第46話 懐柔



「やっべーな…こりゃ…」



巨大な通気口をアリスが三角飛びのように駆け上がり、俺達をワイヤーで引っ張りあげるように昇っていく。


「メチャクチャ怖いぞ!悪霊のヤツ一人でよく昇ったな!」


もう、かれこれ1時間は昇り続けている。


「マックス!このタワーは何階くらいあるんだ!」


外観からはとてつもない高さに見えたけど…


「ざっと2000mはあるわね、世界最高の高さを誇るわ」


「でも…おかしいわね…通気口から侵入されたなんてバレてるはずなんだけど…何の防衛システムも働かないなんて…」


「一度、どこかの階層で休憩しませんか?タカヤ様の血圧脈拍共に正常値を大きく越えてますわ」


そりゃアリスの手前、怖いなんて言ってられないが…正直股間から聖なる水が放出されてもおかしくない…

しかも、気温は外より冷えてるとはいえ30度以上ありそうな暑さだ。



「そうね…適当にこの辺で…」


そう言うとアリスは通気口の足場になりそうな所にある壁を……


ギン!ズバッ!!


壁に剣をめり込ませエグるように斬り開ける。



フワッ…


空調が効いてるのか涼しい風が吹き抜ける。


「今何階層に居るかは分からないけど…ホムンクルスの警備兵くらい居てもおかしくないんだけど…」


銃を構え辺りを警戒するマックスだが、近未来的な綺麗な通路に誰一人居ない…


それにあれは…奥に見えるロビーのような場所にウォーターサーバーのような物が見える。


「なあ…マックス、あれ飲んでいいか?」


「あまり感心しないけど…正直ワタシも限界なのよね」


俺もマックスも汗だくだがアリスだけ涼しそうな顔をしている。


『ソフィアを通して本当に水かスキャンすればいい、毒があればすぐに判るよ』


キースからの通信が入り小走りにロビーまで向かいソフィアに鑑定を頼む。


「スキャンします……H2oと少しのミネラル…特に毒は検出されません、ただの水ですわ」


ご丁寧にカップまであり、水を注ぎこみ一気に飲み干す。


「ぷはぁ!生き返るアリスもどうだ?」


汗を流して紅潮する頬に、私…暑くて…なんて言いながら脱いでほしいんだけど…


「ふぅ…ワタシ暑くて我慢できなかったのよ♡」


迷彩服を脱ぎ捨て、ムキムキの胸筋を動かしながら水を頭から被るマックス……


現実はこんなもんだ……



「私は大丈夫よ…ふふ…最初に逢った時を思い出すわね治癒が使えたらいいんだけど…」


そういや、最初にアリスと逢った時も脱水症状でぶっ倒れたんだった。

あの頃のアリスに比べたら別人のような微笑みを俺に向ける。


「なあアリス…なんで…あの時、俺を助けたんだ?」


「分からないけど…何か懐かしいような…不思議な感覚があって…」




ブウゥン……




突然ロビーの中央にホログラムが浮かびあがる!


あれは!


「ようやくコンタクトがとれたな、神藤……いやタカヤ・シンドー」



ブライトの側近、エドガー・マクスウェル!!


剣を抜きエドガーのホログラムに目にも止まらない速さで切り抜けるアリス!


当然ホログラムをすり抜けてしまう。


「落ち着いて聴いて欲しい…私達アースガルズは君たちと戦う意志はない」


「あんな物騒なロボで攻撃しようとして今更!」


「あれは、自動防衛システムだ…君たちでなくとも、システムは働いた…それに君たちの戦闘能力だと防衛システムやホムンクルスでは被害が広がるだけだと判断した」



どういうことだ!?俺達はアカシック・レコードを乗っ取りに来たんだぞ!?


「タカヤ・シンドー…今君に命を落とされたら、我々の目指す別次元の宇宙にあるエデンは存在を消してしまう」


「確かにそうだな…俺の中には神藤貴也の無意識があるんだろ?」


「更に、その神藤貴也の精神世界からエデン創造のキーであるアリシア…そこに居るアリスまで奪還したとなると……」


「君たちにアカシック・レコードを託そうと我々は考えている!」


はぁ?



ブウゥン…



もう一つ別のホログラムが現れ、白い髭を蓄えた…ブライトが姿を見せた。


「君が居た世界…エデンは我々、地球人類が生き残る為の最後の希望なのだよ」


「なに都合のいい事ペラペラほざいてんだよ!!お前らアカシック・レコードでアリスをどんな目に合わせたか!!」


アリスの記憶が鮮明に蘇る……あんな幼いアリスを……俺は絶対に許せない!


「タカヤ……もしかして、フェンリルの正体って……」


ワナワナと震えるアリスから…ドス黒い殺気が放たれ、紋章の光が全身に広がっていく。



ピシッ!!ピシピシッ!



