第41話 神藤貴也 2

生体端末システムPsyが稼働して5年 


俺は18歳になり、ハーバードで物理学、量子力学を専攻する教授になっていた。


神藤悟とは同僚であり先輩であり親でもあると複雑な関係だが、仲は良かった。


「よう!お疲れ!貴也」


「ダディー…」


「そのダディーってのは、よせ!いい年して教授だぞ!」


俺の中では尊敬する父でありダディーという認識は変わらない。


「優真もマサチューセッツ工科大学の教授になり遺伝子工学の博士だしな…俺はそろそろ引退も視野に入れてるよ」


そんな馬鹿な…と思いたいが、各地でギフテッド・チャイルドが成果を上げ、ノーマルの研究者は居場所を追われているようだ。


反ギフテッド組織なども結成され、きな臭い噂が耳に入る。


「そういや、アカデミーの頃の…なんて言ったか…リチャードの娘」


「アリシアがどうしたの?」


「何でも地球に危機が迫ってると講演したそうだがアースガルズに揉み消されたとか」


地球の危機?Psyの普及によって人類は大きく進歩した。


言語の壁も無くなり、労働から解放され貧困差は無くなり


仕事は一部の使命感を持った者が趣味の一貫としてやっているだけ。



「一度Psyでアリシアに連絡を取ってみたらどうだ?」


アリシアか…懐かしいな…


「帰ったら連絡してみるよ、ありがとうダディー」


「だからダディーは…いや…お前何気にモテるからなアリシアもびっくりするぞ」


…………………



Psyを展開しアリシアにコンタクトを取る。


季節と時間からして、プライベートルームの…このテーマだな。


Psyの[夜の海]を選ぶと瞬く間に、満月と星が海を照らす幻想的な空間が広がる。



ザーー…ザザーーー…


波打ち際の、大きな岩の上に座りながらアリシアの応答を待つ。



ヴゥン……


目の前の波打ち際で月を背に現れるアリシア……



これが…アリシアなのか……



あの頃から容姿端麗だと思っていたが……



「綺麗になったな、アリシア」


「変わったわね…貴也…見た目だけじゃなく…世辞まで言えるようになったの?」


「俺は現実しか言わない」


「ふふ…褒め言葉として素直に受け取っておくわ」


微笑む姿に釘付けになった。



素直な気持ちだった。



幼い頃から…共感性能力が乏しく、人間性の欠落した俺が他人を見て綺麗だと思えるなんて……


色々な人に認められた…その成功体験からか……違う…神藤悟。


父の人間臭さに感化された影響が大きい。



「難しい事を考えてる時の癖は、変わってないわ顎に拳を向ける、その癖」


ハッと我に帰る。


「聞きたい事があるんだ…地球の危機って…」


「そう……何処から情報が…一度逢って話してみない?ここじゃ検閲もあるから」


「わかった、明日はどうだ?ランチかディナーでも行こうか?」


「ディナーがいいわね、昼は講演があるから」


「わかった、ドレスコードはあるけど、洒落てる店を知ってる、多少の仮装をされるが面白い店なんだ」 



「本当に貴也なの?ずいぶん親しみやすくなったわ」


「君もずいぶん変わったよ、落ち着いたというかトゲトゲしさが無くなった」



……………………………



仮装(コスプレ)レストラン【楽園(エデン)】



「今日はホラーナイトイベントらしいね」


恥ずかしそうに俯く黒のドレス姿のアリシアには狼の耳と尻尾を付けられていた。


俺はスーツ姿に赤いマントを羽織らされ牙を付けられ吸血鬼(ヴァンパイア)というところか…



Psyによる投影で、不気味な洋館で食事するシチュエーションは、もっと何とかならなかったのか?



