街道の側でヒューマンの亡骸が発見されたら騒ぎになって森が捜索される…言葉巧みに誘導して森の奥で始末すると考えられないの?」
『自己顕示の為に考え無しで自滅する、この男にそんな高尚な思考能力があったとは思えないがな…』
意外だった…この悪霊が誰かを養護するなんて
アリスには聞こえてないんだろうけど
「ダメだ…マックスは殺させない」
横たわるマックスの前に立ちアリスを阻む
「遺恨を残した相手を生かすことが、どれほど危険か分からないの?それに相手はあの人虎族!無謀にも程があるわ!」
「俺はアリスが人を殺すのは認めない!」
「大した正義感ね…力もないのに…」
正義感?そんなものは持ち合わせていない
「正義なんてどーでもいい、殺らせない!」
「なぜ…そこまで、頑なに…」
なぜ…何故だろう…?
「そう…じゃあ、あなたペットクビね」
はえ!?
「よく考えたらデメリットが大きすぎるわ、戦闘能力も無い、歩くのも遅い、性善説だけは1人前、あなたのお守りをしながらフェンリルを追うのは無理よ」
「あなたみたいな、綺麗事唱えて死んでいった人は何人も見てきた!」
「ハッキリ言って足手まとい!!!」
珍しく怒気を含んだ口調で叫ぶ。
ナタを俺の首に突きつける。
アリスの眼から光が消える。
あの時の眼だ…村で獣族を斬り伏せた…
殺る…こいつは殺る…
絶望…恨み…殺意…アリスの感情がビリビリと伝わってくる…
冷や汗が首筋を伝っていく…
恐怖…立っているのが辛い…
『替われ!この眼は本気だ!』
ダメだ…
『緊急事態だ!この女を消した後、すぐおまえに替わる!早くしろ!!』
ダメだ……アリスは殺させない…
息をするのも辛い、心臓は早鐘のように脈打っている…
時間が酷く…ゆっくりに感じる……景色が白くなる…
走馬灯……!?何かが見える、それは!!やめてくれ!停止しろ!
ーーーーーーーーーーーー
新入社員時代
ただ死にたかった…
「こんなことも出来ねーーのか!!おまえはよーー!!」
書類の束を投げつけられる
「いったい学校で何習ってきたんだよ!!えーーー!神藤!!!脳味噌あんのか!!コラ!!」
教育なんてものじゃなかった…
怒鳴りつけられ下を向く
毎日のような人格否定、吊し上げ、ありもしない噂を流される。
パワーハラスメント
言葉で纏めてしまえば、なんて軽く感じるんだろう…
「松尾さ〜ん、ハッハ、!厳しすぎないハハハ」
「いいんだよ!こいつの為を思ってやってんだ!!愛の鞭ってやつだ」
愛はこんなに辛く…悲しく…なるものなのか……
帰路につく……全てが灰色に見えていた。
駅を通過する電車を目で追ってしまう。
これに轢かれたら楽になるんだろうか…
帰って眠りにつく…食欲はなかった
…
「神藤く〜ん♪」
ガバッ
「はぁ…はぁ…」
夢にまで出てくる松尾さん、眠ることも許されなかった…
仕事をする
「神藤く〜ん………おい!!聞こえてるんだろ!!」
「は…はい…」
「何無視してんだよ!!!」
「こないだ挨拶したら、黙って仕事しろって……」
「なに!!口答えしてんだ!!コラ!!!」
肩を押される。
「流されて暗くてキモイんだよ!お前はよ!!何とか言えよ!!」
顔をビンタされる、痛みは感じない……今日……帰りに………死のう…
「おい!!!!」
長谷川さん……?
中途入社してきたばかりの長谷川さんが、松尾さんの顔面を思いっきり殴り飛ばしていた…
「なにやってんだ!!!おい長谷川さん止めろ!」
大騒ぎになっていた
………
退社後、社長室に呼び出されていた長谷川さんが出てきた。
「おっ!まだ居たのか!クビは免れたし警察沙汰にもしねーってよ。向こうも手出してたから後ろめたかったんかな?減給3ヶ月だけどな!ハッハッハ!」
「なんで長谷川さんが!僕やられた事言いに行きます!!」
「止めとけ止めとけ〜社長の甥っ子だろ?お前まで減給されんぞ」
「そんなの間違ってる!!!」
「しゃ〜ねーよ…権利(ちから)には勝てね〜よハッハッハ」
長谷川さんと駅まで向かい話す
「僕の為に…本当にすいませんでした」
「おまえの為?冗談よせよ、あれは俺の為にやったんだ」
「自分の…って?」
「う〜ん俺はよ、自分に正直に生きたいんだよ」
「誰が何やってもいい、上に取り入ろうが、歯向かおうが、馬鹿やろうが、欲に流されようが勝手だ!別に正義感なんてもんじゃねー、そんな出来た人間じゃねーよ」
「ただな、自分で自分が嫌いになることだけはしない!許せねー」
「あのまま、見て見ぬふりを決め込んだらよ。俺は俺を嫌いになる許せねーよ」
世界に色が戻ってくるのを感じた…
ただ好きに…正直に…
ーーーーーーーーーーーー
チョーさん……
時間の感覚が戻ってくる…そうか、解った…解ったとこで何も変わらない、何もできない
でも
それでも
アリスに殺させるのは!!俺が俺を許せない!!!!
「最後の警告よ!そこをどきなさい!!!」
「絶対にアリスに…殺させない!!」
「じゃあ、あなたが死んで…」
「ああ…殺すのは…俺を最後にしてくれ」
ハハッ、結局俺は死ぬんだな…アリスがナタを振り上げる…
もう笑うしかねーよ、あっけない人生、ハッハッハ
笑いながら最後にアリスに伝えよう
「じゃあな…アリス…達者でな」
目を閉じる
「ルーク………」
アリスの声が聞こえた
何も感じない…苦痛が無いように、人思いにやったか……
あれ?手は動く…
目を開ける
武器を降ろしたアリスが居た
遠くを観るような眼
ポケーっとした、いつもの無表情…
本当にいつもの顔で
泣いていた…涙だけが流れていた…
遠くを観ていた眼を俺に向ける…目が合う
何も言わずに振り返り、森の奥へと消えていった。
その夜、アリスが帰ってくることはなかった…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます