第42話 神藤貴也 3



「ほう…いいな貴也!自己ベスト更新だ!」


元ロシア現ヴォルフガング連邦の退役軍人 ホクサイ・ガントレットの射撃訓練。


古めかしい火薬仕掛けのハンドガン


ベレッタ92FSとサバイバルナイフだけという心許ない装備での森林戦。


「だが生存時間を上げたところで意味はない、敵を殲滅させれば安全なのだ攻撃こそ最大の防御と心得よ」


残す敵兵は3人…マガジンの装弾数も3発予備はなく…もう無駄打ちはできない。



音を立てずにムーブする…気配を殺せ……無になるんだ……



50m先…敵兵の背後を取る。


ドン!


「ヒット!だが…」


銃声を聞きつけ残りの二人が動き出すはずだ!


「ぐわぁ!」


ブービートラップにかかり脚を取られ逆さ吊りにされた敵兵を撃つ。


ドン!


「ヒット!残り一発!」


ガガガガガ!!!!


敵兵のAK-47が火を拭き、こちらに大量の弾丸が飛んでくる。


岩陰を遮蔽物にして弾幕の合間から発火炎(マズルフラッシュ)に向けて最後の一発をお見舞いするが……


「ヒットしない!!揺動か!」


背後から気配!!


ガサ!!


キン!!


襲撃する敵兵と俺のサバイバルナイフがぶつかり甲高い音を立てる。

素早く近接戦闘の構えから関節を取りバランスを崩した敵兵を……


ザク…


サバイバルナイフを相手の首に突き立てる。


「ミッションコンプリートだ、ホクサイ!」



森林だった景色が消え失せ、無機質なトレーニングルームへと転送され仮面を外す。


「やるな、単独でのベトナム摸倣戦をクリアできたのはマックスに続いて二人目だ」


「僕の仮想戦闘訓練(バーチャルコンバットトレーニング)では最高難易度なんだけどね」


「たった5年でワタシに追いついちゃうなんて嫉妬しちゃうわ、でも頼もしくて素敵♡」



キース・ローウェンが作り出したトレーニングルームを出る。



神藤悟の死後、俺はウラヌス共和国を亡命しアンチPsy組織エインヘリアルを結成した。


最初はホクサイ、マックス、キースの四人だけだったのだが、既に地球の人口は資源の略奪や報復による核戦争が続き半分以下にまで減っている。


混沌とした時代に復讐や救いを求めエインヘリアルへ加入する者が増え一万人規模の軍隊のような組織と化していた。


「Psyを無効化する薬を使っていない貴也なら、もっと効率的に制圧できたんじゃないの?」


「マックス、それじゃトレーニングの意味がない」


キースと共同で作り出したアンチPsy薬、俺を除き全ての隊員がPsyを捨てた…


俺にだけは、アースガルズにハックされないよう独自に改造されたPsyが残されている。


「そういえばアリシアから秘匿通信が入ってたよ」


アリシア!!父を失い絶望の闇の中を彷徨っていた俺を救ってくれた。大切な…愛する人。


生体端末統合システムの研究開発は困難を究めた。


全世界の知識を吸収し、世界の図書館のような彼女の力がなければ俺一人では開発は不可能だっただろう。


「わかった、夜に連絡すると伝えてくれ」



……………………



「よう!どうしたんだ?」


Psy通信ではなく、古めかしい音声通信技術を使い、キースがアリシアとのホットラインを構築してくれたおかげで

離れ離れになった今でも声は聞くことができる。



アリシアと恋仲になって4年、父が殺害され亡命すると決めた時、アリシアが心の支えになってくれた。


だが、危険な反乱組織に身を置くよりウラヌスの研究者として活動し

生体端末統合システムの開発に力を入れたほうが安全で、彼女の目的にも沿うので、いわゆる遠距離恋愛というものになってしまった。


「ごめんなさい訓練中に連絡して」


「どうしたんだ?秘匿通信まで使うなんて」


「例の研究のことなんだけど」


「もしかして……完成したのか!」


「表の機能は完璧に近いわ、人の集合的無意識(インドラネット)も掌握できたし災害エネルギーの変換発電も実用可能よ」


「そうか!!明日ウラヌスに行く手筈を整える!そっちのラボに着くのは一週間はかかる」


「そう三ヶ月ぶりね、今度は研究に明け暮れないで、何処か一緒に出掛けたいわ」


前は時間的にギリギリの予定だったので、何も恋人らしいことしなくて帰ってしまったんだった…

悪いことしたな…



……………………………



アリシアのラボまで、もう少し…やはり歩く速度は落ちるな。


あれは!!アリシア!


