第31話 私の英雄



「うわあぁぁぁーーーーーぁぁー!!!!!!!」



気がつくと……タカヤが大声を発していた…


あの時の記憶…これが共感能…



「あああ…ぐうぁっ…なんで…なんでアリスが……」



「タカヤ様!!」


泣き崩れるタカヤをソフィアが介抱している。




「あああぁぁぁぁーーーーーー!!!!!!!」




これでタカヤも解っただろう。



親を…同族を…数十万の罪なき人々を皆殺しにした私は生きている資格なんか無いことに………



元々は私の私怨であり、私の責任だ。

彼には関係の無いことだ。



「我輩も分かるのだが……一度休める所に行かないか」



「そうね…私もあまり調子が良くないわね」



首輪の影響もあるけど体力が無いのは事実だった。



明日の朝……彼の元を去ろう…



また一人で……一人でフェンリルを追っていた…あの時に戻るだけだから……



……………………




ミツエ村の温泉宿


確か初めてタカヤと村に来た時と同じ宿。



食事は、あまり喉を通らず消化のいい粥だけ食べて温泉に入ると


少しだけ体調が良くなった気がする。



渡り廊下から旅館の庭園と月を見ながらボーっとしていた。


人狼族の本能なのだろうか、月を観ていると落ち着き…余計な事を考えなくて済む。



リーン リーン



秋の虫が鳴いている……前に訪れた時は初夏だったのに、もう遠く昔のことのように感じる。



「寒い…」



この薄手の浴衣では外気を遮るのに心許無く、すっかり湯冷めしてしまった。



………このニオイ…



「アリス……」


「タカヤ……」



渡り廊下に現れたタカヤの顔が月明かりに照らされる。


泣き腫らしたのか酷い顔だ。



踵を返し彼を避けるように歩きだす……


「待てよアリス!!」


手を掴まれ止められる。



「………離して」



できるだけ彼の顔を見たくなかった。

もう彼を私の業に巻き込みたくなかった。



「おまえ…俺から離れて一人になる気だろ…あの共感能で過去も今のアリスの感情も俺に流れてきた…」




「……………そうよ、最初からタカヤには関係の無い事じゃない…」



力の殆どを使い、残された時間は少なく……足手まといになるだけ…



「関係なくねーよ……俺は自分に正直に生きてる、おまえを何とかしたい」



「そう……じゃあ首輪を切って」



「出来るわけねーーーーーーだろーーー!!!」



彼が悲痛な叫び声を上げる…分かっていた……彼がそう言うことなんて



「私に関わらないで!邪魔なのよ……あなた……私の記憶を見て分からないの?フェンリルは私が殺さないといけない!!!」




フェンリルを倒せるかどうかなんて…わからない………ただ彼には私の最後を見て欲しくなかった…





「………フェンリルは俺が倒す!!」





「あなたが?フンッ…あなたのような悪霊が居なければミラージュ単体ですら苦戦する…その弱さで?笑わせないで!!!」



解っている………タカヤが決して弱くなんてないことくらい…



「だいたい、鬱陶しいのよ!!!何かにつけて私に殺すな!駄目だ!!とか、あなたと居るのは不快だわ!!!」



嘘だ……


彼と居ると心が休まった…

空っぽだった私の心を満たしてくれた。



「だいたい何様なの?タカヤと私はどんな関係なの?ただ成り行きで数ヶ月行動を共にしただけじゃない!!」



この数ヶ月を思い出す……楽しかった……彼の周りには彼を想う仲間も居た……ソフィア……マックス……



「私のカラダが目的なら最後に寝ましょうか?それで満足でしょ?もう、それで私とは別れてよ自由にして!!!!!!!」





嫌だ…………側に居たい……一緒に……




ボタ………ボタ……ボタ…



耐えられなかった…


涙が止まらなかった………





「うっ……ぐ………私は……もう…誰かの最後を見たくない……誰かに……ぐう……最後を見られたくない……」





掴んだ手を引き寄せられ、彼は私を抱きしめた。



強く…強く抱きしめた彼は、微かに震えていた…





「俺はさ……弱くて…アリスを護るなんて言っても説得力無いんだろうけど……」



温かかった彼の胸に顔を埋めて泣くと…冷えた体も……心も温かさで満たされるようで心地よかった…



「フェンリルも…世界の平和も…英雄になる事も…元の世界だって、どーでもいい」



