第30話 アリシア・ヴォールク(後編)


フェンリル様の洞窟を出てもキースの様子はおかしかった。



「ハハハ♪どうしたんだいアリス?やけに浮かない顔じゃないか」



やけに明るく高揚としたニオイがする。


「大丈夫なの!?試練も無く祝福の紋章が……」



「試練?試練は受けたさ♪今までの僕の人生が試練だったのさ、他人の顔色ばかり伺っていたのが馬鹿みたいだよ♪」



「姉様…キースはどうしてしまったのですか…」


自信をつけてくれたのはいいんだけど、何か振り切れている気がする。


「今日は、もう帰りましょうか…明日になればキースも落ち着いてるかもしれないし」



……………………




屋敷に帰ると、お父様が血相を変えて詰め寄ってきた。



「アリシア!!!祭壇の鍵を持ち出したのは!お前だな!!」



うわ…バレてた、でも私のイタズラなんて笑って済ませていたのに…


いつものお父様と様子が違う…



「ええ、私です、興味がありまして…」



「祭壇に行ったのか!!!何を見た!!!」



大声で怒鳴りつけられ萎縮してしまう。


「肝試しに行こうと思って…でも怖くて入れませんでした…」



「神聖なフェンリル様の祭壇にイタズラするとは!看過できん!」




パーーーーーン



えっ……?