「面白いレストランね……」


「だろ?前に来た時は助教授のアンディーが女装させられてさ、またそれがハマってて」


苦笑しながら話す。


「信じられないわね、あなたにユーモアがあるなんて」


「あぁ…昔の僕は打算でしか人間関係を構築出来なかったからね…ファーザーには感謝しているよ」


「お待たせしましたニャ〜ん」


猫の耳と尻尾をもつ人間型ヒューマノイド

優真が開発したホムンクルスが料理を運んでくる。


だけど、生態とはいえロボットのようで古めかしいAIでしか稼働していない。


「それで、地球の危機って?」


「気象衛星、ツクヨミからのスキャン映像よ、ホットラインで送るわ」


Psyを通して映像が流れてくる。


なんだよ…これ…


マントルの構造がおかしい…俺の知る映像じゃない


「地殻にも影響でるんじゃないか?」


「既に兆候はあったわ、各地で自然災害が頻発していたでしょ、ここ5年で加速度的に増えているわ」



5年…俺のPsyが爆発的に普及した頃から…



「アースガルズは隠しているけど、資源も枯渇しかかっているし人口も爆発してる……星を食い尽くしそうなのよ」


すぐに理解した、Psyによる労働革命……人々の消費と圧倒的な生産効率化……


「俺のPsyが原因か…」


「もう5年前から資源問題は危惧されていたわ、各地で砂漠化も起こっていた」


だが拍車をかけたのは…俺の……


「でもPsyは停止したほうがいいわね…星の再生スピードを上回っている」


「それを講演したら、握り潰されたってことか…」


「私は既にPsyと環境をコントロールする有機生態端末統合システムを開発しているのだけれど…行き詰まってる」


「一度アースガルズとガンド社に掛け合ってみるよ…結果は見えてるだろうけど」




……………………………




「何故Psyを停止するプログラムを作らせない!」



Psyを製造、販売するガンド社のCEO、ウィリアムに事情を話したが、やはり返事はNOだった。


「そうは言うがね…もはやガンド社は世界に誇れるほどのハイテク企業なんだよ、株の時価総額がいくらか…わかってるのかね?」


結局は欲か……欲望は生きていく為に必要な事とはいえ、それで人類が滅びたら本末転倒だろ。


「エドガー・マクスウェルと連絡を取りたい」


「アースガルズの立場でも今更Psyを停止するとは思えんがね」




………………………



「その問題はこちらも危惧している、やはり君の目は誤魔化せないな」


エドガー・マクスウェル


アースガルズ十賢人の一人ブライトの跡継ぎ


「ウラヌス共和国を裏から支配してるとはいえ、かつてのアメリカような権限は無いのだよ」


「それに賢人になったばかりのブライト博士では発言権も限られる」


世界は十人の賢人と呼ばれる者たちで統率が取られている。


いくらブライトでも、他の勢力は抑えきれない……


それほどまでに俺の……失敗作が…世界に欲望を広げてしまった……



「君の言いたい事はわかる……だが…すまない力には…なれない」



ヴゥ…ン



Psyの通信が途切れた……



解っていた……こうなることは…


アリシアに逢って気付かされた…


Psyは人類の幸福などではなく……死神という失敗作……


世界がそれを認めないことも……解っていた……



………………………



ザーーン…ザザーーン…


前と同じテーマを選択し波打ち際でアリシアを待つ。



ヴゥン…


「遅くなってごめんなさい」


「アリシア…」


アリシアに逢うと不思議と最悪の気持ちが和らいで落ち着いた気分になれた。


βエンドルフィンが分泌されているのか…


「その顔は駄目だったみたいね」


「ああ……駄目だったよ…予想通りだ…」


心配そうな顔をしながら俺の隣に座るアリシア。



「こんな物を……造らなければ…一度体内に入れたナノマシンは摘出する術も無い…」


「まだ道はあるわ、こないだ言ったその…」


言いにくそうだ…検閲を気にしてるのか?


前に言っていたアリシアの発明の事を言いたいのか…


「今度、私のラボに来ない?私だけじゃ完成には、ほど遠い…貴方の力を借りたい」


そうだ!まだ諦めるには早い!アースガルズもPsyの停止プログラムなら全力で阻止してくるだろうが



気候変動やPsyをコントロールする技術なら……



「わかった!場所を送ってくれ」



これは俺の責任だ!出来る事をやってやる!