周囲の壁が音を立てながら亀裂が入っていく…


「やめろ!アリス!サイを使うな!!!」


紋章の光が徐々に収まっていき…深呼吸して平静を取り戻すアリス。



「それについては、我々も軽率なプログラムを送ってしまった…申し訳なかった」


エドガーは深いお辞儀をしながらアリスに陳謝する。


「その特別なサイの力は…アリシアの魂という物なのか……」


感心するように見ているブライトが続けるように話す。


「君が創るエデンは、まだ確定していない世界なのだよ……」


「つまりルーク・ヴォールクをはじめとして、アカシック・レコードのプログラム…フェンリルが存在しなかった世界を生み出すことが可能だ」


なんだと!?


「既にこの地球で過ぎた過去を変える事はできないが、アカシック・レコードの性能をフルに使えればエデンの過去を改変できる」


「君は新世界の女神として君臨する事も、家族と幸せに過ごす事も可能だ」


それって……つまり…


「もし…それが出来たらタカヤ達とは逢わないことになるのよね…」


おいおいそれは勘弁……いや…アリスの幸せを願うなら…それも……俺はただの…人工精神体なんだし…


「我々の居る最上階へのポートを送る、最上階までは時間が少しかかる、考えていて欲しい」



「待ってください!貴方がたはエデンへの移住で先住民の武力制圧を企てる可能性が高いと思われるのですが!」


ホログラムのソフィアが懸命に訴える。


「我々も過去に学ぶのだよ、新たな世界ではpsyを破棄する、もちろんアカシック・レコードも…」


「先進技術を伝えエデンの文明は発展させるが、我々は環境問題を重視し先住民との共存……今度こそ!人類の楽園(エデン)を目指すつもりだ」



ブウゥン……



ブライトとエドガーのホログラムは消えてしまった…



「まあ…普通に考えて罠よね…」


アースガルズの言う事なんて信じられないマックスの気持ちもわかる…


『僕もそう思うよ…アリスの戦闘能力やサイの力を考えたら…まともに捕らえることは不可能だよ、このイグドラシルに来た事も鴨が葱を背負って来たように考えるよ』


この世界のマックスやキース、エインヘリアルのメンバーも何かしらアースガルズに煮え湯を飲まされた被害者だ。


そう思うのは当然のことだ。


「なあ…アリス…俺はお前の思う通りにして欲しいと思ってるんだ」


「正気なの!!アリスがどう思ってるのか知らないけど!アースガルズの甘ごとなんて聞く価値もないわ!!!」


少し怒気を含むようにマックスが叫ぶ。


「俺がさ……この地球に旅立つ時…コピーかもしれないけど、アリスが俺に言ってくれたんだ…」


「こんなカラッポの人工精神体に……アリスは俺を一人の人間として認めてくれて…」


「偽物の人格かもしれないけどさ…俺はアリス…お前を愛している!お前の幸せの為なら何だってする!」


「だから、今度は俺がアリスの気持ちを尊重したい!逢えなくなっても!それが俺の生きてきた意味なんだ」



「タカヤ………少し考えさせて…」


目を伏せて静まりかえるアリス…


そうこうしてる内にロビー中央にカプセルのような乗り物が現れる。


「まったく……ほんとイイ男よね♡タカヤは♡キース!!聴いた!?」


『聴きながらその位置のコードを解析しているよ、もし罠なら脱出ルートの確保はしておくよ。そのポートの転送先座標はイグドラシルの最下層が限界だけどね』


「さあ行きますわ!タカヤ様!私達は最強のパーティーなんでしょ!」


「行くぞ!アリス!!どうなっても!俺達なら大丈夫だ!!自分の想いを信じてくれ!」


「タカヤ……マックス……ソフィア……キース……」



目を潤ませながら、アリスは決意の表情を浮かべ俺達はカプセルに乗り込んだ。




…………………………




どれほどの時間が流れたんだろう……


ほんの数分のような気もするし…何時間のような気もする。



カプセルに乗り込んだ俺達は一言も発する事もなく…ただ佇んでいた…


だけど、気不味い雰囲気じゃなく、各々に覚悟のような強い気持ちが伝わる妙な連帯感を感じる。



プシューーー……



カプセルのドアが開き、一歩踏み出す。


『どうやら、アカシック・レコードのある最上階のようだねポートのゲートは開けておくから危険を感じたら、そこに乗るんだ』


キースからの通信が入るが誰も返事をせずに武器を構える。


漆黒の暗闇に包まれ辺りの様子が見えない…


俺は懐から取り出した拳銃(デザートイーグル)を構え物陰から様子を伺う………


気配もソフィアから伝わる生態反応も感じない……


ピチャ……


何か足元から水のような液体を踏む音が、静寂に包まれた階層にこだまする。


ゴツッ……


先陣を切る俺の足に何かを蹴るような感覚があり警戒するが……何も起きなかった……



「クリア……だと思う、マックス…ライトを…」


マックスのサブマシンガンから閃光が発っせられ、一瞬目が眩む……



「タカヤ……なんで………」


マックスが静かに声を上げ………ライトを照らす方……俺が足に感じた違和感………


それは………血を流しながら絶望の表情を浮かべ……絶命している、ブライトとエドガーの切り離された生首だった。






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