打たれた……



今まで手を上げられた事なんて一度もなかったのに……


「なにも……」


「す、すまないアリシア…私は」


「なにも!打つことないでしょ!!お父様!!!」



エントランスを走り抜け外に飛び出してしまう。


「姉様!!」


ルークが追いすがるが、無視して駆けていく…




……………




屋敷の近くにある池の前で不貞腐れていた。

家を出たって行く所なんて無い。

辺りはすっかり暗くなってしまっていた。




解っている…私が悪いなんて…




それでも私は、優しいお父様に打たれた事がショックで落ち込んでしまう。


「ここに居ましたか、アリシア様」



「ジョセフ…」



いつもの好々爺な微笑みを私に向け、横に佇んでいた。



「旦那様は色々と多くの事を抱えて考えてらっしゃいます。そこは理解していただけませんか?」



「分かってるわよ……」



頭では解っているけど気持ちの整理が出来ない…



打たれていたキースも…こんな悲しい気持ちだったのかな……



「旦那様はアリシアお嬢様を大変愛していらっしゃる…旦那様も辛い思いをしてるのですよ」



…………謝ろう、どう考えても悪いのは私だ、大切な物を軽い気持ちで持出したのだし。



「帰るわジョセフ、ちゃんとお父様に謝る…」


「お嬢様…」



………………



屋敷に帰るとシン…と静まり返っていた。


客間の方から、微かにお父様とお母様の声が聞こえる…



「リチャード…どうして、あの子なの…」


「私には…どうにも出来ない…逆らえば、私達まで…!!まてアリア」



何か悲しげなニオイがする…



コンコン



ドアをノックする。



「アリシアか?」


部屋に入り、すぐに謝った。


「お父様………ごめんなさい…大切な物だったのに…」



お父様は立ち上がり涙を浮かべながら私を抱きしめてきた。



「私の方こそ…悪かったよアリシア……」



お父様…



ギュッと力を入れて抱きしめるお父様から悲しみのニオイは消えなかった……



……………………




翌日、キースが失踪した。



ローウェン家惨殺事件……



キースの屋敷に兵が集まり、大騒ぎになっていた。


キースの家族が惨殺されニオイも残さずキースは居なくなってしまったらしい…



「姉様…まさかキースが…」



屋敷を遠目で見るルークと私は昨日のキースの様子がおかしかった事を危惧していた。



「キースがそんな事するはずないじゃない」



そうは言ったものの、昨日のキースと浮かんだ紋章を思い出し無関係とは思えなかった。




「昨日の夜中…この屋敷が黒い霧に包まれてるの見たんだよ」


「なんだそりゃ!?」



野次馬から噂話が聞こえてくる。


黒い霧……あのフェンリル様がキースにしていた……



「どうしちゃったの……何処に行ったのよキース……」




……………………




帰宅するとジョセフが出迎えてくれた。




なにか……ジョセフのニオイに違和感を感じる。



「ジョセフ、お父様とお母様は?」


「王に招集され神狼会一同、登城されております」



「姉様……やっぱり…僕達がフェンリル様に逢ったの…」



泣きそうな小さな声で耳打ちしてくるルーク



「お帰りは夜になると仰せつかっております、昼食はルーク様と二人で頂くようにと」



「わかったわ、ルークたまには二人きりで庭園で食べましょうか」



ルークに目配せをして合図する。



「いいですね!姉様!」



………………………



「ルークもニオイに気が付いてるでしょ」



サンドイッチを食べながらルークに聞く



「うん……ジョセフは何か隠してるニオイがします…」



ニコニコと笑顔を絶やさないジョセフだけど、あんなニオイは初めてだった。


「きっと…お父様もローウェン家の事で呼び出されたのよ」



「姉様……僕達…もしかして…大変な事をしてしまったんじゃ…」



泣きそうなルークを勇気付けるように言う。



「大丈夫よ!!ルークは私が護ってあげるわ!」



「姉様……あ……れ……」



強烈な眠気が私の意識を蝕んでいく


いけない…なにか…盛られて……



ルーク………………





……………………





気が付くと…見慣れない部屋に居た。



「ルーク!!ルークどこ!」


立ち上がろうとして、椅子に鎖で後ろ手と脚を縛られていることに気が付く。



ワンピースのランジェリー、一枚で衣服も剥ぎ取られていた。



パチパチと炎が燃える暖炉に窓の無いレンガ作りの殺風景な部屋で身動きが取れない。




カチャ……キー………




扉が開いて……入ってきたのは




「お父様!!ジョセフ!!!」



「アリシア様……」



そう呟くジョセフの顔はいつも通りの微笑みを絶やさない。


お父様は私から目を逸らしている。


「なんなの!!これ!!ルークは!!これ解いてよ!ジョセフ!」



「旦那様の胸中を察して私が説明しましょう……お嬢様、あなたは贄として生まれてきたのですよ」







なに……………それ……






「予言の子が10歳の試練を迎える時に心を壊してフェンリル様に捧げると」



嘘………




「人狼族は新たなる力を手に入れ世界の覇権を手に入れる事ができるのです」




何を…………言って……




私の方に向き直った…お父様は涙を流しながら私に告げた…






「すまない…アリシア……人狼族の為なのだ…」






嘘よ……嘘って言って笑ってよ……お父様…………





「旦那様が直接手を下すのは私も心苦しく……ここは私の手で…本当はお嬢様が10歳になる…残り半年の時間があったのですが」



「昨日のキース・ローウェン様の件で王族からの圧力があったのです」



「私は………アリシア…………この10年………お前を人一倍愛して……愛することしか出来なかった!!!!許して欲しい!!!!」



涙を流しながら吐露したお父様は……扉の向こうへ…………



ジュッ




ジョセフの笑顔が暖炉の光に照らされる………


ジョセフは暖炉から焼けて熱くなった鉄棒を取り出し私の背中に廻った………





「許してください、お嬢様……私も、すぐに…お嬢様の後を追いますので」






「そんなの嘘よーーーー!!!助けてーーーーー!!!お父様ーーーーーーーー!!!!!!!!」





バタン………





ジュ〜〜〜〜…………………



「ぎゃぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!!」




………………………………




どれくらいの時間が経ったのだろう………何十分………?数日……?



どれだけ泣いても、叫んでも、懇願しても許されることは……無かった。



耳は切り落とされ、尾は切られ、鞭が皮膚を切り落とし、爪は剥がされ、吐くまで殴打され……



もう……痛覚も無かった……

ただ痺れるように感じるだけ…



声も……もう出すことが出来なかった……



意識が朦朧とするが、どこかに運ばれているのだろうか……



『まだ壊れないなんてな…このアリシア・ヴォールクの精神は強いな』


フェンリル……様……?


