第29話 アリシア・ヴォールク (前編)
予言の子
それが私の使命と言われていた。
満月にあるフェンリル様の予言
詳しくは知らないけど、予言の日時にピッタリと産まれた運命の子らしい
「お父様♪行ってまいります♪」
薔薇の咲く庭園のテラスで茶を嗜む父に挨拶を交わす。
「うむ、気をつけてなアリシア」
ヴォルフガング王国侯爵
リチャード・ヴォールク
それが私の父であり私は令嬢ということになるけど、あまり貴族だという意識がない。
「アリシアお嬢様、またそんな格好で…」
「いいじゃないジョセフ、あんなヒラヒラの服で剣の稽古なんて出来ないもの」
執事のジョセフ
物心ついた時から、私をいつも気に掛けてくれている、お節介すぎるけど本当のお爺さまのような気もしてくる。
「待って、姉様!僕もお供します」
「ルークは剣より弓のほうが向いてるんじゃないかしら」
二つ歳下で私の可愛い!可愛い!!弟のルーク、身内びいき抜きにしても
私と同じ金髪でサラサラの髪に端正な顔立ちで将来はイケメン確定よね。
「アリシア自主稽古も感心だが、私もいつ戦場に赴くことになるか分からない、たまには親子の時間も作らないか?」
「お父様が稽古をつけてくれたらいいんじゃない?」
「私が教える事なんて、もう無いからな…」
お茶会やダンス刺繍なんて、ある程度はこなせるけど…つまらないだけだった…
だけど!!私には剣がある!剣の腕だけは誰にも負けない自信がある。
「アリシアちゃ〜ん、来客用のお菓子が無いのですが…知りませんか♪」
ギクッ!!
「な…なんの…ことですか?お母様♪」
「口元が汚れてますよ」
やば!ゴシゴシと擦るが何も着いてなかった…
ハメられた!!
「おいおいアリア、菓子くらい…」
「もう、あなたは…いつもアリシアに甘いから」
「逃げるわよ!!ルーク!!」
「アリシア!!!」
ルークの襟元を掴み引っ張りながら庭園を駆け抜ける。
「うわわ!姉様!速い、門が!」
ルークを引っ張ったまま門を飛び越える。
門の前に誰かが
「キース!遅かったわね!いつもの広場までダッシュよ!」
「また何かやらかしたのかいアリシア様」
……………………………
いつもの稽古場、とは言っても原っぱに自作の的や木剣を持ち込んだだけの遊び場のようなもの。
「アリシア様はいつも何かしらのトラブルを作るのだから…」
「いいのよ別に、それにいい加減アリシア様は止めてよキース同い年なんだし」
「だけど、呼び捨てにしている所をお父様に見つかったら…」
「それじゃ……アリス…私の事はアリスって呼んで、あだ名なら何とでも誤魔化せるでしょ」
キース・ローウェン伯爵家の長男で、同じような年頃だと私の相手になるのは彼だけだった。
「アリス…いい響きだね」
「でしょ♪さあ早速始めましょうか!」
「僕なんかじゃ…アリシ…アリスの相手にならないよ…」
「なんでよ!キースはいつも自信が無い態度よね、顔はいいんだから勿体ないわよ!モテる男は胸を張ってるものよ」
「姉様の剣術は、もう大人でも相手にならないですよ」
「はは、違いないね」
キースの剣術も相当なものだし、私とそんなに違いは無いと思うのだけれど、気持ちが乗ってないのよね。
「キース!来週の武芸大会に出るわよ」
「あれは大人の大会だろ、サイも使えない僕達じゃ…」
「年齢制限はなかったはずよ♪」
キースだって並の大人になんか負けない、彼にはしっかりと自信をつけて欲しい。
「姉様!僕も出ます!!」
「いいのよルークは♡怪我したら大変、ルークは私が護ってあげるんだから♡」
ルークを抱きしめてワシャワシャと頭を撫でまくる。
「………ブラコン」
キースがボソッと呟くのを聞き逃さない。
「聞こえてんのよキース!!いいから剣を持ちなさい!特訓よ!」