「俺はアリスを裏切らない!絶対に死なない!アリスを死なせない!!アリスの紋章も何とかする!」



肩を掴まれ離される。



彼は真っ直ぐに私の顔を見ていた……涙を流す、その顔は決意と優しさを感じる微笑みを浮かべていた。




「だから俺と一緒に居てほしい!!一緒に居たい!!俺には!!お前が必要なんだ!!」




「はっ……むう……」



再び抱き寄せられ……口を塞がれた……


「む……はむ……」


軽いキスなんてものじゃなかった…


私を求めてやまない激しい口づけ……



ああ……そうなんだ………この感情が何か解らなかった…



ルークとも、かつての親とも…少女の頃に憧れたトキメキとも違う……






私は…彼を………愛していたんだ……






「む……はぁ…くちゅ……」



彼の求めに答えるように私も求めるようにキスを返す。



幸せだった…彼に包みこまれて…彼を感じる……



この瞬間は…過去の事もフェンリルの事も全てが救われる。


彼は間違いなく……私の英雄だったんだ………




…………………



ウラヌス帝国 謁見の間



「ホッホッホ…それではユーマ・シンドーとアリシア・ヴォールクは魔王の手先に連れ去られたと」



俺達は、あの後ウラヌスの城に帰ってブライト・ウラヌスと謁見していた。



ユーマ・シンドーの事はフェンリルに罪を擦り付けた。



「ああ…俺はアリスを助けるのに精一杯だった…ユーマの事は悪いが…」



別に、あの勘違い野郎はどーでもいいのだが、あのアホがやらかしたせいで一族が処刑にでもなったら、胸糞悪い。



「その娘も目を覚ましたようだが、ユーマがやったのではないのか?」



「いや…俺達が駆けつけた頃には目を覚ましていた」



「ほう……それでは我が国の貴族になるのは……」



「勝手にしろ!英雄の名を使いたきゃ使え!俺はフェンリルを倒す事が目的だ!!帝国には手を出さない」



「フェンリル?魔王のことか…確か人狼族の神」



「そうだ!!ヴォルフガング王国を滅ぼしたのも奴だ!」



「なぜフェンリルを倒すのだ、その娘の神ではないのか?」



「俺は彼女の為にフェンリルを倒す、邪魔するなら帝国も敵と見なす!」



あのアホみたいに勘違いされては溜まったもんじゃない!!

小細工無しで言ったほうがいい。



「その娘を無下に扱っていたように思うが、その娘はそなたの何なのだ?」



「あれは方便だな、お前達が俺の弱みにつけ込んで人質にされない為の……そして彼女は俺の婚約者だ」



「な!!!!何を言って!!!」



真っ赤な顔で驚嘆するアリス。


仕方ないだろ…またユーマみたいなの出てきたら面倒なんだから、こう言っといたほうが手ださんだろ。


「ふむ……そうか…確かに、あの魔王はリールーを壊滅させようと……それは我が国にとっても脅威だな」



「もう話す事は無い!俺の邪魔はするな!」



「ふむ……では、そなたの聖典はこちらで預かっておこう」



な!!!!なんだってーーーー!!!!



「そなたが大切に扱うのであれば、この城を吹き飛ばす真似などできまい」


くっそ!!!アリスの次に大切な俺の聖典を!!クソジジイ!!!


「その代わりに、今までの待遇は続けるとしよう、獣族の法改正も約束する」


「くっ!!!わかった……」



踵を返し謁見の間を出る。


こうなったらフェンリルぶっ倒してから悪霊の瞬身で盗みにこよう。




………………




「ホッホッホ、のうエドガーよ…どう思う」



「ユーマ・シンドーがアリシアを連れ出す目撃情報は入っております、魔王の手先など…」



「だが…英雄に釘を刺された以上シンドー家には手が出せまい」



「陛下……よろしかったのですか?タカヤ・シンドーは…もはや兵器、もし我が国を寝返ることがあれば」



「ホッホッホ、大丈夫じゃろう…偽悪的に振る舞っておるが、お人好しじゃな奴は、民を犠牲にすることはあるまい」




「この世が混乱に陥れられる時…異界より現れる英雄が世界を救い、ある女を迎えに来るか……」


「英雄伝説ですね、陛下」




「ヒューマンである英雄が、元敵国の種族である人狼族を救う……伝説など、眉唾じゃったが…」



「奴は真の世界の英雄なのかもしれんの〜ホッホッホ」




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