当たり前のように声をかける。


「これはこれはアリシア様、どこかお出かけですかの〜」


「偽装映像(マスカレードビジョン)?今度はジョセフなの?」


「おいおい…一発で見破るなよ、オリジナルPsyと違って声も身体能力も変わるってのに…」


今回はリチャードの助教授ジョセフに化けたがアリシアには、いつも見破られる、ウラヌスの検問はパスできるのにな。


「ジョセフはそんなお爺さん言葉で喋らないわよ、とりあえず、ラボに来て♪」


冷静に言ったつもりのアリシアだが、ウキウキとした態度は口調に出ていた。



………………………



「凄いな……一人でよくここまで」


「貴也が居なかったら完成しなかったわ」


以前は小さなカプセルに浮かんでいた有機物が、今や十数メートルまで大きくなっていた。


表向きはPsyの制御と環境再生装置でありアースガルズも注目している発明だが


裏の機能はPsyに使われる集合的無意識(インドラネット)を読み取り、変革できる。


起きた過去は変えられないが、人々に過去の過ちを内省させたり


悪用すれば洗脳による過去認識改変、世界の常識を変えることも宇宙の未来すら変えることも可能だ。


「人々や宇宙までコントロールしてしまうなんて、科学技術というより神の力ね」


「だから、アリシアの精神にしか適合しないようにしたんだろ、これがアースガルズの誰かに悪用されたら危険すぎる!頼むぞ女神様!」


「ふふ…でもアンチプログラムは完成してないわよ」


Psyの反省を込めて、危険な兆候があれば対抗できる手段が必要だった。


「とりあえずは、一刻も早く地球を復活させないと…優真には話を通してるんだよな?」



「抜かりないわ、優真はアースガルズ研究所幹部だから運用も上手くやるわ」


「本当あなた達兄弟には助けられてばかりね」


助けられたのは…俺のほうだよ…アリシア…


……………………………



久しぶりだな、アリシアの部屋に来るのは。


「外食なんて久しぶりだったけど…いくらウラヌス共和国でも食料事情は良くないんだな」


以前行ったレストラン、楽園(エデン)に行ってみたが、やはり質素なメニューしかなく物足りなかった。


「あそこはまだマシな方よ、貧富の差が解消されたのは一瞬だけ…スラム街は酷いものよ」



氷の入ったロックグラス2つとウィスキーを出してくるアリシア。


「おいおい、本物の酒なんて貴重品いいのか!Psyの疑似アルコールでも…」


「いいのよ貴也と逢える夜なんて滅多にないんだから、それにPsyの娯楽嫌いでしょ?」


ソファーに座る俺の横にアリシアが寄り添うように腰掛ける。


こんな世の中にするつもりは無かった……


何度も何度も後悔し、自分の存在を呪った…


アリシアなら…

自然回復の発明は俺が居なくても遅かれ早かれ開発できたはずだ……


この加速度的な崩壊は俺のPsy…


いや…ギフテッドである俺の存在が……


破壊の変革者(パラダイムシフト)になったのだから



「また拳を顎に向けて…久しぶりの夜なんだから、あまり思いつめないで…」


「そうだな…今日はアリシアの発明が完成した、お祝いだしなアレの名前はどうする?」


「考えてなかったわ…」


「全知記憶(アカシックレコード)なんてどうだ?アリシアの世界一の記憶頭脳が生み出したんだし」


「たしか神智学にある概念よね?貴也らしいわね♪」



微笑むアリシア、気に入ってくれたみたいだ。


トクトクトク……


ウィスキーがグラスに注がれ、アリシアと乾杯し一気にあおる。



「これで…やっと…生きていく道ができたのね」


チビチビと呑みながらアリシアが呟く。


「ああ…俺の過ちが許されるわけじゃないが…なんとか食い止めることができる…」


俺の罪、この俺の中にあるPsyすら憎い…だが目的を達成するまでは消す事は許されない。


グラスに酒をつぎ再び度数の高いウィスキーを一気に飲み干す。


「あなたの過ちじゃない!どんなものでも、使う人次第よ!」


ヤケ酒をする俺を抱きしめてくるアリシア。


「慰めはやめてくれ…あんな物の為に……どれほどの命が…」


「慰めじゃない…あなたは素晴らしい人よ…少なくとも私にとっては」


有り難かった……父が亡くなった時も自責の念から逃れられず苦しんだ時、アリシアは俺を包み込むように抱きしめてくれた。


アリシアも少し酔っているのか、どこか甘えたような眼差しで見つめてくる。


自然と口づけを交わし、目を閉じるとアリシアの香りがフワッと漂ってくる。


「くふぅ…はむ…」


アリシアとの口づけは、いつ以来だろう……


本当は普通の恋愛をして、普通に結婚して……アリシアには幸せになってほしかった。


唇を離すと…彼女は上目遣いで聞いてくる。


「ベッドにいく?」


「ああ…その前にシャワー浴びてくるよ」



……………………………



「貴也……お前が俺を殺したんだ…」


腹から血を流し血だらけになった白衣を纏う神藤悟が俺に抱きついてくる。


「ダディー!違う!俺はダディーのように!ただ…人々の役に立ちたくて!」


ガバッ!!!


「ダディー!!」


飛び起きて大声を出してしまう。


「また、ファーザーの夢……」


裸のままシーツに包まるアリシアが目を覚ます。


「悪かった……起こしたな…」


彼女が俺を抱きしめ、シーツの中にうずくまる…


「大丈夫……それは貴也の罪悪感が生んだ偽物だから……本物のダディーは最高のファーザーでしょ」



彼女には、何もかも打ち明けていた……俺の弱音なんて……彼女にしか……


「貴也はね……頑張りすぎなのよ…全部抱え込まなくていいじゃない…貴方は決して強いわけじゃない…私は…私だけは貴方を理解したい」



女神様だった。


アリシアは全ての俺を受け入れてくれる。


母親というものを知らないけれど、居たらこんな気持ちを幼少の頃から感じていたのだろうか…





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