「姉様!僕も大会に出ます!!特訓を!」
ルークも男の子ってことね…キースにも気概を見習ってほしいわ
…………………
「はぁ…はぁ…もう動けないよアリス」
「姉様……タフすぎませんか…」
ボロボロになりながら夕方になるまで打ち込みと試合が続いていた。
「だらしないわね男の子でしょ」
とはいえ…私もフラフラで尻もちをついてしまう。
「キャッ!」
「キャッ!だってさ、聞いた♪」
「姉様らしくありません♪」
「プッ…ハハハ♪」
砂と草にまみれて酷い格好だけど、寝転んで笑いあって楽しかった。
「明日は朝から神狼会のお祈りかー行きたくないわね〜」
「ヴォルフガングの貴族なら当然だよ、不謹慎だよアリス」
「私は村娘に産まれたかったわ…そうすれば、お茶会だの神狼会だの無かったわけだし」
「貴族でも村娘でも剣術は出来るし、村娘になって何をしたいんだい?」
「何でもない村娘が王子様に助けられて、恋に落ちるなんて…♡」
「姉様……ありえませんクローザー第一王子と村娘なんて」
「確かにね、侯爵家である今のほうが、まだ分かるよ」
「なによ…夢が無いわね〜じゃあ異界の英雄が世界を救い村娘と♡」
「英雄伝説だろ、それ」
「前に食い入るように本を読んでましたからね、姉様♪」
乙女心がわかってないわね〜…二人共…
「そろそろ帰りましょうか、今日から時間があり次第大会までは特訓だからね」
「大人の大会に子供が参加なんてね、ハチャメチャで君らしいよアリス」
「僕も頑張りますよ!!姉様!」
…………………………
第24回ヴォルフガング武芸会
大会当日 決勝戦
最終決戦なんて燃えるわね〜♪
私の相手は逞しい短髪の戦士だった。なんでも騎士団長だとか…
「こんな子供が信じられない!」
槍術で敵わないと思ったのか距離を取られる。
「むん!!」
火球の連打が襲い掛かるが、弾速が遅い…
「乙女の柔肌が…」
全て躱しながら飛び込み眼に突きのフェイントを入れ
「火傷しちゃうでしょ!!!」
パカーーーーーーン
木剣が兜割りの形でクリーンヒットする。
ドサッ…
「優勝は!!アリシア・ヴォールク!!!若干9歳にして鬼神の如き剣閃!見事ーーーーー!!!」
ザワ…ザワザワ
ざわめく観客席
「あれがヴォールク家の天才アリシア」
「フェンリル様の予言の子だろ」
「サイも使えないのに…」
なによ、ウオォォーーーとか歓声は無いわけ?引き気味なんだけど!?
……………
「姉様ーーー!!!やりましたね!!」
控室に向かう通りで歓喜しながら抱きついてくるルーク
「ルーク!」
「アリシア、怪我はないのか」
「ほんと、あなたはムチャばかりで…ハラハラします」
「お父様!お母様!」
家族が出迎えてくれる。
「大丈夫よ、一発も貰わなかったもの」
「おめでとうアリシア、もう私では敵わないな今夜は祝賀会でも開こう」
祝賀会は面倒だけどお父様に祝って貰えるのは嬉しかった♪
「僕なんて一回戦で負けてしまって…しかも相手はかなり手加減してました…」
「しょうがないわよ、ルークは小さいし…今度は弓術大会に出ましょう!!きっとルークならイイ線いくわよ」
パシーーーーーン!!!
控室の前で誰かが打たれていた…あれは…キース!
「ヴォールク家の息女と当たる前に負けてしまうとは!!それでもローウェン家の長男なのか!」
「申し訳ございません、お父様…」
なによ!!キースだってベスト4よ!
「お前が勝てば王族の注目も集められたのに!このローウェン家の面汚しが!!!」
再び手を上げる伯爵にお父様が声をかける。
「ロナルド、他人の家庭に口出しするつもりはないが…そのへんで」
「こ…これは、これはリチャード卿、お見苦しいところを」
ムカツクわね!このオッサン!