…………………………



「凄いな、気候工学だけじゃなく、遺伝子工学や情報工学も使った有機物による演算システムか」



「元はあなたのPsyを参考にしたのよ」


カプセルの中で培養液に浮かぶ不完全な物体……これがまだまだ成長するってことか…


研究資料を見せてもらうと、アリシアがこれまで、どれほど努力したのかが伝わってくる。


「俺の失敗作なんて、既に超えているよ」


まだ未完成とはいえ…子供の頃に、作ったPsyを遥かに超えるポテンシャルを感じる。



「俺も協力するよ、ただし非公開でな」


「どうして?貴方ほどなら…」


「いや…アースガルズに目をつけられた俺よりアリシアがこの発明をアースガルズに認めさせて運用するべきだ」


「もしくは、優真を共同研究に引き入れて、アースガルズも認める優真の名を使うか」



「優真を共同研究に……それは…」


「どうした?優真なら遺伝子工学の第一人者だ、適任だろ」


「気まずいのよ……その…15歳の頃に……告白されて」


なんだと!!?


「それで…付き合ったのか?まあ優真なら人柄は保証する」


言いながらモヤモヤとした気持ちが胸中に渦巻く。

そういえば…子供の頃から優真はアリシアに優しく目を奪われてた節がある。


「いえ…断ったわ、だから!やりにくいのよ」


ホッとした、この感情は何なんだ?


「どうして?優真ならアリシアを大切にしてくれると思うが」


「そういうところは…変わってないのね」



……………………………




「お前は本当に女心をわかってないんだな……まあ俺も人のこと言えないが」


大学のキャンパスで食事をしながら呆れたような溜め息をつく神藤悟


「どういうことだ?ダディー」


「それ!絶対アリシアはお前に惚れてるだろ!!」


俺に……?


「お前がPsyの開発で家を出た後、思春期に優真が凹んでてさ…兄さんには絶対敵わない…なんて愚痴ってたのも納得したよ」


アリシアが…俺に…



「神藤貴也……探したぞ…」


誰だ?俺達二人の前にフードを被った男が近づくと俺の名を……



「貴也!!危ない!」



光子銃(ライトガン)!?


俺を狙って…



ダディーが男に覆いかぶさり血が噴出した……


「ダディー!!!!」


男を拘束し取り押さえる。


「ギフテッドなんて死ねばいいんだ……神の導きじゃない…造られた人間など…いや人間じゃない」


反ギフテッド組織の人間!?


だが…なぜ…光子銃(ライトガン)なんて……


武器の類はPsyで管理され潜在意識に働きかけ引き金を引くことすらできないはずだ!


「ギフテッド!お前達のせいで俺は!ぐっふ…」


首を締め上げ脳の血流を遮断する、こうすれば!落ちるはず…


男が武器を落とし気絶したのを見てから、父を仰向けにする。


「血が……」


出血が酷い…


「ダディー!!ダディー!!意識はあるか!すぐに救助を!」


ダメだ……余計な知識があるせいか、助からない出血量だとわかってしまう…


「貴也………ダメだな…こりゃ…」


「喋るな!出血を止める」


服を破り傷口に当てるが……


「いいよ…もう…お前達も立派に育ったしな」


「そんな事言うなよ!」


「最後にさ……聞いておきたいんだ…俺はさ最初は嫌々お前達を引き取ったんだよ…こんな…俺でも親として……ちゃんとしてやれたのかな…」


「あんた以上の親なんて居るはずないだろ!!救助を呼ぶだから!!!」


「聞いて安心したよ…………」


血まみれの中でダディーが微笑む。


微笑んだまま……二度とダディーは喋ることが………なかった……



…………………………



葬儀は滞りなく行われた…


「兄さん…どうして…どうして父さんが!」


思考がメチャクチャだった…


呆然としながら涙を流す優真を見ている…


「俺が…ギフテッドだから…父さんが…」


俺のせいだ……あれはアースガルズの差し金……奴等に楯突いた俺を狙い…それでダディーは…




これ以上…誰かを失いたくない…


「優真、俺にはやることがある」


そう言い残し、ダディーの埋葬された墓を去る。


「兄さん……」



アースガルズ……奴等を許せない…

たとえ世界を敵に回そうと………奴等だけは…絶対に



組織だ!奴等に対抗できる組織を結成しよう……


ハーバード教授ギフテッド神藤貴也は死んだ……奴等にメチャクチャにされた人間を探そう……俺のような死人…


死せる戦士たち(エインヘリアル)を……



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