第12話 ミズガル

駆けるマックスの背に乗り3時間ほどだろうか、休憩は一度もとっていないのにマックスの走るペースは落ちていると思えなかった。




「大丈夫か?マックス走りっぱなしだけど」


「全く問題ない、そんなヤワな鍛え方はしておらん」




実際、マックスは息も切らさず平然としている。話す余裕すらある。


獣族とヒューマンでは、これほどまでに身体能力が違うのか、跳べば木の枝まで上がる跳躍力

岩石を殴り飛ばせば砕け散る





この世界の人間は化け物だらけなんだろうか

 


「ときにタカヤよ、あの人狼族の女とは、どういった関係なのだ?」


アリスとの関係?成り行きでペットにされたが



御主人様とペットです!なんて言おうものなら、ただならぬ変態的な関係と勘違いされてしまうな…




ここは慎重に言葉を選ぶべきだろう。



「あの胸を揉むために同行している」


「な!なん…だと?」





想像していたリアクションとは違った…あの抜群のプロポーションだから、わかる〜〜♪みたいなのを想定していたのだが



「そ…その…あれだ…あの人狼族とは、こ…恋仲なのか?」


アリスが恋人?


そりゃ彼女は欲しいがアリスがまともに俺を男として見てる訳ないし


「違う、出逢って数日だしアリスは浮いた話に興味もなさそうだしな」


「そ!!そうか!」


何やら嬉しそうなマックス、笑っているような気がした。





は!そうか!!再戦!



格闘家たるもの自滅とはいえ女に負けるのは屈辱なのだろう


再び相まみえる時、どちらかが絶命するまで闘う死合いをする気なのだ

もし俺が恋人だった場合、残された恋人の胸中を考えて…


マックス…思慮深いところもあるんだな。




だがアリスもマックスも見殺しにはできない。




主は絶対だとか言ってたから、俺が止めてくれと言ったら聞いてもらえるんだろうか…




「それにしても、あの人狼族は変わっておるな」


おまえも充分変わってるよ。




「人狼族は最も愛情深き種族でな、旅をするにも同族数人は連れている、単独で行動するのは珍しいぞ」




アリスに愛情!?なかなか歪んだ愛情表現を受けた記憶が…




そういえば、逢う前のアリスの事は殆ど知らない



思い出す

ルーク…アリスが去る前に言っていた、多分 男の名前


元彼か?元彼なのか!旅の途中で別れたとか?


何やらモヤモヤとした感情が渦巻く




「まあ同族と言っても10年前にヒューマンの兵器で、人狼族の数は激減したからの、一匹狼が居ても不思議ではないかもしれのー」




例の戦争の事か





「マックス…俺はこの世界の人間じゃない、そこを詳しく教えてほしい」


「異界から来たと申すか!なるほどな…わかった」


あれ?アリスは信じなかったのにマックスはえらい話が通る。






「この大陸の種族の半数がヒューマンでの、ウラヌス帝国が中心となり栄えたヒューマンと次いで人口の多かった人狼族の国、ヴォルフガング王国と長い事争っておってな」





「10年前、突如としてヴォルフガング王国そのものがヒューマンの兵器で消し飛んでの」


「爆撃か何かか?」


「いや【グングニール】と言われるサイ兵器での、白い光と共に城も都市も草木一本残らず跡形もなく消え去ったのだ」




草木一本残らず消滅…覚えがある


『俺が、力を爆発させようとした時と状況が似ているな』




「ヒューマンに対向しようと、このコーシャ大陸で、ヴォルフガング王国に同盟していた獣族の国は破滅を恐れ、ウラヌス帝国の属国になってしまった」




「終戦後、獣族は法で護られぬようになり各国で反乱、内戦によって虐殺、略奪が絶えぬようになり 近年やっと落ち着いたところだ」




『これだけ聞いたらヒューマンは最悪の人種じゃないか』



『戦争に良いも悪いもないがな…獣族もヒューマンも殺し合っていた、互いの主張が違った、資源の為に戦わざるえなかった こんなところだろう』





アリスは何故ヒューマンじゃなくフェンリルに恨みを抱いてる?