「ごきげんよう♪ロナルド様、今度、私の相手になってもらえませんか?是非キースの手本になって頂きたいと」
私の顔を見ると怯むロナルド
「やめないか、アリシア」
お父様に制されてしまう。
「わ…私は行く所があるので、失礼させてもらいます」
逃げるようにロナルドは去ってしまった。
「キース、今日は表彰式や祝賀会があるから明日いつもの場所で」
「わかった…」
悲しげに俯くキースの顔を見ているのが辛かった。
……………………………
「なによ!あんたの父様!子供でベスト4よ!!!あんたがやってみろ!ってのよ!!」
怒りを発散するように剣を素振りする。
「仕方ないよ、僕の出来が悪いんだから……」
座り込んで暗い顔をするキース
「僕なんか一回戦負けだよ…凄いよ」
キースの横で心配するルーク、本当に優しい子♡
「あんな家じゃキースが自信を失うのも無理ないわね…」
だけど私にはキースが自信をつける秘策があった。
「フェンリル様の洞窟に行ってみない?」
「あの祭壇の奥にある噂の洞窟に!?無理だよ洞窟は鍵がかかった扉で神狼会の幹部、王族しか入れないじゃないか」
チャラっと鍵を指で回してみせる。
「お父様は神狼会の幹部だからね、クスねて来ちゃった♪」
「姉様、それはマズイです…今頃ジョセフとお父様は困ってますよ」
「度胸試しよ!!キースの為だもの、きっとフェンリル様も解ってくださるわ!」
お祈りする祭壇の奥は気になってはいたが
子供達の間ではオバケが出ると入りたがる者は居なった。
「そんな事したって僕なんて…」
「いいから!行くわよキース!」
………………
フェンリル様の祭壇
岸壁にピッタリと建てられた大きな祭壇
雨風を凌ぐ屋根や壁は最低限で祭壇の奥には一人通れるような小さな扉がある。
「噂では、あれが洞窟に繋がってるのよね」
「姉様…怖いです、止めましょうよ…」
幸いなことに人気もニオイも感じなかった。
「さあキース!何かあったら男らしくビシッと私を護ってよね!!私はルークを護るから」
「本当にいくのかい?罰当たりだよ…」
私が扉に近づくと、渋々二人は付いてきた。
カチャッ キーー………
扉を開け松明に火を灯すと、そこは噂通りの洞窟だった。
入り口と違い中は広々として歩く音が反響する。
カツン……カツン…
暗く……静かな洞窟の奥に進む。
どれほど歩いただろう、何か得体のしれない影が見えてきた。
「ひっ!姉様!!」
あれが……フェンリル様なの…
「本当に居たんだ!」
黒い毛並み…大きな狼のような獣が鎖のような物で縛られていた。
『アリシア・ヴォールクとキース・ローウェンか…』
なに!?頭に直接伝わってくるような声がする!!
それに、なんで私達のこと…
『驚くことはない…私は全て観ている…』
「あなたがフェンリル様なのですか!!」
意外ね…あのキースが私達姉弟を護るように立ち塞がるなんて
『キース・ローウェン……可哀想な子だ…いかにも私がお前達人狼族が祀るフェンリルだ』
『ふむ、キース・ローウェンよ、そろそろ試練の時を迎える時期か…』
キースの試練…確かに3日後はキースが10歳になる誕生日だったわね
『近くに来いキース…私の力は縛られておる…そこまで届かない、お前に祝福を授ける』
「僕に…?」
『人狼族には、ある条件を満たせばサイを超える力を授けると約束している……キースよ、まずはお前に施してやる』
フラフラと吸い寄せられるようにフェンリル様に近づくキース…
何か……キースが遠くに行ってしまうような……
「駄目…キース…」
「ああ嗚呼ァァァァーーーー!!!」
キースが黒い霧に包まれ絶叫している…
『キースよ…親からも誰からも認められることの無かった少年よ……もっと自分を信じて、愛してよいのだ』
「自分を……愛して……………」
黒い霧は消え失せ、何事も無かったかのように帰ってくるキース
涙……!?
キースが涙を……
「最高の気分だよ…アリス…まるで生まれ変わったような…なんて肯定感!万能感!!これがフェンリル様の祝福」
これが……キースなの!?いつものオドオドした気配もニオイも感じない…
涙しながら微笑むキースの胸元には紋章が光を発していた。
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