『しかも半年は早い、剥がせるかどうかは未知だ』



もう……考えたくない……



「こ……ろ……し…て………」



『悪いが楽にはできない』



黒い霧が私を包んでいく



「あああ嗚呼ーーーー!!!!」



心が粉々に砕け散りそうだった

とんでもない苦痛が……


胸の内側をバリバリと剥がされるようだった。


『やめて……』



…………………もう…心が……



「姉様!!!!!」



ルーク……



「くそ!!!放せ!!」



ルーク……居るの………






『ハハハ、眼を開けろアリシア』



ルークがフェンリルに捕われて……



『その目で見ろ』



邪悪に切り裂かれた……口にルークが………



「やめて………」


お願い………私はどうなっても…………でも………ルークは……私の光だけは………



「見ちゃダメだーーー!!!姉様!!!!!」



『無駄だよ、ルーク・ヴォールク見せているのだから、私が』



ルークは覚悟を決めた笑顔で……これが………ルークの……



最後……



「姉様は……なんとしてでも…生きてください」







「さようなら…姉様…お達者で…」








グチュウゥゥゥゥ……………




真っ二つになる……ルークの臓物が飛び散る………




『もう!!!!やめてーーーーーーーーーーーーーー!!!!』





カッ!!!!!!!!




真っ白な光に包まれる…………



とても、清々しかった。



ルークがあんなになったのに………



これがフェンリルの祝福……いや呪い……



全身の傷が癒やされていく……



光が収まると、宙に浮いていた…



全身から青白い光が発せられている。


「へぇ〜♡この髪の色も悪くないじゃない♪」



毛先を見て指で遊んでいた。金髪だった髪の色が抜け銀色に輝いている。



苦痛も何もなく、洞窟に居る沢山の人々から……



「お父様♪お母様♪ジョセフ♪そこに居ましたか♡」



彼らの前に降り立つ



「お嬢様!!!それがフェンリル様の………」



ザンッ



手を横に振るとジョセフの首が落ちた。



「ア……アリシア…なの……」



「アリシアね〜♡その名前はいらない」



ザンッ



お母様の首が落ちる。



「覚悟は出来ているアリシ……………」



ザンッ




お父様の首が落ちる。




「これが……キースがハイになるのも分かるわ♡アーーーハッハッハ♪」



『やはり早すぎたか……』



「とっ捕らえろーーー!!!!」



神狼会!?



「なんかゴミ虫が湧いてるわね♪」



集中すると火の玉が出た……それを投げて……





ドゴーーーーーーン!!!!!!




爆発してバラバラになった洞窟のから抜け出し上空に飛び出す。


フェンリルは地上の鎖で繋がれたままだった。



『!?精神を閉ざしたか……』



「何言ってるのか、わかんないな〜♪」



水蒸気を集めて水の矢へと姿を変える。




細く……鋭く………




鋭く尖った矢を無数に作りフェンリルに放つ!



ドドドドドン!!!



確かに貫いたのに!?



水の矢は地面に穴を空けていたが、フェンリルは無傷だった。



『失敗だな…まあ、それなら別の手段もある』



こいつが……



全て……こいつが…………全部!!!全部!!!!!!こいつが!!!!!!!!!!!!!!



全身の光が強くなる!!!!!



こいつだけは!!!!!!






許せない







再び白くなる視界…………




真っ白な空間に…どれくらい浮いている……?



『ほう…なかなかのものだよ……おかげで人狼族の大半が消え世界の鎖が解け…………』






………………………





知らない場所に居た。


何も無かった。


体も光ってない。


何も考えられない。




ただ……これだけは…分かった。


アリシア・ヴォールクは死んだ……




「私は誰……」




『アリス…いい響きだね』



私はアリス……ただのアリス……




キースを探そう……





そのまま、眠るように意識が無くなった。





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