「マックス!フェンリルって知ってるか?」



「神狼会と言われる宗教の神だろう?何でもフェンリルの啓示による聖戦だと人狼族側の主張だったらしいが」





『宗教や勧善懲悪の世論で人心を掌握し戦闘に向かせるのは歴史的によくある手だ、だがフェンリルは実在しないように聞こえるな』







「フェンリルは実在するのか?」


「聞いたことないの〜色々神と言われる存在は聞くが見たことは無い」


「よく分かったよサンキュー、マックス」





概ねアリスの言っていたことと合致するが


幼女巫女が言ってる事を加味したら


フェンリルは実在するが、世間は知らない


グングニールという兵器 戦争






アリスが、あんなサイコさんになったのも、その辺が関係ある




「そろそろミズガルが見えるぞ」


森林を抜け小高い丘からミズガルが見えた



ファンタジー世界らしい

レンガのような茶色い屋根 

街中に運河が流れカヌーやゴンドラが行き来している港街


これってファンタジーってより




イタリアのヴェネチア?





……………………






何故、こんなにイライラするのだろう…


あの男…タカヤ・シンドー

あの男と逢ってから何かおかしい



『じゃあな…アリス…達者でな』

『さようなら…姉様…お達者で…』



笑いながら達観したように死んだルークと重なった



全く似ていないのに…あんな下品な男と重ねた自分に腹がたつ



昼時、人気のないミズガルの港をトボトボと歩いていた…


ルーク…


笑うルークを、これ見よがしに…ゆっくり…真っ二つに…フェンリルに噛み千切られる あの焼き付いた光景が思い出されてしまう。



3年間 毎夜繰り返される夢での光景…

夜中に飛び起き、その度に膝を抱え震え上がり眠ることが出来なかった…



最近はルークの存在すら、忘れていた…

いや…記憶にフタをしていた。



そうしないと壊れてしまうから…



なんの為にフェンリルを追っているのか解らなくなる…








殺せ…殺せ…殺せ…殺せ…殺せ…




「…はぁ…はぁ…」



目眩がして跪いて、倒れそうになった。意識が遠くなる



フェンリルの呪い…最近は弱くなっていたのに…全て壊したくなる…殺す事に快楽すら覚えてしまう。







全て消したくなる…この世界全てを…


やめて!!!!



その力がある…………



やめて!!!!



意識が戻る!!


紋章が展開していた。全身の紋章の光が強い…



暴走しそうな自分の中にある導力を感じる…



ダメだ…制御できない…

またやってしまう…ヴォルフガング王国を滅ぼした時のように…






「やっと見つけたよ♪」


黒い空気に包まれ、花弁が舞う


全身の紋章が引いていき、押しつぶされるような重力で地面に突っ伏した。


「この呪いの力!キース!」



「久しぶりだね♪アリス5年ぶりかい?綺麗になったね」


路地からゆっくりと姿を現す金色の長髪 



人狼族 キース・ローウェン 神狼会の残党





「今回ばっかりは、その呪いに助けられたわ…もう止めてもらえるかしら…」


「呪い? フェンリル様の祝福だよ、何言ってるんだい?」


うつ伏せになり身動きできない

キースは私の側に跪いて余裕の笑みで答えた。


呪いを解く気はサラサラないみたいね



「ミツエ村南の渓谷を消滅させたのは君だろ?ここに着いて早速君のニオイを感じるなんて、運命って、あるんだね」



呪いの制御に必死でキースのニオイに気が付けないなんて


「あれは私じゃないわね……」



「あの規模の消滅は君の祝福でしか不可能だろう?ウラヌスの貴族がやったと噂されてるが、ありえない」



「なんにせよ、僕と来てもらうよ♪僕と君の祝福ならウラヌスを壊滅できる、神狼会の復興 人狼族による覇権もすぐさ」



「絶対にお断り!フェンリルは何処に居るの?答えて!」



「それが僕にも分からないのさ…君なら何か知っていると思ってさ…」



ニオイがする…よく知った邪なニオイ…



「さあ、アリス…僕達…神狼会と共に闘おう…同じ人狼族同士、ヒューマンを殲滅して僕と子を作ろう」



顎を持ち上げられ顔をキースの顔に近づけられる


「気持ち悪いのよ、アンタ…最近逢った変態より気持ち悪いわ」



「アーーーリーーース!!!!」



変態の声が聞こえる

もう遭うこともないだろうと思っていたのに…


このホッとする気持ちは何なんだろう…

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